ボクと正義の味方4
「てめぇ! 人間のくせにドラゴンであるこの俺らを馬鹿にしやがったな!」
「ドラゴン……!」
ルムは思わずボストカゲの言い放った単語を復唱した。
ドラゴン──それは伝説上の生き物。本の世界にしかいないと思っていた暴君。目の前にいるのはただのトカゲに過ぎないが、二足歩行の喋るトカゲの存在はドラゴンの存在を、つまり「この世界にはモンスターが棲息する」ということを裏付けるものとするには十分だった。サンダーもモディも、その言葉が意味する恐ろしい真実に息を飲んでいるようだった。
ただ唯一、リンドウのみがそのつぶらな目を見開き松明の火に照らされ薄ら笑っていた。
「野郎共、火を放てぇ!」
ボストカゲが叫んだ。ボスに応えるようにギャーと叫びながら、松明を翳し駆け出す手下のトカゲ人間。それは勝利を確信した勝ち鬨かのように。
手下のトカゲ達はボスの背後から一直線に集落を目指す。松明の火が波の如く押し寄せる。
『グガアァァァァァァッ!』
サンダーはついに怪物化した。隙も何もあったものではない。こうしなければ集落は守れないと判断しただけだ。モディもついに引き金に指をかけた。
「ドラゴンでありながら火の一つも吹けず、松明の火に頼るとは」
トカゲ人間達を嘲る明瞭な言葉が発された。それと同時に、迫る軍勢に向かってリンドウが駆け出していた。走りながら鞘から剣を抜き、薙ぐ。ギャーという悲鳴をあげてトカゲ人間達は三頭、四頭とまとめて倒れた。
しかしリンドウの剣の動きは止まらない。倒れたトカゲにはもはや目もくれず、立っているトカゲに向かい切りつける。トカゲが侵入する速度よりも速く彼は切り捨てていく。
『ガァァッ!』
怪物が地面に落ちた松明に飛びついては掌底で叩き潰し火を消していく。あんなに煌々と照らされていた集落の入り口が少しずつ暗くなっていく。集落を照らすのはボストカゲの持つ松明と月の光だけになった。
トカゲ人間の軍勢は集落に火を放つどころか、集落に踏み入ることさえ叶わなかった。
ミュージカルを見ているようだった。リンドウの動きに合わせて倒れるトカゲ人間達は台本通りに演技しているようにさえ見えた。ルムの体が震える。鼓動が速くなり頬が熱くなる。
──ボクも武器を振りたい……!
その身震いは恐怖からではなく、武者震いだった。本来武器を持って鍛錬を積んでいたルムにとって、リンドウの戦いぶりに憧憬を抱く。
「さて。残るはそなただけか」
手下のトカゲを全て叩き伏せたリンドウの声は恐ろしいまでに穏やかだった。ボストカゲは松明を持ったままじりじりと後退する。
「畜生!」
松明を放り出しボストカゲは逃げ出した。集落を飛び出し、再び森の中へ身を隠そうとした。
しかし一発の銃声が響き、ボストカゲが地面へと崩れ落ちた。
「へっ?」
地面へ伏せたボストカゲはぴくりとも動かない。ルムは薪置き場の天井に付けていた照明を手に取り、集落の外の道で倒れるボストカゲに近付いた。リンドウも後ろから近付き、怪物もそれに続いた。ボストカゲを照らして見ると、脳天に開いた穴から体液を流していた。
「これは……?」
「鉢金が月明かりを反射してくれて助かったわ。いい目印だったわね」
頭上から声が降ってきた。驚いて顔を上げると、木の枝の上に星空を背負ったモディがいた。短銃を構えている彼女は不敵な笑みを浮かべていた。
「モディ! 何でそんなところにいるんですか?」
「それはね、サンダー」
彼女は楽しそうにウィンクした。
***
殺陣の如きリンドウの剣戟に目を奪われていた。自分の銃はお呼びでないかと思われた。銃を持つ両手を下げ、彼の動きをただ見つめた。
だがモディは気が付いた。軍勢の後ろの方で圧倒され、体が少しずつ後ろへと向かうボストカゲの姿に。
──このままだとまたアイツは逃げ出す!
