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12 5番目の妻

 今回の視察先の村は製紙工房の為に作られた村なので、村にはいくつも製紙工房があった。そして麻の葉の繊維をすり潰す為に使う水車子屋がいくつも建てられ、どの家の軒先も屋根部分が広く作られていて、その下で漉いた紙を大量に乾かしている様子が見られた。


「義母上、あちらの家です」


 馬車が停まったのは村の中でも比較的大きな家の前だった。自分が降りた後にローゼリアも馬車から下ろしたイアンはそれだけ告げると、ローゼリアの歩幅を無視してスタスタと自分だけ目的の家の玄関に向かって歩き始める。

 

 慣れた足取りから察するに、イアンはこの村へ何度も足を運んでいるようだった。


 知っている村ならば馬車の中でこれから向かう村の説明をしてくれてもいいはずなのに、ローゼリアは何の説明もなく馬車に乗せられてこの村まで連れて来られた。文句のひとつでも言いたいところだが、イアンがどういった人物か分からない今はまだ何も言わない方が良さそうだ。


 イアンにとっては定番の騎士のような出で立ちで、足の長いイアンはさっさと玄関まで着くとドアをノックする。


 ローゼリアが小走りになって追いかけて、やっと追い付いた時に家のドアが開いた。


 家の中から平民と思われる格好の年配の男性が出てきた。


「これはこれは、若領主さま。いつぞやは小麦をたくさん援助して下さってありがとうございました」


「ああ、役に立ったのなら良かった。麻の葉の収穫が終わったようだが、問題は無かったか?」


「ええ、例年通り滞りなく終わっており、皆で紙漉きをしております」


「それならば良かった。今日は村の中を案内して欲しい」


「………あの、ご案内させていただくというのは?もう何回もいらっしゃってるのにですか?」


「俺ではない、こちらの方を案内して欲しいのだ」


 そう言われた男はイアンの後ろに立つローゼリアを見る。


「先日オルコット伯爵家に嫁ぎました、ローゼリアですわ」


 イアンが紹介をしてくれないので、ローゼリアは自分から挨拶をした。


 ローゼリアの言葉を受けて男は顔をほころばせた。


「おめでとうございます!若旦那様もこんなに美しい奥様をお迎えになられておめでたい話です! これでオルコット領も安泰だ!」


 そこでイアンがわざとらしく咳払いをした。


「……私では無い、義父上の妻だ」


「へ?……領主さまっていうと6番目の奥様ですか?こりゃまたずいぶんとお若い方ですね。さすが伯爵様はワシらとは違いますなあー、はははっ」


 男が自分の失言を誤魔化すように、大きな声で伯爵を褒めた。先ほどとは違って乾いた笑い声だった。


「6番目ではない、まだ5番目だ」


 ローゼリアは自分が5番目でも6番目でもどちらでもよくなっていたのだが、生真面目そうなイアンは無愛想なまま訂正をする。


「あ、そうでしたか……いやー、それにしてもおめでたいですな。奥様、私はこの村を任されています、トーマスといいます。村の事でしたら何でも聞いて下せえ。領主さまの奥方様がこんな小さな村に来て下さるなんて初めての事ですから皆喜びますわ」


 そう言ってトーマスはポリポリと頭をかきながら頭を下げた。


 ローゼリアはトーマスに付いて村を回っていく。イアンと一緒にいるせいで何人かの村人にイアンの妻か婚約者だと勘違いされてしまい、その度にイアンが不機嫌そうに訂正していくのだった。


 この村では紙を漉いて作る他に、麻を使って布や紐を作っていた。漂白や染色の技術は無いので安く商人に買い取られているらしい。オルコット領にはこの村のような麻を使った製品を作る事を生業としている村がいくつかあるそうだ。


 村からの帰りの馬車に揺られながらローゼリアはオルコット領で作られる製品で何か商売に繋がらないかと考えていた。


 オルコットの麻紙は有名だが単価が安い。高級紙として大きな契約に使われるのは羊皮紙で、麻紙は消耗品として使われるだけだ。その他に領内で作られている麻布や紐はそもそも王都の人々の噂話にもならない程度のものだし、出来上がった布や紐を見たが品質もそれなりだった。


 荒地でも育つ事ができる麻の葉の栽培が盛んなのは領地全体に荒地が多いからで、オルコット領は農業には向かない土地だから、新たな農産物を育ててそれで何か出来そうにもない。


 これまでオルコット家が何とかやってこれたのはおそらく今までの領主が堅実に領地経営をしてきたからだろう。もし浪費家の領主が生まれたらすぐに干上がってしまうだろう。


 おそらく土地としての魅力が薄いからこれまで他の貴族に目を付けられる事もなく平和にやってこれたのだろう。


 農業の盛んだった旧フォレスター領はフォレスター家没落後はその土地を巡っての貴族たちの奪い合いが激しかったそうだが、最終的に王家とヴィルタ公爵家が一番良い土地を持っていってしまったと兄が父に話していたのをローゼリアは思い出していた。


 伯爵としては土地が細いから商売を成功させて領地を盛り立てたいのだろうが、商材として良い素材が無い以上は商売で儲けるのも難しそうだ。


(イアン様も商売人には向いて無さそうなのよね)


 ローゼリアは行きと同じように腕を組んで目を閉じているイアンをチラリと見る。


(商売をしたいなら、家格にこだわらずに大きな商会を持っている低位貴族の令嬢を探すのが一番良さそうなのよね。他にイアン様と気が合いそうな相手というのなら、騎士の家系の令嬢がいいのかしら?)


 契約ではイアンを貴族として独り立ちさせるところまでが最低限のラインだ。それにはイアンが婚約者を作り、その女性と協力してイアンを変えていくのが一番の近道だろう。商売については成果があった時は離婚時のローゼリアの財産が増えるだけで結果までは求められていない。こちらはマイナスさえ出さなければ良しとローゼリアは考えている。


(それでも何とかしてでも私がイアン様に近づかないと何も始まらないわ)


 ローゼリアがイアンの結婚話を纏めるにはまずローゼリアがイアンとある程度の信頼関係にないとうまく進める事は難しいのだ。そしてローゼリアはその第一歩でつまずいていたのだった。

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