第六話:ワーウルフと満月のステーキ (3/3)
ワーウルフの少年ガルは、ゴクリと喉を鳴らし、その一皿を、ただ呆然と見つめていた。
野生の本能が、目の前の肉の塊が、今の自分に絶対的に必要な栄養と力の集合体であると、魂のレベルで告げていた。
「さあ、食え。ナイフもフォークもあるが、今のあんたに、そんな上品なもんはいらねえだろ。手で、かぶりつきな」
俺がそう言うと、ガルはハッと我に返り、理性のタガが外れたかのように、野生の本能のまま、ためらいなくステーキに食らいついた。
ブチッ!
肉の線維が、彼のまだ未熟な牙で力強く断ち切れる音。その断面から、閉じ込められていた肉汁が、まるで決壊したダムのように溢れ出す。
少年の口の中に、赤身肉の濃厚な旨味、レバーパテの野性的なコク、そしてナッツソースの香ばしさが一体となって、味覚の嵐のように押し寄せた。
《う……うまい……! うまい! なんだこれ、うまい! いつも食べてる硬い肉とは、全然違う……!力が、体の奥から、マグマみたいに湧いてくる……!》
脳内に響くのは、もはや言葉にならない、歓喜の咆哮。
ガルは我を忘れ、獣のように肉を喰らい、骨の周りの筋をしゃぶり、皿に残ったソースの一滴まで、綺麗に舐め尽くした。体の細胞の一つ一つが、初めて与えられた極上の栄養を求めて、歓喜の叫びを上げているのが、俺には手に取るように分かった。
そして、食事が終わった時。彼の体に、明らかな変化が起きていた。
来た時よりも、一回り体が大きくなったように見える。猫背だった背筋はピンと伸び、その瞳には、自信に満ちた力強い光が宿っていた。全身から、今まで必死に抑えられていたであろう、野生のオーラが立ち上っている。
《力が……体の奥から、力がみなぎってくる……! これが、本当の食事……!》
ガルは、自分の手を見つめた。そして、ゆっくりと、店の柱に向き直る。
さっきまで、彼の心を苛んでいた、絶望と劣等感の象徴。
彼は一度、深く、力強い呼吸をした。そして、その腕をしなやかに振りかぶり、柱に爪を立てた。
ガリィィィィィィィィィッ!
今までとは比べ物にならない、硬質で、鋭い音。まるで、鍛え上げられた鋼が木を削るような、力強い音が店内に響き渡った。
柱には、まるで熟練の戦士が振るった剣撃のような、五本の深く、鋭い爪痕が、くっきりと刻まれていた。
ガルは、信じられないといった様子で、自分の爪を見つめる。
ポロポロと欠けていた脆い爪は、まるで鋼のように再生し、月光を浴びて鈍く、鋭く輝いていた。
「言ったろ? あんたの体に足りなかったのは、ただの肉じゃねえ。その爪を正常に作り、維持するための、完璧な栄養素だったんだ。あんたが元々持ってるワーウルフとしての強大な生命力が、俺の料理を起爆剤にして、一気に爪を再生させたのさ」
俺の説明に、ガルは感激に打ち震え、その場に膝をつくと、俺に向かって深々と頭を下げた。その動きには、もう以前のような弱々しさはない。
《ありがとう……! ありがとう、旦那! これで、これなら、僕も……群れの、みんなと一緒に、狩りに参加できる!》
ガルは顔を上げた。その目には、もう怯えの色はない。
彼は力強く頷くと、風のように駆け出し、森の奥へと消えていった。その背中は、もう気弱な少年ではなく、満月の下を駆ける、誇り高き一人の狩人のものだった。
「……ふん。俺の獲物を、無駄にはしなかったようだな」
いつの間にか俺の隣に来ていたグリフォンが、満足そうに呟いた。
「ああ、最高の食材を、最高の形で届けてやったまでさ。最高の土産、感謝するぜ、グリフォン」
俺たちは、森の奥から聞こえてくる、力強い最初の遠吠えを聞きながら、静かに夜空を見上げていた。
一皿の料理が、一人の若者の運命を変える。この食堂は、俺が思っている以上に、この森にとって重要な場所になりつつあるのかもしれない。
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