松明を消して回っている怪物にモディは駆け寄り肩を叩きながら声を掛けた。
「ねぇサンダー! またアイツ逃げ出すかもしれない。一度森の中に逃がしたら追いかけるのが大変なのは十分わかってるでしょ? 今度こそ確実に仕留めたいの」
『グワゥ?』
怪物は首を捻る。続けて集落の入り口のすぐ傍にある一際太い幹の木を指し、モディは言った。
「アタイをあの木まで投げられる? あそこからアタイが確実に奴を仕留める」
***
つまりボストカゲに気付かれないうちに怪物が腕力に任せてモディを木の上まで投げ、そこからボストカゲを仕留めたということだった。
しかしいくら隠れながらとはいえ、たった一発の銃弾で急所を撃ち抜くなどルムにはできない技だった。改めてモディの銃の腕前を見せつけられた。
「頭を鉢金で保護してたつもりみたいだったけど、真上からは無力よねぇ」
モディは楽しそうに高笑いした。
ルムはボストカゲの傍らに落ちていた自分の『念導銃』を拾い上げた。手に粘液が付き思わずひっと呻いた。舌で巻き取られていたのだから当然唾液まみれになっている。ルムは振り向き後ろに立っていたリンドウの着物で『念導銃』をごしごしと拭った。
「ルム殿、何をなさるか!」
「ごめんなさいつい……」
まったくと呟きながらリンドウは懐から手拭いを取り出し、ルムに差し出した。
「ありがとうございます」
「礼には及ばぬ。しかし……」
リンドウは自分の背後に視線を向ける。そこには筋骨隆々の青い怪物が佇んでいた。リンドウは手に持っていた剣の切っ先を怪物に向けた。
「サンダーを切らないで下さい!」
「サンダー殿?」
ルムは駆け出し怪物の前に立って両腕を広げた。がしゃんと音を立て『念導銃』が地面に落ちる。
リンドウは剣先を向けたまま、訝しげに彼の者の名を呼んだ。その瞬間、柔らかな風がルムの頬をなぞった。振り返ると逞しい上半身を剥き出しにしているサンダーがそこに立っていた。リンドウの開いた口が塞がらない。
「……サンダー殿、そなたは何者か?」
「【魔女】の呪いを受けた人間だ」
「物ノ怪の姿が呪いでござるか?」
「そうだ。元々はこの姿だ。自分の意志で怪物になったり人間に戻ったりできるが、呪いを受ける前は当然そんなことはできなかった」
「……人間としての尊厳を踏みにじられてしまったのでござるな。何という悲劇か」
「そう悪いことだけじゃないが」
サンダーは笑みを含んだ表情をしている。サンダーが明かしてしまった以上自分も黙っている必要はないと思い、ルムは口を開く。
「ボクも【魔女】に呪いをかけられて女にされた男です」
「アタイは【魔女】に超静電気体質っていうフザケた呪いをかけられたの」
「何と……!」
まさか【魔女】の呪いを受けた人間が一同に集まっているなんて……そもそも【魔女】に呪われた人間がいるなんて予想もしていなかったのだろう。リンドウは驚きを隠せない様子だった。
「だからボク達は自分にかけられた【魔女】の呪いを解くために旅をしているんです」
リンドウは唖然とした表情から怒りの籠もった顔になり、さらには悩んでいるように俯いた。
「【魔女】に『呪い』……実にけしからん連中でござるな。そなた達のように苦しめられている者が他にいるのかもしれぬな。よし、拙者もその世直しの旅に同行しよう」
「はいぃ?」
ルムは素っ頓狂な裏返った声が出た。
「いえ、世直しってそんな大袈裟なものじゃないです。それに貴方は【魔女】とは何の関係もないですし、連れていけませんから」
「いや、拙者は【魔女】が許せぬ。必ず成敗してくれよう!」
謎の使命感に燃えるリンドウを止められそうになく、ルムは助けを求めるようにサンダーを見上げた。サンダーの表情は明らかに呆れ返っている。
「世直しでは食っていけないぞ? 俺達は自分のことで一杯一杯だ。そんな立派な志で【魔女】に挑む訳じゃない」
「それなりに武は身につけていると自負している。拙者のことは無償の用心棒と思えばよい」
「……どうする、ルム?」
「ボクは反対です! 【魔女】と何の因縁もない人を巻き込むのだけは避けたいんです」
「それならそれで構わぬ。だが【魔女】の呪いの存在を知らぬままその災難に見舞われる者がいるとすれば、【魔女】の呪いの存在を知る者がそれを退けるのが最善だと拙者は思うが?」
言葉が詰まる。モディの時とは違うのだ。彼は【魔女】の呪いとは関係がない。
しかし彼はこの世界に【魔女】が確かに息衝いているを知ってしまった。そして彼の正義感が【魔女】を放っておけないと自ら巻き込まれることを望んでいる。
──【魔女】の呪いの存在を知る者が、【魔女】の呪いの存在を知らない者を守る。
彼の言葉がルムの信念、想いと重なる。あたかも「弱者は捨て置け」と言うかのように拒まれたら自分は納得するだろうか。
いや、しない。諦められずしつこく食い下がるだろう。自分に他者を助けられるだけの力があるなら、それを行使しないなんて騎士が廃る。そして、きっと彼も同じだ。
「わかりました。一緒に頑張ってもらえますか?」
「あいわかった」
