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朝の訓練場には、まだ薄い霧が漂っていた。
金属音と掛け声があちこちから響き、校舎の影から太陽が顔を出す。
ランキング戦を目前に、生徒たちは早朝から自主練に励んでいた。
その中で、悠真も一人、シャドーを繰り返している。
拳を突き出すたび、空気が低く唸った。
(……力を使うのは簡単。でも、制御はまだまだだ)
拳を握り直して息を整えると、背後から声が飛ぶ。
「おーい、クラッシャー! 朝からやってんな!」
真田がペットボトルを片手に笑いながら駆け寄ってきた。
「お前ほんと真面目だな。ランキング戦、そんなに気合い入ってんのか?」
「気合いっていうか……やれることやっとこうと思って」
「最近“クラッシャー”って呼び方、もう完全に定着してるぞ」
「やめてほしいんだけどな……」
そんな他愛ないやりとりをしていると、外村も現れて加わる。
「お、みんな早いな。……あれ、天城さんたちも来てんじゃん」
見ると、訓練場の一角で天城凛やリーメイ、黒瀬、神谷らが準備をしていた。
十支族が揃うだけで周囲の空気が一段引き締まる。
「せっかくだし、模擬戦形式で合わせてみようか」
凛の提案に皆が頷く。
軽い模擬戦が始まった。
凛の結界が瞬時に展開され、悠真は「相原くん、そこ動かないで!」の声に反応が遅れ――。
ボンッ!
「うわっ!」
結界の反動で盛大に吹っ飛ばされる。
黒瀬が呆れたようにため息をついた。
「クラッシャー、お前防御のコツつかんできたな。前ならそのまま壁突き破ってたぞ」
「ほめてんだかけなしてんだか分かんねぇな……」
神谷が盾を構えながら淡々と言う。
「悪くなかった。盾役としても、連携の呼吸が合ってきた。俺たちの防衛線も厚くなる」
チーム全体が笑いながらも、確実に“仲間”としての呼吸を合わせていく。
前のように孤立していた頃とは違う。
今は、拳を交わすたびに何かが繋がっていく感覚があった。
練習が終わり、夕方。
グラウンドのベンチで悠真と凛が並んで座っていた。
「前は大ぶりでいい加減な動きだったのに、今は流れるような動作になってきたわね」
凛が汗を拭きながら微笑む。
「そうかな……まだ皆と合わせるのは難しいけど、体が思ったように動くのは楽しい」
「きっと、力だけじゃない“何か”を掴みかけてるのよ」
その言葉に、悠真は少し目を見開いた。
「力に振り回されるのは怖い。でも、支配できれば……きっと、誰かを守れる」
その優しい声に答えるように、風が頬をなでた。
そこへリーメイが元気よく走ってくる。
「クラッシャー! 明日も一緒に練習アルね!」
「え、もう決定なんだ……?」
「当たり前アル!」
凛がくすりと笑う。
訓練場に、いつもの和やかな空気が戻っていた。
少し離れた場所で、篠原先生が腕を組んでその光景を眺めていた。
「……あの子、だいぶ周りに馴染んできたな」
隣の教師が頷く。
「十支族と並んでも見劣りしない。いずれ、学園の顔になるかもしれませんね」
篠原は目を細めた。
「問題は――あの力をどこまで制御できるか、だな」
夕焼けの光が校庭を染める中、悠真は一人、拳を握った。
(前までは“壊す”ことしかできなかった。でも今は――守れる気がする)
ゆっくりと息を吐き、空を見上げる。




