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第22話

静けさが、戦場を支配していた。

生き残った兵士たちは、ガソリンを浴びてただ立っている。

彼らの目は、恐怖でこわばっていた。

私の手の中にある、一本の火矢に釘付けだ。

その小さな炎が、自分たちの命を握っている。

その事実を、彼らは痛いほど分かっていた。


ジークフリードの顔からは、完全に血の気が引いている。

王族としての威厳は、もうどこにもなかった。

ただ、死を待つ哀れな男がいるだけである。

隣にいるエリアーデは、馬の上でぶるぶると震えていた。

聖女の仮面は、とっくの昔にはがれ落ちている。

その瞳には、純粋な恐怖と私への憎しみが渦巻いていた。


「や、やめろ……」

ジークフリードが、かすれた声で言った。

「やめてくれ、リディア。頼むから、命だけは……」


命乞い、だろうか。

かつて、私に婚約破棄を言い渡し国外追放を命じた男が。

今、私の目の前でみじめに命を求めている。

なんという、皮肉な光景だろう。

私は、ゆっくりと弓を下ろした。


「命だけは、ですって?」

私は、心の底から軽蔑した声で言った。

「あなた方は、この村の者たちを一人残らず滅ぼせと命じたではありませんか。何の罪もない、この地で必死に生きる人々をです」


「そ、それは……」

ジークフリードが、言葉に詰まる。


「あなた方が、この地に捨てた生物兵器でどれだけ多くの人が苦しみ死んだか、考えたことがありますか」

「あなた方のわがままな欲望のために、このヴァイスランドがどれほど汚されたか、理解していますか」


私の言葉一つ一つが、鋭い刃となって彼に刺さる。

彼は、何も言い返せなかった。

ただ、うつむくだけだ。

自分が犯した罪の重さに、やっと気づいたのかもしれない。

だが、もう遅い。


「ですが、まあいいでしょう」

私は、わざとらしくため息をついた。

「私は、あなた方のような悪魔ではありませんから。情けを、おかけしますわ」


私のその言葉に、ジークフリードとエリアーデの顔に少しだけ希望の色が浮かんだ。

だが、私はすぐにその希望を壊す。


「ただし、それなりの代価は払っていただきます」

私はそう言うと、隣にいたギュンターさんに目配せをした。

ギュンターさんは、にやりと笑う。

村の男たちに、合図を送った。


男たちは、生き残った兵士たちに駆け寄っていく。

そして、彼らの武器を次々と取り上げていった。

兵士たちは、もう抵抗する気力もない。

されるがままに、剣や鎧を奪われていく。

あっという間に、王国の正規軍はただの武器を持たない集団になった。


「あなた方には、捕虜としてこの村で働いてもらいます」

私は、はっきりと宣言した。

「あなた方が汚したこの土地を、自分たちの手できれいにして償いをしてもらうのです。もちろん、ただ働きでね」


兵士たちの顔に、絶望の色が浮かぶ。

だが、殺されるよりはましだ。

彼らは、黙ってその命令を受け入れるしかなかった。


「そして、ジークフリード様と聖女エリアーデ様」

私は、二人に視線を移す。

「あなた方には、特別なお仕事を用意しましたわ」


私は、村の子供たちを呼び寄せた。

子供たちは、少し怖がりながら私の後ろに隠れている。

私はその中の一人の少女の頭を、優しくなでながら言った。


「この子たちの、お世話係です」

「食事の準備、洗濯、そして身の回りの掃除。全て、あなた方二人にやってもらいます」

「未来を担う、この国の宝である子供たちに心を込めて、仕えていただきましょう」


「なっ……」

ジークフリードが、驚きの声を上げた。

「この俺が、王族であるこの俺が、平民の子供の世話だと。ふざけるな」


「あら、お嫌ですか」

私は、冷たくほほ笑んだ。

「それなら、今すぐここで火あぶりにされたいと。そういうことかしら」


私は、もう一度火矢を手に取る。

その先の炎を、彼の目の前でちらつかせた。

ジークフリードの顔が、恐怖で引きつる。


「……わ、分かった。やろう、やればいいのだろう」

彼は、悔しさに顔をゆがめながらも首を縦に振った。

