ボクと正義の味方3
「ギャーッ!」
さらにトカゲの声は続く。陽は灼けつくように熱いのに恐怖に凍え身を固める。
「ギャーッ!」
いつまで待っても裁きは下らない。ルムはゆっくりと目を開け、薄目のまま周囲を見た。ボトッと重いものが落下する音がした。足下に目を見開き舌を出したままのトカゲが転がっている。
何が起きているのか理解ができなかった。ルムはしっかりと目を開け、顔を上げた。
そこには自分の命を終わらすはずの判決が、断末魔の悲鳴に変わっている光景があった。トカゲ人間が宙を舞い、地面に落ちていく。その下にいるのは見知らぬ男。男は手にした剣でトカゲ人間を弾き飛ばしていく。
「爬虫類風情が数に任せてオナゴを襲うとは何事でござろう」
燃え上がる炎のような色と形の赤い髪の男だ。彼の表情に炎のような正義感が燃え上がっている。
男は地面に向けていた剣の切っ先を力任せに振り上げる。彼の剣の軌道にいたトカゲ人間を切ると同時に剣身によって撥ね上げる。撥ね上げたトカゲが地面に戻ってくる前に、男は既に違うトカゲをかち上げていた。
速い!──ルムはその男の剣の速さに感動さえ覚えた。自らの銃の存在すら忘れ、彼の剣戟に魅入った。
二、三匹のトカゲ人間がしっぽを巻いて逃げる頃には足下には動かなくなったトカゲ人間で埋め尽くされていた。ルムが逃亡を図った奴を追おうとすると、モディが彼女の肩を掴んだ。
「アイツらに関しては深追いはダメ。土地勘のないこっちの方が不利よ」
「じゃあどうしてサンダーを止めなかったんですか……」
「アイツは強いし五感が発達してるんでしょ。アタイ達よりは単独で追うのに向いてるからね」
彼のことを心配しているからこそ腑に落ちなかったが、モディの言う通りだ。サンダーの能力を考えれば一人でも追跡は可能だ。
ルムは助けてくれた赤毛の男の方を向いた。男はちょうど剣を鞘に納めるところだった。彼の剣は剣身がやや反っていて片刃のようだ。騎士として様々な武器を訓練で扱ってきたルムだが、その剣は今まで扱ったどころか見たこともなかった。
「助けてくださってありがとうございました。貴方がいなかったらボク達は死んでいました」
「いや、礼には及ばぬ。あんな事態に遭遇したら放ってはおけぬ。それにしても何故あのような物ノ怪に襲われていたのか?」
男は薄い眉を顰めていた。ルムは足下のトカゲ人間の屍を一度見てから、再び赤毛の男を見上げた。
「このトカゲ達がこの集落で略奪をするんですって。ボク達はそれを止めるためにここにいるんです」
「では、これだけ倒せば終わりか?」
「いえ、この群にはボスがいるんです。ボスがいる限り続くかもしれない。今ボク達の仲間がそのボスを追いかけているのですが……」
ルムは一本道を見た。怪物が大きな体を揺らしながら集落へ近付いてきているのがちょうど目に入った。
怪物は一度立ち止まり、瞬時に金髪の大男に姿を変えた。そして駆け足で集落へと向かってくる。
「あ、彼です。サンダー!」
その声と同時に初めて赤毛の男が一本道の方へ振り返った。おそらく彼は怪物の姿を見ていないだろう、とルムは安心した。
しかし近付いてきたサンダーはどこか怪訝そうな顔をしている。ちらりと横目で赤毛の男を見た。
「……彼は?」
「あっ、彼はボク達を助けてくれたんです」
「助けてくれた?」
「あ、まあ……実はトカゲ人間達の援軍が来まして囲まれてピンチになったんですが、彼にそこを助けてもらったんです」
サンダーがひどく苦い顔をした。彼は今度は赤毛の男の方にしっかりと体ごと向き、頭を深々と下げた。
「俺の大事な人を助けてくれてありがとう。心から感謝する」
「いや、当然のことをしたまででござる。しかしこのような女子供を放っておくのは褒められたものではないが」