彼の正義は止められないと思った。自分も彼と同じ選択をしたのだ。同じ想いを持ちながら自分が良くて彼が駄目など、誰が納得できるのか。それならば少なくとも【魔女】からだけは彼を護ろうと決めた。それが【魔女】から人を護る騎士の役目だから──
***
集落に明かりが灯り始めた。襲撃には気付いていたはずだから静かになったことを不思議に思って住民達が表に出てきたのだろう。
ルム達が戻ると大人達が倒れているトカゲ人間達をまじまじと見ていた。
「これは……」
長が呆然とした面持ちでサンダーを見上げた。
「ああ、群のボスは始末した。そいつが本当にボスかどうか確認してくれ。モディは彼に付き添ってくれ」
「オーケー」
モディは長と数人の大人を引き連れボストカゲの倒れている場所へ向かった。
集落の大人達はトカゲ人間の屍にゴザを乗せている。夜が明けたら片付けるつもりなのだろうが、それまで目隠ししておきたいのだろう。
「おねえちゃん!」
深夜にもかかわらず可愛い高い声がルムへと届いた。驚いて振り返ると寝間着姿のままのアルメリアがルムに飛びついた。腰に手を回し顔をルムの体に力一杯押しつけてくる。
「トカゲさんやっつけた?」
「ああ、やっつけたよ」
サンダーは屈んでアルメリアの頭を優しく撫でた。彼女の表情がぱっと輝く。今まで見た中で一番眩しかった。
「ありがとう! おにいちゃん、おねえちゃん!」
アルメリアはますます強くルムに顔を押しつけた。これだけ喜んでもらえるならと、彼女に懐かれたことを悪い気はしないと初めて思えた。
その傍に退屈そうに立っているマツリカがいた。指をくわえて上目遣いで見てくる。彼はこの事態を理解していないようだった。リンドウがマツリカに歩み寄り、彼の脇の下に手を通し高く抱え上げた。
「もう怖いことはない。悪は滅びたでござるよ」
高らかに、そして穏やかにあやす声。自分達と話すときとは全く異なる雰囲気に驚きルムはリンドウの顔を見た。マツリカと向き合い彼をあやす顔は今までに見たことのない穏やかな笑顔を湛えていた。
──こいつ、悪い奴じゃないのかもしれない。
子ども好きに悪い奴はいない、というのは偏った考えかもしれないが、少なくとも小さな子どもにあのように向き合えるリンドウは『良い人』に見えた。
***
モディに止めを刺されたトカゲはボスに間違いない、と集落の住民のお墨付きが出た。これにてこの騒動は終了と見てもいいだろう。
翌日陽が高くなると、ルム達は集落を後にすることにした。住民達が安堵の表情を浮かべている。トカゲに襲われないという安心だけでなく、ようやく余所者が去るという感情も含まれているだろう。恩人に対する態度じゃないなとルムは小さく舌打ちする。サンダーは長から報酬の入った袋を受け取り、一言二言交わしている。
「おねえちゃん、帰っちゃうの?」
「帰るというか、行くというか……」
アルメリアがゆっくりとルムに近付き、寄りかかるように抱きついた。相変わらず彼女に対するルムの態度はしどろもどろで、そんな様子をサンダーとモディは綻んだ顔で見ている。その隣でリンドウが少々乱暴にマツリカの頭を撫で回している。
「そなたは男だ。強くなって自分の故郷を守るのでござるよ」
彼の言葉に頷くマツリカ。おそらく意味は分かっていないのだろうが、自分に対して何か彼が大事なことを言ったというのは伝わっているように思えた。それを見ていたアルメリアがルムの体に顔をさらに強く押しつけた。
「わたしもおねえちゃんみたく美人になる!」
「ふえぇっ!」
アルメリアがルムに懐いていたのは、彼女が理想とする美人とルムが合致していたからなのかもしれない。
「ルム、あの男のことをどう見ている?」
背後からサンダーがそっと耳打ちした。ルムはリンドウを見た。夕べ感じたあの印象は今も変わらない。
「小さい子に対してあんな風に相手ができるんだから、それほど悪い奴じゃないんじゃないんですか?」
彼女の言葉を聞いて、サンダーは呆気にとられた顔をしている。ルムはその表情がどういう気持ちから来ているのかもちろん勘付いていた。
「……子ども好きだから悪い奴じゃないって単純だって思ったんでしょう? そうですよボクは単純なんです。モディに嫉妬したりサンダーの思惑も考えず当たり散らしたり単純なんですよ」
「単純なんじゃなくて素直に受け取れているだけだ。ルムはそのままでいいんだ」
サンダーはルムの顔に手を当て、摘むように親指で頬を撫でた。
「ルムが信じるのなら、疑うのは俺の役割だ」
彼はそっと、消えそうな声で呟いた。
「おねえちゃんたち、ばいばーい!」
アルメリアが離れていくルム達に向かって大きく手を振る。その隣でマツリカが真似して小さく手を振っている。住民達も密かな英雄を見送る。
脇道から街道に合流した。今日も山の道を歩く者の姿はない。男二人と女二人が樹海を貫く道を我が者顔で闊歩する。
「リンドウ」
ルムが呼びかけると彼は振り返った。マツリカに見せていた笑顔ではなく、気持ちの読み取れない無表情で。
「ボク達の旅は目的はありますがアテもツテもありません。そんな旅ですが……宜しくお願いいたします」
「うむ」
右手を差し出すと、彼もまた右手を差し出した。がっちりと強く握手をする。彼の熱い手は彼が内包する正義感をそのまま表しているようだった。




