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第15話

校舎の基礎が、どっしりと大地に根を張った。

灰色の土台が、完全に固まるのを待つ。

私たちは少しも休まずに、次の段階へと進んでいた。

それはこのヴァイスランドの厳しい冬を、乗り越えるための最も重要な工程だ。

学び舎の、屋根作りである。


「屋根ですか、それはもちろん丈夫な木材を組んで作りますが。」

工房に集まった私とギュンターさん、そしてアルブレヒトを前にする。

私は、新しい設計図を広げていた。

アルブレヒトは、ごく当たり前のことのようにそう言った。

この世界の建築技術では、木材やわらぶきが屋根の主な材料なのだ。

しかし、それらには大きな欠点がある。


「ええ、骨組みは木材で作ります。ですがその上を覆う素材に、工夫が必要なのです。」

「この土地は、冬になると大量の雪が降ると聞きます。普通の屋根では、雪の重みに耐えられない。溶け出した水が染み込むのを、完全に防ぐことはできません。」

「せっかくの学び舎が、雨漏りだらけでは話になりませんからね。」


私の説明に、ギュンターさんが腕を組んでうなる。

「確かに、嬢ちゃんの言う通りだ。この辺りの家は、どこも冬になると雨漏りに悩まされる。春先には屋根のふき替えが、村の一大行事になってるくらいだからな。」


「その問題を、根本から解決します。」

私は、自信を持って宣言した。

「これから作る屋根は、水を一滴も通しません。そして雪の重みにもびくともしない、完璧な防水の屋根です。」


「そんな夢みたいな屋根が、本当に作れるのか。」

ギュンターさんのその問いに、アルブレヒトが黙って答えた。

「ギュンター殿、我々はもうリディア先生の口から出る夢みたいな話が、全て現実になるのを見てきたではありませんか。」

その声には、絶対的な信頼がこもっていた。

彼はもう、私の言葉を一切疑わない。


「へへっ、そりゃそうだな。悪かったよ、嬢ちゃん。」

ギュンターさんは、照れくさそうに頭をかいた。


私は、彼らの信頼がうれしい。

思わず、笑みをこぼした。

「その材料は、実はこの村のすぐ近くに眠っているんですよ。」

「以前に森を調査している時、地面から黒くてどろりとした液体が、染み出している場所を見つけました。」


「黒い液体か、何だそりゃ不気味だな。」


「それは、前の世界で原油と呼ばれていたものです。大昔の生物の死骸が、地中の熱と圧力で変化したのですよ。」

それは、いわば大地の恵みです。

「そしてこの原油を熱することで、素晴らしい防水材料が手に入るのです。」


原油と蒸留という、新しい考え方だ。

二人は、私の説明に真剣な表情で聞き入っていた。

私がこれからやろうとしているのは、原明を温めることだ。

沸点の違いを利用して、成分を分ける。

これは「分留」という化学技術の、ごく初歩的な応用だ。


原油を熱すると、まずガソリンや灯油のような軽い成分が気体になる。

それらを取り除いた後に、重くて粘り気のある黒い物質が残る。

それこそがピッチ、つまり天然の「アスファルト」だ。

これを屋根に塗れば、完璧な防水層が出来上がる。


「なるほど、またしても熱の力を使うのですね。」

アルブレヒトが、納得したようにうなずいた。

「ですが先生、その原油とやらを熱するには、また新しい窯が必要になるのでは。」


「その通りです。今度は液体を効率よく加熱し、発生した気体を冷却します。再び液体として回収する装置、つまり蒸留装置を作ります。」


私は、地面に蒸留装置の簡単な構造図を描いてみせた。

原油を入れる、密閉された大きな釜がある。

そこから、長い管が伸びている。

その管を、冷たい水で満たした水槽の中を通すのだ。

釜で熱せられて気体になった成分は、その管を通るうちに冷やされる。

そして、再び液体に戻るのだ。

管の先から、ぽたぽたと垂れてくる仕組みだ。


「面白い仕組みだ。まるで雲ができて雨が降るのを、この小さな装置の中で再現するみてえだな。」

ギュンターさんが、感心したように言った。

彼のたとえは、驚くほど的確だった。

自然の現象の中に、科学の基本原理が隠されている。

彼はそれを、経験からくる直感で理解しているのだ。


