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黒い靄が、ゆっくりと霧散していく。
灰になった異常個体の残骸の傍らに、淡く光る魔石が転がっていた。
「……でか」
思わず口からこぼれる。俺の知る魔石より二回りは大きい。
今まで浅層でちょっとしたお小遣い稼ぎをしてきただけの俺にとって、こんなのは初めてだった。
(やっぱり……何かがおかしい)
掌の中の魔石は冷たく、まるで生き物の心臓の鼓動を失った後のように沈んでいた。
視界の端で数字が跳ねる。
《視聴者数:98,123》
《浅層でそのサイズは異常》
《また事故るぞ》
《フラグ立ったな》
コメント欄がざわつくのを見て、背中にじわりと汗が滲む。
その頃――帝都探索学園の寮、談話室。
壁際のモニターには、悠真の配信が大写しになっていた。
食堂帰りのクラスメイトたちが自然と集まり、固唾を呑んで見つめている。
「やっぱ行くべきだ!」
真田が拳を握る。
「でも俺らが行ったら逆に巻き込まれるかもしれん!」
外村が声を荒げる。
「教師に報告した方がいいよ!」
白鳥が焦ったように振り返ると、凛もうなずいた。
「そうね、とりあえず報告に行きましょう!」
黒瀬は腕を組んだまま黙り込み、やがて低く言った。
「……俺は信じる。だが、もし次に異常が出たら俺が行く」
その言葉に場の空気が張り詰め、誰も画面から目を逸らせなかった。
俺は広間を抜け、さらに階層を下っていく。
小型モンスターをいくつも制御しながら倒し、呼吸を合わせる。
力を流し、掴み、落とす――少しずつ体が覚えていく。
《クラッシャー卒業か?》
《なんか柔らかい動きになってきてる》
《模擬戦より落ち着いてるな》
コメントが好意的に変わっていくのを横目で見ながら、ほんの少し胸が熱くなる。
だが。
「……っ」
通路の奥に、異様な影。
そこには、巨体のオークが仰向けに倒れていた。
喉を鋭く裂かれ、腹には焼け焦げた跡が走っている。
そして、胸腔の魔石は――そのまま残されていた。
「……これ、絶対おかしいだろ……」
唇が勝手に震える。
コメント欄も一斉に警告の嵐になった。
《やばいって!》
《もう帰れ!》
《命大事に!》
胸の奥がぎゅっと縮まる。
階段を前にして、拳を握り……すぐに力が抜けた。
(……帰るか。ここで無理しても、また事故になったら……)
視聴者数はとうとう12万人を突破していた。
画面の向こうで仲間たちが固唾を飲んでいることを知らず、俺は一歩、踵を返す。
――配信の光を背に受けながら、地上への道を選んだ。




