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神代の縁  作者: 榊 雅樂
序章
1/15

第一篇 守人へ

りゅう、右に回って!」


「わかってる!」


 竜也と呼ばれた茶髪の少年は、黒髪の少女に言われた通り、右に走り出す。


「このッ……!」


 痩せこけた女は、回り込もうとする竜也に斬撃を喰らわせようと、左手を大きく振りかぶった。


みなとにい!」


 竜也は、痩せこけた女の攻撃を回避するべく、枯れ色の髪をした少年の名を呼んだ。

 彼は、それに応じて扇子を大きく一振りすると、冷たい氷が女と少年の間を隔てた。


 女の斬撃は、少年ではなくその氷の壁へと衝突する。女が驚いている間もなく、竜也は氷の壁を蹴り、上へと跳んでいた。

 そして、まるで空気の摩擦を受けていないかのような落下速度で、刀で女を切りつける。


水月すいげつ!」


 名を呼ばれると、布で目を隠した少女は、一枚の札を取り出し、ゆっくりと口を開く。


黄泉路よみじを照らすかがりよ、人草ひとくさ救いし桃の木よ、を在るべき場所へ!」


 水月が詠唱を唱えると、痩せこけた女の後ろに、大きな岩の洞窟が現れる。女は何かを叫びながら、その洞窟に吸い込まれ消えていき、穴は岩で塞がれた。



「あー、疲れたー」


 竜也は机に突っ伏して、そう呟いた。


「あんた、前衛なのに、初めの方ほとんど私に任せっきりだったじゃない!」


「しょうがねえだろ、俺は詩織よりも実戦経験浅いんだよ!」


 詩織と竜也がいがみ合っていると、後ろの襖が開く。


「まーた喧嘩しとるのか。いい加減にせい……っと」


 入ってきたのは、水月と湊。水月は二人を叱責していると、片手に持っていた、茶菓子を乗せた盆を落としかける。


「もう、危ないですよ。手が小さいんですから、片手で持たないでと言ってるでしょう?」


「すまんすまん、ついな。それで、二人はまた何を喧嘩しとるんじゃ?」


「竜也が前衛のくせして、わたしに任せっきりのくせして、オイシイとこだけちゃっかり持ってちゃうんですもん」


「オイシイとこって……俺は別にそういうわけじゃなくてさあ!」


 竜也が言い返すと、二人はまたいがみ合ってしまう。それを湊と水月は、バッと引き剥がす。


「詩織ちゃん、同じ前衛だから、イライラしちゃうかもしれないけど、竜也くんは()()になってからまだ二週間しか経ってないんだから、そんなに怒らないであげて」


 湊が優しく諭すと、詩織は口を尖らせたまま、何も言わなくなった。

 これで一件落着––––かと思ったが、


「あっ」


 水月が竜也の着物の裾を持ったままでいると、パリンッと嫌な音がした。

 下を見ると、お茶は零れ、四つ乗せられていたうちの、二つの湯呑みが割れていた。茶菓子もお茶に濡らされる。


 四人は布巾を持ってきて、いそいそと畳やら机やらを拭いた。


「すまん。片手で持ってしまった」


「いえ、あれは仕方ないですよ」


「まったく、竜也あんたのせいで」


「はあ? 元はと言えば、お前が……!」


「あーもう、二人ともやめんか!」



 竜也は二週間前、守人もりびとになるための儀式を行った。それと同時に、中学生にもなった。


 儀式の前日、彼は夢を見たのだ。星々が煌めく夜空が目に映る。が、彼の身体も視線も一切動かず、ただただ星空を見つめていた。

 しかし、次第に赤い炎によって、視界が遮られていき、最終的には視界の全てが真っ赤になった。

 なぜか懐かしい、そんな感覚––––


 夢は、そこで覚めた。



「どう? ブカブカだったりしない?」


 竜也の母が、紺の着物に白の袴を着せ、そう問いかけてきた。


「うん、大丈夫」


 少しばかり大きい気がしなくもないが、成長期の竜也にとって、それはさほど大きな問題ではなかった。


 そして、夕刻、神社へ向かう。この神社は町と深い繋がりのある神社。祭神は、水月だ。


 竜也は、社の前で藁で出来た敷物の上に座り、守人になることを誓うための祝詞のりとを聞く。

 全てを聞き終えると、賽銭箱を通り過ぎ、社の障子に手をかけた。


 一つ息を吐いて入ると、中は社ではなく、家のようになっていた。しかも、社の大きさは優に超えている。


 目の前は玄関、そこにいるのは布で目を隠した、黒髪の少女––––水月だ。彼女は小さな身体で正座をしている。


「いらっしゃい、お前が新しい守人だな。名は?」


「……明星あきぼし竜也です」


「そうか、竜也か。では、こちらへおいで。守人の説明ついでに、他の守人も紹介してやろう」


 水月にちょいちょいと促されると、竜也は素直に彼女について行った。案内されたのは、居間と思しき場所。

 襖を開けると、枯れ色の髪をした、落ち着き払った少年と、黒髪ハーフツインの少女が座っていた。


 竜也は座布団の上に座ると、一つお辞儀をして、


「えっと、本日から守人になりました、明星竜也です。よろしくお願いします」


「初めまして、竜也くん。僕はたちばな湊。確か、君より一つ上……だったかな」


「私は鈴宮すずみや詩織。あなたとは同い年……って、知ってるわよね。一回会ったことあるもの」


 そう、竜也と詩織は、一度だけ対面したことがある。守人の家系同士が集まる集会があるのだが、二年ほど前に、そこで会った。


 それに加え、彼女とはクラスが同じだ。


「にしても、やっぱりあんたは守人になれるわよね。明星なんて名家すぎるほどに名家じゃない」


 詩織は後ろ手をつきながら、天を仰ぐようにして言う。


「でも俺は、霊力はあってもそれを上手く使えるわけじゃないし……」


「霊力があるなら、まだまだ伸び代があるってことでしょう。守人やってたら、また変わってくるわよ、きっと」


 竜也が「でも……」と渋い表情をしていると、湊も割って入る。


「僕も、詩織ちゃんの言う通りだと思うよ。実際、僕も昔と比べたら、結構変わったと思うし」


「……ふふ、まあ、そういうことじゃ。あまり気負わんでいい。そろそろ、守人の説明に移っても良いか?」


「ああ、ごめん。でも、その前に一個聞きたいんだけど、あんたが『生魂いくたま女神めのかみ』で合ってる?」


「合っとるぞ。ただ、名前を呼ぶ時は、『水月』と呼んでもらいたいな」


「水月? まあ、わかったよ……」


 一文字も被ってないじゃないかと思いつつ、竜也はとりあえず納得の返事をした。


「では、まず守人の説明から。まあ、ある程度ののことは知っておるよな?」


「うん。この日のために、勉強はさせられてきたから、一応」


「ふふ、偉いのう。しかし、齟齬があるといかんからな。一から説明させてもらう」


 守人というのは、死人の行き着く先、黄泉よみから死に戻ってきた『黄泉よみがえり』を、もう一度黄泉へ戻す役割を持っている。


 守人らは、その町の土着の神々に仕えるという名目の元、その役割を担う。

 町の神と呼ばれる存在は、水月の他に三柱。それ以外はいない。


「黄泉がえりは悪事をはたらく者が大多数を占めている。心してかかってもらいたい」


「わかった」


 こうして、竜也は守人となった。

 これから守人としてやっていく中で、彼には様々な出会いが待ち受けている。


 これは、人と神とが繋がっていく物語。

タイトルはかみえにしと読みます。

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