プロローグ このお化け屋敷、最高だ!
「キャーーーッ!!」
絶叫が響く。
暗闇の廊下。
赤く点滅する照明。
壁には血のようなペンキが飛び散り、天井からはクモの糸が垂れ下がる。
そして――
「うらめしやぁぁぁぁぁぁ!」
白い幽霊が勢いよく飛び出した。
悲鳴を上げながら逃げ出す客たち。
その様子を見て、俺は思わずガッツポーズを決めた。
「よしっ! 大成功!」
「神楽坂くん!」
振り返ると、文化祭実行委員長が涙目で駆け寄ってくる。
「今年も大行列だよ!」
「やった!」
「二時間待ち!」
「最高じゃん!」
「最高じゃないよ!」
委員長は肩で息をしながら叫ぶ。
「怖すぎるって苦情が来てる!」
「え?」
「褒め言葉じゃないから!」
「えぇ?」
俺は首をかしげた。
「お化け屋敷なんだから、怖くて当たり前じゃない?」
「普通は加減するの!」
「でも、本物っぽい方が楽しいじゃん。」
「だからその"本物っぽさ"が問題なの!」
実際、このお化け屋敷はかなり気合いを入れて作った。
照明。
音響。
香り。
床のきしみ。
風が吹く仕掛け。
飛び出すタイミング。
驚かせる角度。
全部計算済み。
役者への演技指導も徹底した。
「驚かせるなら、本気で。」
それが俺のモットーだった。
「神楽坂くーん!」
今度はお化け役の後輩が駆け寄ってくる。
「どうした?」
「全然怖がってもらえません!」
「誰に?」
「あのおじいちゃん!」
見ると、一人のおじいさんがニコニコしながら歩いている。
幽霊が出ても笑顔。
ゾンビが飛び出しても拍手。
チェーンソー男が追いかけても楽しそう。
「なるほど。」
俺は腕を組んだ。
「照明を一段暗くしよう。」
「はい!」
「あと効果音を低音寄りに。」
「はい!」
「ゾンビはもう一歩近付いて。」
「はい!」
「最後に出口で全員集合。」
「了解です!」
周囲のスタッフが一斉に動き出す。
委員長は頭を抱えた。
「また始まった……。」
そんな俺を見て、友人が苦笑する。
「宵ってさ。」
「ん?」
「イベント会社に就職するの?」
「もちろん。」
俺は即答した。
「いつか世界一のお化け屋敷を作る。」
「そんなに好きなの?」
「好きなんてもんじゃない。」
俺は少しだけ空を見上げる。
夕暮れに染まる校舎。
楽しそうな笑い声。
驚いたあとに笑顔になるお客さん。
それを見るのが好きだった。
怖がって。
叫んで。
最後には笑って帰ってくれる。
そんな時間を作るのが、何より楽しかった。
「いつかさ。」
俺は笑う。
「誰も見たことがないイベントを作りたい。」
「世界一?」
「いや。」
首を横に振る。
「異世界でも通用するくらい、すごいやつ。」
その言葉に、友人は吹き出した。
「異世界なんてあるわけないだろ。」
「確かに。」
俺も笑った。
その帰り道だった。
商店街の交差点。
ハロウィンイベントの準備で飾られた大きなカボチャのオブジェを見上げながら歩いていると――
「危ない!!」
悲鳴が聞こえた。
振り向く。
信号を無視して走ってきたトラック。
その先には、小さな子どもが立ち尽くしていた。
考えるより先に、身体が動いていた。
子どもを突き飛ばす。
次の瞬間――
激しい衝撃が全身を貫き、視界が真っ白に染まる。
(……ああ。)
薄れゆく意識の中で、俺は苦笑した。
(最後までイベントみたいな人生だったな。)
もし、生まれ変わることがあるなら。
次はもっと大きなイベントを作ろう。
世界中が笑顔になるような――
そんな祭りを。
その願いを最後に、俺の意識は静かに闇へ溶けていった。




