第一篇 守人へ
「竜也、右に回って!」
「わかってる!」
竜也と呼ばれた茶髪の少年は、黒髪の少女に言われた通り、右に走り出す。
「このッ……!」
痩せこけた女は、回り込もうとする竜也に斬撃を喰らわせようと、左手を大きく振りかぶった。
「湊兄!」
竜也は、痩せこけた女の攻撃を回避するべく、枯れ色の髪をした少年の名を呼んだ。
彼は、それに応じて扇子を大きく一振りすると、冷たい氷が女と少年の間を隔てた。
女の斬撃は、少年ではなくその氷の壁へと衝突する。女が驚いている間もなく、竜也は氷の壁を蹴り、上へと跳んでいた。
そして、まるで空気の摩擦を受けていないかのような落下速度で、刀で女を切りつける。
「水月!」
名を呼ばれると、布で目を隠した少女は、一枚の札を取り出し、ゆっくりと口を開く。
「黄泉路を照らす篝火よ、人草救いし桃の木よ、彼を在るべき場所へ!」
水月が詠唱を唱えると、痩せこけた女の後ろに、大きな岩の洞窟が現れる。女は何かを叫びながら、その洞窟に吸い込まれ消えていき、穴は岩で塞がれた。
◆
「あー、疲れたー」
竜也は机に突っ伏して、そう呟いた。
「あんた、前衛なのに、初めの方ほとんど私に任せっきりだったじゃない!」
「しょうがねえだろ、俺は詩織よりも実戦経験浅いんだよ!」
詩織と竜也がいがみ合っていると、後ろの襖が開く。
「まーた喧嘩しとるのか。いい加減にせい……っと」
入ってきたのは、水月と湊。水月は二人を叱責していると、片手に持っていた、茶菓子を乗せた盆を落としかける。
「もう、危ないですよ。手が小さいんですから、片手で持たないでと言ってるでしょう?」
「すまんすまん、ついな。それで、二人はまた何を喧嘩しとるんじゃ?」
「竜也が前衛のくせして、わたしに任せっきりのくせして、オイシイとこだけちゃっかり持ってちゃうんですもん」
「オイシイとこって……俺は別にそういうわけじゃなくてさあ!」
竜也が言い返すと、二人はまたいがみ合ってしまう。それを湊と水月は、バッと引き剥がす。
「詩織ちゃん、同じ前衛だから、イライラしちゃうかもしれないけど、竜也くんは守人になってからまだ二週間しか経ってないんだから、そんなに怒らないであげて」
湊が優しく諭すと、詩織は口を尖らせたまま、何も言わなくなった。
これで一件落着––––かと思ったが、
「あっ」
水月が竜也の着物の裾を持ったままでいると、パリンッと嫌な音がした。
下を見ると、お茶は零れ、四つ乗せられていたうちの、二つの湯呑みが割れていた。茶菓子もお茶に濡らされる。
四人は布巾を持ってきて、いそいそと畳やら机やらを拭いた。
「すまん。片手で持ってしまった」
「いえ、あれは仕方ないですよ」
「まったく、竜也のせいで」
「はあ? 元はと言えば、お前が……!」
「あーもう、二人ともやめんか!」
◆
竜也は二週間前、守人になるための儀式を行った。それと同時に、中学生にもなった。
儀式の前日、彼は夢を見たのだ。星々が煌めく夜空が目に映る。が、彼の身体も視線も一切動かず、ただただ星空を見つめていた。
しかし、次第に赤い炎によって、視界が遮られていき、最終的には視界の全てが真っ赤になった。
なぜか懐かしい、そんな感覚––––
夢は、そこで覚めた。
◆
「どう? ブカブカだったりしない?」
竜也の母が、紺の着物に白の袴を着せ、そう問いかけてきた。
「うん、大丈夫」
少しばかり大きい気がしなくもないが、成長期の竜也にとって、それはさほど大きな問題ではなかった。
そして、夕刻、神社へ向かう。この神社は町と深い繋がりのある神社。祭神は、水月だ。
竜也は、社の前で藁で出来た敷物の上に座り、守人になることを誓うための祝詞を聞く。
全てを聞き終えると、賽銭箱を通り過ぎ、社の障子に手をかけた。
一つ息を吐いて入ると、中は社ではなく、家のようになっていた。しかも、社の大きさは優に超えている。
目の前は玄関、そこにいるのは布で目を隠した、黒髪の少女––––水月だ。彼女は小さな身体で正座をしている。
「いらっしゃい、お前が新しい守人だな。名は?」
「……明星竜也です」
「そうか、竜也か。では、こちらへおいで。守人の説明ついでに、他の守人も紹介してやろう」
水月にちょいちょいと促されると、竜也は素直に彼女について行った。案内されたのは、居間と思しき場所。
襖を開けると、枯れ色の髪をした、落ち着き払った少年と、黒髪ハーフツインの少女が座っていた。
竜也は座布団の上に座ると、一つお辞儀をして、
「えっと、本日から守人になりました、明星竜也です。よろしくお願いします」
「初めまして、竜也くん。僕は橘湊。確か、君より一つ上……だったかな」
「私は鈴宮詩織。あなたとは同い年……って、知ってるわよね。一回会ったことあるもの」
そう、竜也と詩織は、一度だけ対面したことがある。守人の家系同士が集まる集会があるのだが、二年ほど前に、そこで会った。
それに加え、彼女とはクラスが同じだ。
「にしても、やっぱりあんたは守人になれるわよね。明星なんて名家すぎるほどに名家じゃない」
詩織は後ろ手をつきながら、天を仰ぐようにして言う。
「でも俺は、霊力はあってもそれを上手く使えるわけじゃないし……」
「霊力があるなら、まだまだ伸び代があるってことでしょう。守人やってたら、また変わってくるわよ、きっと」
竜也が「でも……」と渋い表情をしていると、湊も割って入る。
「僕も、詩織ちゃんの言う通りだと思うよ。実際、僕も昔と比べたら、結構変わったと思うし」
「……ふふ、まあ、そういうことじゃ。あまり気負わんでいい。そろそろ、守人の説明に移っても良いか?」
「ああ、ごめん。でも、その前に一個聞きたいんだけど、あんたが『生魂比女神』で合ってる?」
「合っとるぞ。ただ、名前を呼ぶ時は、『水月』と呼んでもらいたいな」
「水月? まあ、わかったよ……」
一文字も被ってないじゃないかと思いつつ、竜也はとりあえず納得の返事をした。
「では、まず守人の説明から。まあ、ある程度ののことは知っておるよな?」
「うん。この日のために、勉強はさせられてきたから、一応」
「ふふ、偉いのう。しかし、齟齬があるといかんからな。一から説明させてもらう」
守人というのは、死人の行き着く先、黄泉から死に戻ってきた『黄泉がえり』を、もう一度黄泉へ戻す役割を持っている。
守人らは、その町の土着の神々に仕えるという名目の元、その役割を担う。
町の神と呼ばれる存在は、水月の他に三柱。それ以外はいない。
「黄泉がえりは悪事をはたらく者が大多数を占めている。心してかかってもらいたい」
「わかった」
こうして、竜也は守人となった。
これから守人としてやっていく中で、彼には様々な出会いが待ち受けている。
これは、人と神とが繋がっていく物語。
タイトルは神代の縁と読みます。




