11 ローゼリアは考える
あれからローゼリアは、オルコット領の事が書かれた本や商売に関係する本を読む為に屋敷内にある図書室で熱心に読書をして過ごした。
伯爵とイアンとは食事の時だけは顔を合わせていたので、その時に領地について直接教えてもらっていた。
ローゼリアのこれまでの知識でオルコット領と言われて思い浮かべるのは製紙業だった。オルコット産の紙は王宮内でも使われていた事を記憶している。伯爵の話では紙以外の特産品は特に無いが、小麦以外の食糧自給率は高く、ジャガイモ等のイモ類やトマト等のよく食べる野菜を自分の家の分だけ作っている領民は多いという事だった。
領内を実際に見てみたいと伯爵に言ってみたら、イアンと一緒に領内を回るように言われたので、領主教育の空いた時間にイアンに領内の案内をしてもらうことになった。
◆◆◆
カタカタとゆっくり走る馬車の中、ローゼリアはイアンと向かい合って座っていた。
「………」
馬車が動き出してしばらく経つというのに、腕と長い足を組んで座るイアンは不機嫌そうな様子で、ひと言も喋らずに外の景色を見ている。
自分は馬で行くと言ってきかないイアンを馬車に乗せるだけでも苦労をしたのだから、一緒に馬車に乗ってくれただけでも合格点だろうか。まあ、無理やり馬車に乗せたから機嫌が悪いのだろう。
ローゼリアは馬車の窓から外を見つめる。オルコット領は紙の原料となる麻の葉の栽培が盛んで、麦畑よりも麻畑の方がずっと多い。夏頃にくれば青々とした麻の葉畑を見れたのだろうが、夏が終わった今の時期は全てではないが粗方刈り取った後だった。
「イアン様、あちらに見える畑には何が植えられていらしたのかしら?」
オルコット領の事を学んでいたローゼリアはあれがまだ刈り取っていない麻の葉という事は知っていたのだが、イアンとの会話のきっかけにならないかと思い聞いてみた。
「麻の葉です」
「…………」
「麻の葉を刈り取った後は、どのようにされているのでしょうか?」
「紙を作っています」
「オルコット領の紙は王宮の文官たちも使っていますのよ」
「そのようですね」
「…………」
会話が途切れると、イアンはローゼリアを拒絶するかのように腕を組んだままの姿勢で目を閉じてしまった。
(会話には一応答えてくださるけれど、私ったら嫌われているのかしら?)
イアンは馬車の乗り降りを手伝ってくれるし、何かを聞けば答えてくれるが、それだけだ。彼が結婚をするまでの義理の親子関係なので、このままでも良いのだがローゼリアには伯爵との契約がある。
社交の面でイアンを支え、伯爵令息らしく貴族女性をエスコート出来るようにさせる事。
その一環としてイアンがどの程度会話が出来るのかを見たかったのだが、元々会話が苦手なのか、ローゼリアを嫌っているのか分からないくらい反応が悪い。イアンが契約のことを伯爵からどの程度聞いているのか分からないが、知っていてこれではかなりの朴念仁だ。
(これは手ごわいわ)
ローゼリアは会話を辞めてイアンを観察することにした。
イアンの顔立ちは貴族としては平凡だが、漆黒の髪色とエメラルドのような美しい緑色の瞳、騎士団にいたので体格も姿勢も良い。似合っていない色の服や髪形を少しいじってあげれば見た目は充分だが、これから婚約者を探すには年齢が高すぎる。
彼の年齢はまだ聞いていないがおそらく20代半ばくらい。婚約者のいない令嬢の中から探すとするなら10歳以上は離れてしまう。それにイアンの見た目が若く見えるだけで実は年齢が予想よりもっと上という可能性だってある。年齢の高い独身の貴族令嬢は家か本人に問題のある令嬢しか残っていないのが社交界の現状だから、イアンの選べる相手はかなり少ない。
それに彼は騎士爵の家で生まれて育った。伯爵はイアンの妻に上位の貴族女性を望んでいるようだが、おそらく上手くいって子爵令嬢がせいぜいだろう。養子であっても政略婚によほど旨みがなければ上位貴族は庶子でもなければイアンに自分の娘を嫁がせようとは考えない。しかし庶子では伯爵が納得するとは思えない。
(イアン様がせめてお兄様くらいのお歳でしたら、若い令嬢を探して私が育てて差し上げますのに。オルコット家は伯爵でも低位ですからそれほど魅力的な家でもございませんし、目立つ産業でもあればいいのですが……)
ローゼリアはイアンと合いそうな令嬢がいないかを頭の中でグルグルと考えるが、良さそうな令嬢が浮かばない。良さそうな令嬢がいたらイアンの事は任せて自分はさっさと離婚してエルランドへ行きたかった。
イアンがそれなりの令嬢と恋愛をしてくれれば話は簡単なのだが、彼の好みが全く分からないし、ローゼリア自身恋愛経験が無いので、恋愛面でイアンを手助けするのは難しそうだ。
(困ったわ……)
ローゼリアがひとりで悩んでいるうちに馬車が停まって目的地に着いた。