5 それぞれのハッピーエンド
完全に忘れることなんて、できはしないんだ。
「……納得がいきませんわ」
「まさか、第一王子殿下が貴女を見初めていらっしゃったなんて、思ってもみませんでしたわ」
「…わたくし、殿下と直接言葉を交わした回数は両手で数えられるほどですのよ?」
「私としては納得できますよ。だって話聞いてたら今まで受けてきた教育、王妃教育じゃないですか」
「それすらもわたくしは納得できかねるのです!…今まで、今まで公爵家の令嬢としてふさわしい教育とだけ父に言われて、マナーも教養も身に付けて参りましたのよ?確かに王妃殿下から直接ご指導頂いたこともあります。それが、すべて殿下がわたくしを王妃にするためだったなんて……」
「ご両親への根回し、すごいですよね」
「私はそれよりもぉ、ご自分が王太子になるだろうと思ってる殿下がすごいと思いますわぁ」
「第一候補ですもの。それにしてはすごい自信だとは思いますけれど」
「あれ?じゃああの婚約者ってなんだったんです?」
「殿下曰く、当て馬だそうですわ」
「……」
「……」
仲良し四人組でティータイム。in食堂。馬車待ちをしている間暇だから、と集まって話をしていただけなのだけれど、しょうもない事実を聞いて、思わず友達令嬢とゲンド〇ポーズを取った。それを見た麗しいご令嬢二人が首を傾げる。ちなみにゲンド〇ポーズは私が教えた。昨日彼女が将来義妹になることが決まったので、せっかくだから弟にも仕込んだネタを仕込むことにしたのだ。大変ノリのいい彼女は積極的に、随所にネタをぶっ込んでくれるから教え甲斐があった。
「なんと、言うか…あれですわね」
「本人に直接気持ちを伝えろよ、って思いますね…」
「ヘタレですねぇ」
「わたくしを王妃にしたいのなら、気持ちはさておいてでもお話してくださってればよかったのに…」
「まさか殿下が、愛の一つも囁けないヘタレだったとは…」
「誰がヘタレなのかな?」
「わふっ!?」
「犬みたいなナターシャも可愛いなぁ」
「っで、殿下にオルフェウス様!?」
背後から気配なく、楽し気な声が聞こえて驚きのあまり奇声を発して立ち上がると、オルフェウスもいてレオナルド共々くすくす笑われた。
三令嬢も気付かなかったのか、驚いて立ち上がって、目を丸くしている。
「確かに、スレイアスにもオルフェウスにも言われたけれど…そう簡単に言ってしまっては、言葉の重みが変わってしまうだろう?だから態度で示したつもりだったのだけれども…もっと積極的に迫った方がよかったかな?」
「そもそも当て馬を宛がったのが問題かと」
「……そうだね。それは私も失敗したと思ったよ、さすがに」
オルフェウスの指摘にしょぼくれたレオナルドが意を決した表情に切り替えると、二人の登場に思わず立ち上がったアドレイドの妹さんであるアディーラの隣、レオナルドが王妃に、と望む彼女の隣に立った。私の隣にはオルフェウスが立つ。
友達令嬢、ミリアが心なしかわくてかした目で、斜め向かいに座っていた彼女を見ている。挙動不審気味な彼女の一挙一動を見逃すまいとしているようだ。いい趣味してるよね、本当。キースの妹さん、シェリンは苦笑いだ。
「改めて、アディーラ・シェリーズ」
「っは、はい…」
「私は先日、王太子になることが決まった。貴女に、私の隣に立ち、共に国を育み守ってくれる覚悟があるならば、私の求婚を受け入れてほしい。私はもう、貴女以外の女性を隣に立たせたくはないが、何よりも愛おしい貴女の意思を尊重したい」
思わぬプロポーズに、アディーラは固まった。じわじわと頬を朱に染め、ふるふると全身が震えだす。
「…わたくしを王妃に、と決めた、その理由をお聞かせ願います」
「一目見て、貴女には王妃の素質があると見たのがきっかけかな。だけれど、その後も貴女と度々言葉を交わすうちに、表情の代わりに感情を伝える声に惹かれていった。貴女は気付いているかな、楽しい時には少し上擦った声になり、悲しい時には低く小さな声になるんだ。表情は取り繕えているのに、声だけは素直だったから、貴女の本当の表情を、見たくなった…それが、一番の理由だよ」