「問題は、その原油とやらが本当にそんな都合よく手に入るかどうかだな。」


「それについては、心配いりません。私が場所を突き止めましたから。」

「ですがその場所は、少し危険な岩場です。採取には力の強い男手と、しっかりとした護衛が必要になるでしょう。」


私の言葉に、アルブレヒトがすっと胸を張った。

「それならば、我々にお任せください。騎士団の本来の役目は、人々を守ることです。そのような危険な任務こそ、我々が引き受けるべきでしょう。」


こうして私たちの次の計画は、すぐに実行へ移されることになった。

ギュンターさんが、村の鍛冶工房で蒸留装置の製作に取り掛かる。

そして私とアルブレヒトは、採取部隊を率いて原油が眠る場所へと向かうことになったのだ。


翌日、私たちは十数名の元騎士たちを連れて村を出発した。

それぞれが、空の樽と採掘用の道具を手にしている。

森を抜け、川を渡る。

ごつごつとした岩がむき出しになった、谷間へと足を踏み入れた。


「この辺りは、魔獣の目撃情報が多い地域です。皆さん、警戒を怠らないように。」

アルブレヒトが、低い声で部下たちに指示を出す。

彼らは、緊張した顔つきでうなずいた。

腰の剣の柄を、強く握りしめた。

農作業に慣れたとはいえ、彼らの本質はやはり戦士なのだ。

その瞳には、戦場に立つ者特有の鋭い光が宿っていた。


しばらく進むと、鼻を突くような独特の匂いが風に乗って漂ってきた。

油が焼けるような、甘ったるくて重い匂いだ。

「この匂いは、間違いなくこの先です。」

私は、確信を持って言った。


岩場の陰を回り込んだ瞬間、私たちの目の前に異様な光景が広がった。

地面のあちこちから、黒く粘り気のある液体がぶくぶくと湧き出している。

それは、まるで大地が流す黒い血のようだった。

液体は、低い場所に集まっている。

不気味な、黒い池を作っていた。

表面には、油膜が虹色の光を放っていた。


「うわ、これは一体なんだ。」

「まるで、地獄の沼のようだな。」


騎士たちが、息を呑んでその光景を見つめている。

彼らの常識では、到底理解できない自然現象だ。

無理もない。

これは彼らが住む世界の理を超えた、地球の奥深くから送られてきた贈り物なのだから。


「これが、原油です。見た目は悪いですが、私たちの未来を支える宝の山ですよ。」

私は、落ち着いて言った。

「さあ皆さん、作業を始めましょう。この貴重な資源を、一滴残らず村へ持ち帰ります。」


私の合図で、騎士たちは我に返った。

彼らは、アルブレヒトの指示に従う。

手際よく、採掘の準備を始めた。

見張りを立て、周囲の安全を確かめる者もいる。

足場を組み、黒い池へと降りていく者もいた。

その動きには、一切の無駄がない。

彼らは、やはり最高のチームだった。


採取作業は、とても大変だった。

足元は、ぬるぬると滑りやすい。

原油は水よりもずっと重く、樽に満たすだけでも大変な重労働だった。

騎士たちは、あっという間に全身真っ黒になる。

それでも、文句一つ言わずに作業を続けた。

彼らの額を流れる汗が、黒い顔の上で白い筋を描いていく。


私も、彼らに混じって作業を手伝った。

原油のサンプルを、採取する。

その成分を、私の「目」で分析するのだ。

素晴らしい、不純物が少ない。

質の良い、ナフサ分を多く含んでいるわ。

ナフサは、プラスチックなどの化学製品の原料となる重要な物質だ。

今はまだ、そこまでの技術はない。

だがいつかこの原油から、この世界にないあらゆるものを生み出してみせる。

私の夢は、どこまでも広がっていった。


作業開始から、数時間が過ぎた頃だった。

突然、見張りをしていた騎士の一人が鋭い警告の声を張り上げた。

「敵襲、大型の魔獣です。数は一体、西の岩陰から接近中。」


その声に、現場の空気が一瞬で凍り付いた。

騎士たちは、反射的に採掘道具を放り出す。

腰の剣を、抜き放った。

アルブレヒトが、すぐに指示を飛ばした。

「第一班と第二班は、リディア先生を囲んで守れ。第三班は、俺に続け。魔獣を、これ以上村に近づけるな。」


ごおおおん、という地響きがした。

巨大な影が、岩陰から姿を現した。

それは、猪と熊を合わせたような巨大な魔獣だった。

