第二十五話:カーバンクルとアレルギーの話(1/3)
あの水晶の嬢ちゃんが希望を胸に森へ帰ってから数日。世界は深い雪に覆われた。
俺、仏田武ことぶっさんは、石窯で煮込んだシチューを味見しつつ、静かな雪景色を眺めていた。
「静かでいいもんだ。たまには、こうして一人で過ごすのも悪くねえ」
そんな独り言をこぼした、まさにその時だった。
カランコロン、と。助けを求めるような、弱々しくも切羽詰まったカウベルの音が響いた。
ドアの前に立っていたのは、小さな幻獣だった。
カーバンクルだ。だが、その姿はあまりにも痛々しかった。
ふわふわのはずの毛並みは無惨に抜け落ち、覗いた皮膚は赤く爛ただれている。そして何より、彼の誇りであるはずの額の宝石が――光を失い、ただの石ころのようにどんよりと曇りきっていた。
「いらっしゃい。ひどい雪だな。まあ、そんなところに立ってねえで、中に入りな」
俺が声をかけると、カーバンクルの若者は、びくびくと体を震わせながら、店の中に入ってきた。
《うぅ…ぶっさん…見てくださいよ、この無残な姿を…。僕の自慢だった白銀の毛並みが、昨日もごっそり…。もう櫛を通すのも怖いんです。それに、額の宝石も…》
彼は、言葉を詰まらせ、自分の額にそっと触れた。
《ただの石みたいに曇っちまって…。僕たちカーバンクルにとって、宝石の輝きは仲間との絆の証なんです。この輝きがなければ、僕は…僕は…。仲間たちも、僕のことを見て何かヒソヒソ話してる…。そんな気がして、もう森を歩くのも辛いんです…》
彼の悲痛な心の声が、テレパシーで俺の脳内に直接流れ込んでくる。
(うわっ、これは相当キてるな…。痒い、悲しい、恥ずかしいって感情がダイレクトに流れ込んでくるぜ。見た目も辛そうだが、精神的にかなり追い詰められてるな。よし…おっさんの出番だな!)
俺は、彼の前に温かいお茶を一杯置くと、その体を、じっくりと観察した。
(これは、病気や呪いの類じゃねえ。典型的な、アレルギー反応だ)
「坊主、あんたのその悩み、原因は分かったぜ。君の体の中にいる『見張り番』が、ちょっと暴走しちまってるんだ」
《み、見張り番…?僕の中に誰かいるんですか!?》
「ははは、そうじゃない。体を守るための仕組みが、勘違いして大騒ぎしてるんだ。専門用語はナシだ。例えるなら、家の前にアリが一匹通っただけで、国中の騎士団を呼び出すようなもんだな!」
俺の説明に、カーバンクルは、きょとんとしていた。
「その大騒ぎした騎士団が、勘違いで『敵襲だ!』ってビラを国中にばら撒いちまう。そのビラこそが、あんたの体を痒くしたり、炎症を起こさせたりしてる犯人さ。そいつの正体を、俺たちの世界じゃ**『ヒスタミン』**って呼ぶんだ」
「だから、あんたに必要なのは、武器でも薬でもない。暴走した騎士団を、優しくなだめてやることだ」
俺はニヤリと笑うと、希望の光を見出した若者に、力強く宣言した。
「よし、任せとけ。今日は、君の体の中で鳴り響いてる警報を、優しく止めてやる!世界で一番美味くて、美しい、特別なシチューでな!」
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