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放課後の訓練場は、いつもより静かだった。
広い床の真ん中で、俺はひとりシャドーボクシングを繰り返していた。
拳を振るたびに、風がわずかにうねる。威力を抑えているつもりでも、制御はまだまだ甘い。
(……力を使うのは簡単だ。けど、力を殺すのは難しい)
下層転移事故、そして新宿ダンジョンでの中ボス戦。
仲間や視聴者の前で全力を出したつもりだったが、俺自身の中には「まだ掴めていない」という感覚が残っていた。
そんなときだった。
「お前が――クラッシャーか」
低く落ち着いた声。振り返ると、入り口に背の高い男子生徒が立っていた。
大柄な体に無駄のない筋肉。肩幅の広さだけで迫力がある。
「……えっと」
「二年の桐生一だ。俺もたまにここで鍛錬をしている。お前と同じ強化系の能力だ
配信で見たぞ。あの中ボス戦、派手だったな」
「は、はい……」
桐生先輩は腕を組み、じっと俺を見据える。
「《身体能力上昇》、しかもSランク……。珍しいってレベルじゃない。俺は筋力強化だが、Sなんて会ったこともない。――少し、手合わせしてみないか?」
胸がどきりと跳ねた。
だが、こんな機会は滅多にない。俺は思わず頷いていた。
「ぜひ、お願いします!」
模擬戦は軽いスパーリングという形で始まった。
距離を取って向かい合うと、桐生先輩が大きく息を吐く。
「いくぞ!」
次の瞬間、床を蹴った音とともに、巨大な拳が俺の眼前に迫った。
空気が震え、拳圧だけで髪が逆立つ。
(重い……!)
反射的に腕を上げて受け止める。
ドンッ、と床が揺れた。
地面に亀裂が走り、周囲の器具がガタガタと鳴る。
「これが……《筋力強化》……!」
俺は息を呑んだ。
桐生先輩はにやりと笑う。
「まだまだいくぞ!」
連撃。フック、ストレート、肘打ち。
そのどれもが鋼の塊のように重い。まともに食らえば人間の骨なんて簡単に砕けるだろう。
だが、俺の身体は自然に対応していた。拳を受け、足で踏み込み、衝撃を流す。
「なっ……余裕で受け止めるのか!?」
桐生先輩が目を見開く。
俺は慌てて手を下げた。
「す、すみません。手加減してるつもりなんですけど……」
沈黙の後、桐生先輩は苦笑いを漏らす。
「……なるほど。やっぱり器が違うな」
「桐生先輩の《筋力強化》のランクは?」
「俺は元はDだったが、鍛錬を積んでCまで上げた。力だけを極め続けてな。パンチ力なら二トンは超えてる」
「二トン……」
俺は言葉を失った。普通の人間なら車すらひっくり返せないのに、この人は素手でそれが可能だ。
それなのに――俺は今、その拳を正面から止めてしまった。
桐生先輩は俺の顔を見つめ、首を横に振る。
「お前は“力”だけじゃない。反応速度も、足の運びも、全部が常人を超えている。まるで全身が同時に強化されてるようだ」
「……《身体能力上昇》ですから」
「違うな」
桐生先輩は静かに言った。
「俺の知り合いにBランクの《身体能力上昇》がいた。基礎能力が三倍に跳ね上がって、軍の特殊部隊にスカウトされた。だが、それでもここまでの反応はなかった」
俺は言葉に詰まる。
「……じゃあ、俺の力は?」
「器がSなんだろう。けど――それだけじゃ説明できない。配信も少し見たが、お前……傷がつかないんだろ? それは《身体能力上昇》の範疇じゃない気がするな。もちろんその知り合いも怪我とかはあまりしていない印象だったが、無傷ってほどではなかった。」
心臓が大きく鳴った。
俺自身、感じていた違和感。それを桐生先輩に突かれた気がした。
模擬戦を終え、桐生先輩は肩を叩いて笑った。
「だが、強いのは間違いない。ランキング戦、楽しみにしてるぞ」
「……ありがとうございます!」
夕陽が差し込む訓練場。
俺は拳を握りしめながら、胸の奥で言葉にならない不安と期待を抱いていた。
(同じ強化系でも、ここまで差がある……。少しずつ情報は得られてるけど、謎が増えるばかりだ。ランキング戦――今度は、もっとわかるかもしれない)