「面目ない。だが彼女を子供と言ったのは訂正してくれ」
「……ちょっと。アタイの存在忘れてない? ところでどうだったのよ、そっちの首尾は?」
「すまない。途中で森の中に入られてしまって見失った」
道理でサンダーは援軍やこの赤毛の男に遭遇しなかったわけである。
サンダーが申し訳なさそうに小さく首を振る。モディは「だっさ」と言って吹き出した。ルムも小さく息を吐く。
「まあ……土地勘と機動力のある者勝ちですからね。こればかりは森に入られたら負けですね」
「でも、取り逃がしたからには報復にくる可能性があるわね。今以上に確実に仕留めないと」
嘲笑していたモディが一瞬で表情を引き締めた。
「あやつらがまた来るのか?」
「可能性は大いにあるわ」
モディの答えを聞き赤毛の男が何かを考え始めたように見えた。
「おねえちゃん!」
女の子の鈴を鳴らしたような可愛らしい声が響いた。振り返るとアルメリアがルムに飛びつき、胸のあたりに顔を埋めた。ルムはアルメリアがトカゲの屍が見ないように彼女の頭を自分に押しつける。自分がかつてサンダーにしてもらったことを思い出しながら。
周囲を見ると住民が各々の家から顔を出して様子を窺っている。モディが「こいつらの後始末を手伝って」と住民に呼びかけた。
「トカゲさんみんなやっつけた?」
「まだみんなやっつけてないから、お外に勝手に出ては駄目だよ」
サンダーがルムの胸に顔を押しつけたままのアルメリアの頭を撫でながら優しく言った。アルメリアは顔を上げて不安げな目をルムに向けた。ルムもサンダーを真似ておそるおそる彼女の頭を撫でる。その傍らでマツリカが指をくわえて見ている。その様子を見ていた赤毛の男が口を開いた。
「あやつらがまた来るというのなら、拙者が助太刀しよう。人数は少ないより多い方が良かろう」
「え?」
ルム、サンダー、モディは顔を見合わせた。突然現れたこの男を信用しても良いものなのか判断しかねる。それも身なりや言動がかなり怪しい。信頼に値するかと言えば疑問符がつく。
しかし腕は確かなことと、ルムとモディを通りすがりに見返りなしで助けた正義感を考えたら集落を助ける気はありそうだ。
「どう思います?」
「ルムの判断に任せる。だがルムに手を出そうとしたらどれだけ止めても俺はこいつを地獄に叩き落とす」
「……わかりました。モディはどうですか?」
「仮にこいつが悪党だったとしても、大量のトカゲ人間を仕留めるよりはこいつ一人をシバく方が簡単よ。今はトカゲ人間を追っ払うのが優先。それなら腕の立つ奴が多い方がいいと思うわ」
「ボクもそう思います。それならば」
ルムは赤毛の男を見た。
「お願いいたします」
「あいわかった。こちらこそ宜しく」
「だが報酬はそれほど見込めないぞ。それでいいのか?」
「拙者はそんなものは求めぬ」
サンダーの耳打ちを赤毛の男はきっぱりと撥ねつけた。サンダーは無言ながらも納得したように頷いていた。
「拙者はリンドウと申す。そなたらの名を聞きたい」
「シュトゥルムフートといいます」
「しゅ……しゅと? 変わった名前でござるな」
「言いにくいでしょう。『ルム』でいいですよ。トリカブトって意味なんですって」
「なるほど。附子のことか」
リンドウと名乗った赤毛の男はルムの言葉に頷きながら呟いた。対してルムは表情が強張る。
「……面と向かってブスって言わなくてもいいじゃないですか」
ルムは俯き、小さい悲しげな声で呟いた。それを聞きつけたサンダーとモディが殺気立ち、そして声を揃えた。
「可愛いルムに向かってブスとはお前何様だ!」
「な……一体何に怒っているのでござるか?」
