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久しぶりに教室へ足を踏み入れた瞬間、空気がざわついた。
東京遠征に行かなかったクラスメイトから声がかかる
「おい相原だ」「マジで無事だったんだな」
席に着く前から視線を浴びる。
「配信やばかったな!」「ネットで切り抜き見たぞ!」
「……でもさ、あんなの人間じゃなくね?」
近くで笑顔で声をかけてくるやつもいれば、離れた場所で小声を交わすやつもいる。
感謝と畏怖。両方を同時に浴び、微妙な空気に胃が重くなる。
「なぁ相原!」
友人グループが声をかけてきた。
「今度一緒に潜ろうぜ!」
「え……俺でいいのか?」
思わず聞き返すと、笑顔で「一緒にやれば安心だろ!」と返ってくる。
その明るさに救われつつも、胸の奥に苦いものが残った。
(……一緒に行ったら、俺だけ異常なのがもっと浮き彫りになる。いや、もうバレてるけど。それでも――少しずつでもクラスのみんなとうまくやっていけるだろうか)
教室全体の空気は分かれていた。
「クラッシャー相原は頼れる」派と、「近づくのは危険」派。
俺はその真ん中で、揺れ続けていた。
放課後。廊下を歩いていると担任に呼び止められた。
「相原、少し話がある」
職員室に入ると、担任が真剣な顔で口を開く。
「東京本部から報告が来ている。まずは……無事で良かった」
一呼吸置いて、言葉を続けた。
「それと、帝都探索学園からスカウトが来るそうだ。行くかどうかは君次第だ」
「スカウト……?」
「君の力を正しく学べる場だろう。だが断っても構わない。ただ……」
担任は少し言葉を選んだ。
「能力のことで我々が教えられることは正直少ない。親御さんともよく話し合ってみてほしい」
俺は返事に詰まった。
(やっぱり、避けられないのか……)
帰り道。鞄を肩に掛けながら、夕焼けの道を独りで歩く。
(クラスで少し浮いているのも事実。俺は自分の能力について理解できていないのも事実。……転校したら、向き合っていけるのか? それとも、もっと“普通”から遠ざかるだけなのか)
答えは出ない。靴音だけが虚しく響いた。
夜。ベッドに寝転びながらスマホを開くと、掲示板がまだスレを伸ばしていた。
《クラッシャー、次どこのダンジョン潜るんだ?》
《帝都探索学園が声かけるってマジ?》
「……まさか、そんな」
同時に、配信アプリの通知も絶え間なく鳴っていた。フォロー数が、昨日よりもさらに増えている。
ふと父の言葉が脳裏をよぎる。
“もう一度、自分の能力としたいことを考えてみてもいいんじゃないか?”
スマホの画面を閉じ、拳を見つめる。
「……俺は、どうするんだ」
呟きは夜の静けさに吸い込まれていった。




