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訓練場全体が凍り付いたような静寂に包まれていた。
悠真と黒瀬、二人が深く腰を落とし、拳を握りしめる。
観客席の誰もが立ち上がり、結末を見届けようと息を詰める。
「……これで終わる」
そう呟いたのは教師か、それとも観客か。
悠真は呼吸を整えた。
(絶対に当てる……! この一撃で決める!)
黒瀬は風をまといながら、歯を食いしばる。
(俺の能力で倒すのは悔しいが難しい……なら――吹き飛ばして場外に飛ばすしかねえ!)
二人の拳が、同時に閃いた。
黒瀬の拳からほとばしる風圧が、嵐のように訓練場を覆う。
床の砂が舞い上がり、結界が低く唸り声をあげた。
同時に悠真の拳が一直線に走る。
「――ッ!」
瞬間、轟音。
鋼のように重い風と、怪物の拳が激突。
床板が割れ、石片が宙を舞い、観客席まで暴風が叩きつけられる。
「うわああっ!」「立ってられない!」
悲鳴と歓声が入り混じり、視界は砂煙に覆われ二人の姿は見えない。
白煙の奥から、低い「ズドン」という音が響く。
次の瞬間、風が裂けるようにかき消え、悠真の拳が突き抜けた。
「……ぐっ!」
黒瀬の胸を直撃。
その衝撃波は結界を軋ませ、床に長い亀裂を走らせる。
黒瀬の身体は宙に浮かび、数メートル吹き飛んで地面を滑った。
やがて壁際に倒れ込み、動かなくなる。
訓練場に静寂が戻った。
煙がゆっくりと晴れ、中央に立っていたのは悠真ただ一人。
その姿を確認した瞬間、歓声が爆発する。
「クラッシャーだ!!」
「鉄壁に続いて黒瀬まで……!」
「一年で、ここまでやるなんて……!」
教師陣もざわめきを隠せない。
「……一撃で黒瀬を……」
「いや、正確には相殺されかけたが、それを力で押し切った……」
担任は腕を組み、小さく呟いた。
「やはり……桁外れだ」
倒れた黒瀬は、うっすらと目を開ける。
「……いい拳……だった……」
かすかな苦笑を浮かべ、そのまま静かに気絶した。
仲間が駆け寄り、彼を担架へと運び出していく。
悠真は拳をゆっくりと下ろした。
(……勝った。黒瀬を倒した……)
だが視線を落とした拳には、赤みひとつ、腫れひとつない。
(……長い事試合をしていた気がする、だけど結局は一撃で仕留めたのか……)
胸の奥で、勝利の喜びと同じくらい強い恐怖が渦巻いた。
(この力……間違えば、すべてを壊してしまう……)
歓声を浴びても、悠真は笑えなかった。
審判役の教師が高らかに宣言する。
「勝者――相原悠真!」
観客は総立ちとなり、割れんばかりの声援が訓練場を揺らす。
「十支族でもないのに……!」
「一年に化け物が現れたぞ!」
悠真はその声を背に受け、拳を見つめた。
(次は……十支族との戦いか)
歓声と熱狂の渦の中で、彼は静かに決意を固める。