リンドウは心底わからないという顔でサンダーとモディを交互に見ていた。
***
サンダーが長へ口添えして、リンドウがトカゲ人間の討伐隊に正式に加わることとなった。
夜を明かすため四人は再びアルメリア宅の薪置き場に入った。小屋の天井の端に携帯用照明念導器をぶら下げ、互いの顔がうっすらわかるくらいの明るさだけ確保する。
それぞれ毛布の上に横になった。サンダーは体を起こし脚を投げ出した状態で毛布の上に座った。ルムと目が合うと、彼は笑いながら自分の腿を手でぽんぽんと叩いた。
「頭を乗っけてもいいぞ」
「嫌ですよ。膝枕にしては高いし硬いし」
「じゃあルム、アタイの腕枕で寝る?」
「……しばくぞ」
「そなたら……緊張感が感じられぬな」
リンドウが呆れた声で言った。
結局サンダーの腿に頭を乗せて横になったルムは、明かりで照らされたリンドウの横顔をじっと見つめた。不思議な格好に、見たことのない形状の剣。彼が何者なのか好奇心が刺激されないわけではない。
「リンドウさんってどこの出身なんですか?」
「言わねばならぬか?」
あまり言いたくなさそうな様子に共感し、ルムはふるふると首を振った。自分だって出自を聞かれてもこの姿である以上は答えたくない。
「ここからは遠く離れたところでござる。あまり人との交流はなかったでござるよ」
「そうなんですね。じゃあリンドウさんは何で協力してくれるんですか?」
「そなた達こそ。なにゆえこの集落をあの物ノ怪から守ろうとしているのか」
「ボク達はあのトカゲ人間に路銀を奪われたんです。それを奪い返さないとこの先苦しいんです」
「ま、中身は空っぽ同然だったんだけどね」
「ふむ……そうであったか。拙者はただあの爬虫類の物ノ怪の狼藉を見過ごせなかっただけでござる。それに小さい子供がいたから、彼らが安心して暮らせるようにしたいと」
「根っからの善人だな」
サンダーがゆっくりとルムの横頭を撫でながら呟いた。彼のその言葉には何か含みがあるようにルムには感じられた。それが何かわからずまだ自分は彼のことを理解し切れていないなとルムは思い、彼の服を掴む手に思わず力が入った。
「ルム、お前は一番年少だから寝てて構わない。何かあれば起こすから」
「そういう訳にはいかないでしょう」
「眠れないなら子守歌を歌ってやろう」
「いいですって。眠れないんじゃなくって眠らないんです」
ルムの断りを聞き入れず、サンダーは低くも澄んだ心地いい声量で歌い出した。世間一般で歌われる子守歌とは違い、全く聞いたことのないメロディーに言葉。ルムは首を捻った。
「それ子守歌ですか? その歌がサンダーの故郷の子守歌なんですか? それをお母さんが歌ってくれたんですか?」
「さぁ、でも俺が幼い頃に寝る前に父が歌ってくれていたから子守歌なんだろう。俺を寝かしつけるのは父の役目だったんだ」
「お母さんじゃなかったんですね。何か言葉も特殊で意味が分からないですしね」
「でも眠くなってきただろう?」
「なってません」
やはり自分はサンダーのことを何も知らないんだ、とルムは改めて感じる。彼が失った生まれ故郷のことを何も聞いていない。悲しませるとわかっているから聞くことは憚られた。つまりそれは彼のことを知ろうとしていないということではないか。好きだと思っていながら彼のことを知らない、知ろうとしない自分にわずかに嫌気が差した。
逡巡する頭をサンダーがそっとなぞる。自分を撫でる彼の手が温かく優しくて、少しずつ瞼が重くなり思考が鈍くなってきた。
軽い小刻みな地面からの振動を横たえた全身で受け取った。宙を漂う浮遊感のような眠気は吹き飛び目が冴えた。ルムはガバッと素早く体を起こす。
すでにサンダー、モディ、リンドウは集落の出口から延びる一本道を睨んでいた。