全長は、五メートルを超えるだろうか。

体は、岩のように硬そうな黒い甲羅で覆われている。

真っ赤に充血した目が、憎しみに満ちた光を放ち私たちをにらんでいた。

口からは、鋭い牙が何本も突き出している。

よだれを、だらだら垂らしていた。

ロックボアと呼ばれる、この辺りで最も凶暴とされる魔獣の一種だ。


「フゴオオオオオッ。」


ロックボアは、けたたましい叫び声を上げた。

一直線に、私たちに向かって突進してきた。

その勢いは、まるで暴走する城壁のようだ。

大地が、その突進で揺れている。


「散開しろ、奴の突進をまともに食らうな。」

アルブレヒトの、叫び声が響く。

騎士たちは、訓練された動きでさっと左右に分かれた。

魔獣の巨体が、彼らの間を轟音を立てて通り過ぎていく。


だが、魔獣は止まらない。

その目標は、明らかに私だった。

魔獣の本能が、この集団の中で私が最も重要な存在であることを見抜いているのかもしれない。


「先生、危ない。」


私の前に立ちはだかった騎士たちが、盾を構える。

魔獣の突進を、受け止めようとする。

しかしその圧倒的な重さの前では、人間の力など無力に等しい。


ドッガアアアン。


すさまじい衝撃音と共に、騎士たちの盾が木っ端みじんに砕け散った。

数人の騎士が、まるで木の葉のように吹き飛ばされる。

もはや、逃げ場のない状況だった。


「くっ。」


アルブレヒトが、私をかばうように前に飛び出す。

彼は、剣を構えた。

たった一人で、魔獣の巨体に立ち向かおうとしていた。

だがその表情には、死を覚悟した悲しい色が浮かんでいる。


その瞬間、私の頭の中は驚くほど冷静だった。

恐怖は、感じない。

ただ、目の前の現象を科学者として分析していた。

あの魔獣の突進エネルギーは、すさまじい。

だが、動きは直線的で単純だ。

そして私たちの足元には、最高の「武器」があるじゃない。


「アルブレヒト、火を。」

私は、懐から取り出した火打石を彼に向かって投げながら叫んだ。

「この黒い池に、火を点けるのです。」


私の考えを、アルブレヒトは一瞬で理解した。

彼は、空中で火打石を受け取る。

迷わずにもう一つの石で、力強く打ち鳴らした。

カチッ、という音と共に小さな火花が散った。

その火種が、地面に広がっていた原油の池に吸い込まれるように落ちていく。


次の瞬間、世界が炎に包まれた。


ゴオオオオオオオオオオッ。


原油の池が、爆発的な勢いで燃え上がったのだ。

巨大な火柱が、天を突くように立ち上る。

それは、まるで燃え盛る壁となった。

突進してくる魔獣の、進路をふさいだ。

魔獣は、目の前に突然現れた炎の壁に驚き急ブレーキをかける。

だが、その巨体はすぐには止まれない。


「ブモオオオオオッ。」


魔獣は、悲鳴を上げながら燃え盛る炎の中へと突っ込んでいった。

自慢の硬い甲羅が、すさまじい炎によって真っ赤に焼かれていく。

肉の焼ける、嫌な匂いが辺りに立ち込めた。

魔獣は、苦し紛れに暴れ回る。

その巨体が地面を転げ回るたびに、炎がさらに燃え広がった。

辺り一面を、火の海に変えていった。


「す、げえ。」


騎士の一人が、ぼうぜんとつぶやいた。

彼らは、目の前で起こった信じられない光景をただ立ち尽くして見つめるしかなかった。

あれほど強力だった魔獣が、たった一瞬で炎に巻かれて苦しんでいる。

剣も、魔法も使っていない。

ただそこにあった黒い液体と、小さな火種だけでこの状況を生み出したのだ。


私の「科学」という力が、騎士たちが命を懸けて振るう剣よりもずっと強力な武器になる。

その事実を、彼らは今改めてその目に焼き付けていた。

炎の中で、最後の叫びを上げる魔獣を見下ろす。

私は、落ち着いて次の指示を出した。

「皆さん、まだ終わりではありませんよ。」

「あの火の勢いを利用して、私たちの調理を仕上げましょう。」

私のその言葉に、騎士たちは戸惑いの表情を浮かべた。

私はにやりと笑い、蒸留装置の設計図を思い浮かべていた。

この燃え盛る炎は、私たちの文明をさらに先へと進めるだろう。

それは、聖なる炎となるのだ。

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