とうとう、アディーラは首から上を見事に真っ赤にして、俯いた。まあ、声で、顔で、全身で「愛してます可愛いですこの場でおいしく頂きたいです」ってオーラ出されて主張されると、こうなるか。
「…レオナルド殿下の、求婚を、受け入れましょう」
か細く、可憐な声で、呟くような返事を受けたレオナルドは、周りに他の生徒がいるにも関わらず、満面の笑みでアディーラを抱き締めた。私たちは、よかったね、と拍手を送る。他の生徒たちも疎らに拍手し、やがて食堂一帯が大喝采に包まれた。なんだなんだ、と集まって来た教師たちも加わっている。
その三日後、立太子式と同時に婚約発表が為された。アディーラが卒業したら結婚するそうなので、婚約期間は三年になる。
そして、まさか、と思っていたスレイアスの幼馴染みは、やっぱりシェリンだった。レオナルドとアディーラの婚約で浮ついた学園の空気が少し落ち着いた頃合いを見計らって、スレイアスがシェリンに喧嘩の謝罪をし、求婚したのだ。スレイアスはかなり早い段階から外堀を埋めていたらしく、あまりその気でなかったシェリンはそれを知って、仕方なさそうに求婚を受け入れた。しかし満更でもないようだったので、意外とツンデレなところがあるシェリンが素直にスレイアスに甘えだすのも時間の問題だろう。
私の方はと言うと、衝撃の事実を聞かされて、過去の失恋の記憶に魘されていた。
「私は、……いや、俺は、君に謝らなきゃいけない」
スレイアスがシェリンに求婚した翌日の休みの日、オルフェウスが突然うちの邸に来て、私にそう謝罪した。何のことかわからず、首を傾げる。
「もっと早く謝っていれば、俺はあんなに後悔することはなかった。あの交差点で君を見つけて、立ち止まらせていれば、折れた電柱の下敷きになって死んでしまう君の運命が、変わっていたかもしれないのに。…君の記憶から消された俺が何を言っても許してもらえないかもしれないけど、それでも、無理矢理にでも手を取って引き留めていれば、君は助かったかもしれないと思うと……いや、そもそも君からの告白の返事が、照れ隠しの暴言になっていなければ、あんなことにはならなかったんだ」
交差点。折れた電柱の下敷き。告白の返事。暴言。
それらのキーワードが、私の死ぬ直前の記憶と、初めての告白で彼に傷付けられた記憶を引き起こす。走馬燈のように流れたそれらに眩暈がして、倒れ込みそうになる。
「ごめん。卒業式の時、君からの返事が嬉しくて、なんて答えたらいいのかパニックになって、でもそれが恥ずかしくて、あんなことを言ってしまった。涙を流して俺から逃げた君を捕まえたかったけど……いや、言い訳は言わない。最低な言葉で傷付けた以上、好きな女の子にどう思われようが、捕まえて謝らなければならなかったんだ」
『お前みたいなブスに告白されるとかマジでない』
その言葉が、照れ隠しだと言うのか。これのどこが、照れ隠しなのか。
こう言っている以上、オルフェウスは先輩なのだろう。かっこよくて、優しくて、面を取った私の髪を見て「また跳ねてるよ」って笑って、技や姿勢の指導をしてくれた、初恋の人。
あの時、私がどれだけ傷付いたか。彼は知っているのだろうか。
「君が俺の目の前で死んで、ひどく後悔した。一目惚れで、初恋だったんだ。それなのに、君を傷付けた。逃げた君を捕まえられなかった。謝れなかった。やり直したい。そう思って、俺は死んだ。そして記憶を持って生まれ変わって、ここで君と出会った。すぐにわかったよ。初めて道場で出会った時と、同じような出会いだったから。チャンスだと思った。オルフェウス・クラウディアとして、生まれ変わった君と、今度こそ恋人に、夫婦になれる、と」
『迷子ですか?受付はあっちですよ』
そうだ。庭園に呆然と立ってた高校生らしき人に、そう声をかけた記憶がある。なぜか実家の道場で試合をやることになって、それに参加するという高校の人たちがいっぱいいて。まだ中学生だった私は、適当に走り込みして、せっかくだから庭園を経由して戻ろうとして。そこで見かけて。
思い出した。気付かなかった。あの時の彼が、先輩だったなんて。髪型が違ってたし、背格好も大きくなっていたから。