「行くぞ。大丈夫か」
「大丈夫です。寝てませんから」
ルムは自分の頬を挟むように両手で叩いた。
四人で小屋の外に出ると、一本道が動く橙色の光で染まっている。それの迫る速度は歩くよりも速く、駆けるよりも遅い。走るほどではないがはやる気持ちを抑えられないという心境が手に取るようにわかった。
それの正体は松明を持ったトカゲ人間の軍勢だった。数だったら先ほどよりも多いのかもしれない。一体どれだけの手下を隠し持っているのか想像するだけで頭が痛い。
群は集落の手前に着くなりギャーギャーと喚き立てた。集落の住民達は家から一度顔を出し、ひどく驚愕し怯えて家の中へ引っ込む。
群の先頭に立っていたボストカゲが松明を振り回しながら叫んだ。
「おかしな言葉遣いの赤毛野郎を出せ!」
それは明らかにリンドウを指していた。名指しにされるほどリンドウは何かしたのだろうか、とルムは首を傾げる。援軍を壊滅させたのはリンドウで間違いないが、その前に第一陣を壊滅させたのはルムとモディだから彼だけ責められるのは謂われ無い。
「それは拙者のことでござろうか」
「てめぇか……。聞いたぞ、てめぇが俺らのことを『爬虫類風情』とかフザケたこと抜かしたってな!」
やれやれといった調子でリンドウは躊躇もなく怯まず前に進み出た。彼だけがターゲットになったのは昼間の発言からのようだ。彼を守るべくルムは『念導銃』を構える。隣でモディもハンドガンを両手に持っている。
「おっと! おかしな動きをすればすぐに家に火を放つからな!」
「何……!」
今家には住民が閉じこもっている。そこに火をかけられればただでは済まない。そして真っ先に被害を被るのは集落の入り口に近いアルメリアの家だ。ルムは守るものに優先順位などつけたくないが、やはり自分を助けてくれた上に慕ってくれているアルメリアを集落のどの住民よりも危険に晒したくなかった。
ボストカゲがルムを見た。その瞬間、奴は大口を開けた。
「うわっ」
弾かれるような衝撃を受け、ルムはよろめき後退する。両手を振ってバランスを取る。何かが足りない。
「……あれ?」
「お前の武器は預かったよーん」
馬鹿にしたような声が正面から聞こえた。見てみると自分が構えていたはずの『念導銃』がボストカゲの口から伸びる舌に巻き取られている。
「か、返せ!」
「武器を返せって言われて返すアホがいるか! こーんな風に離れた相手から武器を奪うなんて人間にはできないだろう! さすが俺ら」
「そうやってボクの財布も奪ったのか!」
高笑いを交えて自慢げに語るボストカゲ。モンスターに財産や武器を奪われた挙げ句に見下されているのに、太刀打ちができないこの状況にもどかしさと苛立ちが募る。ルムは舌打ちした。
モディも集落を人質に取られている状況で銃を撃てる訳がない。サンダーは怪物化する隙を窺っているのだろうが、今はその時ではないのだろう。奥歯を強く噛んで耐えている顔をしている。
そこで溜息が一つ聞こえた。これ見よがしに盛大に息を吐く。
「誰だ! 今溜息なんか吐いた奴は!」
「……拙者だが文句でも?」
誰よりも前に進み出ていたリンドウが呆れた顔をして腕を組んでいる。
「蛙でもできるようなことを自慢されても驚きの一つもござらんよ」
「あぁ? 強がりか? そうか、羨ましいのか! 人間風情にはこんなことできねえもんな!」
「ああ、羨ましいものでござるよ。他の生き物にもできる芸当を自慢してしまうような寸足らずなおめでたい頭脳がな」
「ぐぬぅ……」
ボストカゲは呻いた。無表情のまま全身をぶるぶると震わせている。表情は変わらないので顔からは読みとれないが、声と体から怒っているのは明らかだった。