王族としてのプライドなど、命の前では何の価値もなかったのだ。


こうして、ヴァイスランドの戦いは終わった。

それは、戦いと呼ぶにはあまりにも一方的なものだった。

たった一人の科学者の知識が、千人の軍隊を簡単に打ち破ったのだ。

この出来事の噂は、すぐに周りの国々へと広まっていった。


『辺境の地に、本物の聖女が現る』

『その力は、神の雷のようで、王国の軍隊を一瞬で焼き尽くした』


噂は、話が大きくなって人々の口にのぼる。

私、リディア・フォン・アウスバッハの名は恐れと尊敬の気持ちと共に語られるようになった。

ヴァイスランドの魔女から、『科学の聖女』として。


数日後、村には交易に出ていたアルブレヒトたちが帰ってきた。

彼らは、大量の銀貨と交易品を手にしている。

商業都市との交易は、大成功に終わったようだ。

彼らは、村の入り口で起きた戦いの跡を見て言葉を失った。

そして、捕虜として農作業をする元王国兵の姿を見てさらに驚く。

私が一人で、王国の軍隊を退けたと知った時。

アルブレヒトは、その場にひざまずいた。


「先生、私はあなたという方が、もはや分からなくなりました」

彼の声は、感動と恐れで震えていた。

「あなたは、我々が信じてきた神よりも、ずっと偉大な方なのかもしれない」


「大げさですよ、アルブレヒト」

私は、苦笑しながら彼を立たせた。

「私は、ただ知識を正しく使っただけです。それよりも、交易の成功おめでとう。あなたのおかげで、私たちの村はさらに豊かになります」


私の言葉に、アルブレヒトは顔を赤らめた。

彼は、自分の手柄を認められたことが心から嬉しいようだった。

彼の働きのおかげで、特効薬を大量に作る準備は整った。

私たちは、近くの村々へその薬を無料で配り始めた。

多くの人々が、原因不明の病から救われる。

ヴァイスランドは、もはや死の土地ではない。

希望と再生の象徴として、その名を広めるようになった。


一方、捕虜になったジークフリードとエリアーデの生活は悲惨だった。

彼らは、村の外れにある小さな小屋で暮らすよう命じられる。

毎日、朝から晩まで子供たちの世話と雑用に追われた。

最初は、反抗的な態度だったジークフリードもお腹が空くことには勝てなかった。

子供たちから、残飯を分けてもらうという屈辱を味わううちにすっかりおとなしくなった。


エリアーデは、もっと哀れであった。

聖女として、大切にされてきた彼女にとって泥まみれの生活は耐えられない苦痛だったのだろう。

彼女は、日に日に痩せていった。

その美しい顔には、深い絶望の影が刻まれている。


そんなある日のことだった。

私が、校舎で子供たちに化学の初歩を教えているとエリアーデが教室の入り口に立っていた。

彼女は、遠慮がちに中に入ってくると私の前に進み出て、突然土下座をした。


「リディア様、お願いがあります」

彼女の声は、か細く震えていた。

「どうか、私をあなたの弟子にしてください」


「……弟子に?」

私は、意外な申し出に目を丸くする。


「はい、私はもう聖女ではありません。ただの、無力な女です」

「ですが、あなたのようになりたいのです。あなたのその『科学』という力を、私にも教えてください」

「そして、いつか自分の力で人々の役に立てる人間になりたいのです」


彼女の瞳には、かつてのような憎しみの色はなかった。

そこにあるのは、真剣に学びたいという気持ちと再生への強い願いだけだった。

彼女は、この村での生活を通してやっと気づいたのだろう。

本当の力とは、他人から与えられるものではない。

自分の努力で、学び身につけるものなのだと。


私は、しばらく黙って彼女の顔を見ていた。

そして、静かに口を開く。

「……分かりました。そこまで言うのなら、チャンスをあげましょう」

「ただし、私の授業は厳しいですよ。覚悟は、できていますか」

「はい、どんなことでも耐えてみせます」


エリアーデは、顔を上げた。

その目には、涙が浮かんでいた。

それは、絶望の涙ではない。

新しい人生への、希望の涙だった。

こうして、元聖女は科学の聖女の最初の弟子となった。

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