名前を知られた人~スピンオフ~
<今日と明日の境>
夕方、会社の帰り道のことだった。中島はいつものように会社から電車に乗り、自宅の最寄り駅で降りた。最寄り駅から自宅までは歩いて帰る。その最中だった。道の向こう側から喪服を着た女性が、泣きながら歩いてくる。おそらく、近くでお葬式に参加した帰り道なのだろう。女性は足元がフラついていて、中島は避けようと思ったが女性が予想外の動きをしてきたので、正面からぶつかってしまった。
「すみません!」
中島が言った。
「すみません!私が前を見てなかったから……」
女性はそう言って頭をぺこりと下げて、その場を去ろうとした。その時、何だか無意識の内に口が動いた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
中島が女性を引き止めた。
「何か?」
女性が質問した。
「私の家でお茶でも飲みませんか?泣いたまま歩いてると前方がよく見えなく、危ないですし」
中島がそれっぽい理由をつけて女性を誘った。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
その後、二人は三時間ほど中島の家で話した。どうやら女性は先日、二年間付き合っていた彼氏を事故で亡くしてしまい。今日は、その彼のお葬式だったようだ。
十年後のある日、中島は自宅で夕方のニュースを見ていた。
『現在、男が山中にある倉庫内に女児一名を監禁し、身代金を要求しています。あっ。たった今、犯人と思われる男が倉庫内から出てきました』
現場にいるニュースキャスターが、その緊迫感を画面越しに視聴者に伝えていた。カメラが犯人の男の顔をズームで捉えて、その顔が明らかになった瞬間、中島は思わず叫んだ。
「おいおいおい、こいつ高橋さんじゃねえか?」
「え?高橋?」
キッチンの方から女性が言った。
「お母さん。タカハシって誰?」
中島と女性の子どもが言った。
「ごめんね。"かな"ちゃんは知らなくていいからね。お部屋に戻ってお絵描きしよっか!」
そのまま女性は子どもを部屋に連れて行った。その後、すぐに女性が戻ってきて、中島に言った。
「高橋って、あの昔お隣に住んでたっていう高橋さん?」
「うん。"菜月"と付き合い始めてからすぐに引っ越しちゃったから、それからは特に関わりがないけど……。菜月も知り合いなの?」
中島は女性に聞いた。
「実は高橋さんは元々、付き合ってくれてた林くんのお友達だったの」
少し気まずそうに、女性が言った。
「こんな事件に巻き込まれてるなんて、大変だな」
中島が心配そうに言ったが、どこか他人事のようだった。
「あなたも、子どももいるんだから発言には気をつけてね」
そのまま、女性はキッチンへ戻り、料理を続けた。