「何も言わなければ、よかったのかもしれないと思う。生まれ変わった以上、別の人間だから。だけど、それじゃあ俺の心が許せない。自己満足だとしても、過去…前世の過ちを、なかったことにしたままには、したくなかった」
体が震える。鮮明に思い出される告白の時の記憶。そして、怒り。
「謝っても許されないかもしれない。…君は俺に関する記憶は忘れ去ってしまったから、俺のことなんて覚えてないかもしれない。それでも俺は、前世の君を、今世の君を愛してしまったから。……ごめん」
好きだった。どうしようもなく。だから伝えたい気持ちが抑えられなくて、告白した。ただこの想いを知ってほしいと、付き合うとかそういうことは考えず、伝えたかっただけだったのに。
その答えが、あれで。受け入れてもらえなかった怒りと、悲しみは、思ったよりも大きかった。
だから、忘れた。最初からそんな人はいなかったのだと。頭が勝手にそう処理した。
それでもやっぱり、どこか残っていて。だからこそ、あのゲームでも先輩に似たところのあるオルフェウスを好きになったのだろう。
ふっ、と。意識が遠のいた。
それからずっと続く記憶のループ映像。何度告白したって、返事は何度でも拒絶の言葉で。「私じゃ彼に釣り合わないんだ」と納得する私と、「私がこんなに想っているのだから貴方も同じだけ返してよ!」と理不尽とも言える怒りを抱える私がいる。自分がどれだけ相手を想っていても、相手も同じだけ想っているとは限らないのに。
『ごめん』
多分百は超えただろう告白の返事が、変わった。唐突に。
ふられたんだ、って。ぽろっと頬を、滴が伝う。
『なんて返していいか、わからない』
わからない。なんて。この期に及んで、そんなことを言うか。
思わず涙が止まる。ここで初めて見た先輩の顔は、オルフェウスそっくりだった。
『でも、これだけは言える。俺も、どうしようもないくらい、君が好きだ』
真っ赤な顔で、はにかんで。
彼はどっちなんだろうって思って。どちらも彼なんだと思ったら、無性に彼の温もりが恋しくなった。
目が覚めると、夕方だった。どうやら自室にいるらしいことが、天蓋でわかった。傍にはオルフェウスが付いていて、泣き腫らした真っ赤な目から、いっぱいの涙を溢れさせていた。
「ごめん」
私の手を取って、懇願するようにそう言う。
「好きだ」
「オル…」
「どうしようもないくらい、君が好きだ」
多分夢なのだろうあの言葉と、同じ言葉。思わず目を瞠ると、オルフェウスは私の手のひらに口付けた。
「だからもう、忘れないでくれ。傍にいることを、許されなくてもいいから」
その懇願に、私も彼の手を取った。
「忘れられません。全部忘れたって思ってた前世だって、どこかに貴方がいたんですから」
それを聞いたオルフェウスは、「ありがとう」と、私を抱き締めて泣いた。
好きだって気持ちは、そう簡単に忘れられるものではないんだな、と。先輩であり、オルフェウスである彼を、私は抱き締め返した。
(「努力が実った彼らに、祝福を」――のんびりした声が、そう言って消えた)
主人公
初恋の先輩に頑張って告白したのにこっぴどくふられて乙女ゲームに走った、地味に脳筋な剣道少女。
実はその先輩と同じ大学に通ってた。本人は先輩がいるなんて知らない。
色以外の容姿は、髪が長ければナターシャに似ている。
なんだかんだで初恋が忘れられず、先輩と似たオルフェウスに惹かれる。
またオルフェウスがバカなことを口走ったら鳩尾に一発拳を入れてやるつもりで鍛えている。
先輩
初恋の後輩に告白されたにも関わらず、テンパってバカなこと口走った挙句に自分に関する記憶を消された可哀そうな人。
目の前でその後輩の死を目撃してしまい、遺書を残して自宅で首吊り自殺した。
実は声優事務所にスカウトされて、オルフェウスの声優をやっていた。
スレイアスに触発されて、前世のことを謝罪。ナターシャが後輩だというのは、根拠はないが確信している。
次ナターシャにバカなこと言って拒絶されたら心中するつもりだったりする。
後日配信予定のシナリオは、実はナターシャの弟、という裏設定。
攻略者はナターシャの親友であるミリア。