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玄関の扉を開けた瞬間、母が飛び出してきた。
「悠真! 大丈夫だったの!? ニュースで“東京の演習で事故”って……!」
居間ではテレビがつけっぱなしで、テロップが静かに流れている。父はリモコンを握ったまま、硬い顔でこちらを見た。
「俺は……まぁ、なんとか」
曖昧に笑って靴を脱ぐ。母が安堵して肩を落とした。
夕飯は、いつもより少し豪華だった。焼き魚、味噌汁、冷ややっこ。湯気の匂いが落ち着くのに、箸は妙に重い。
ひと口、ふた口。沈黙を破ったのは母だった。
「ニュースじゃ“下層転移”って言ってたわ。普通なら全滅する事故だって……」
父が続ける。「悠真、お前……何があったんだ?」
喉の奥が少しつまった。(――全部は言えない。俺が“バケモンみたいだ”なんて)
「俺は……ただ、たまたま無事だっただけ。運がよかったんだと思う」
味噌汁の湯気が目にしみる。
(……クラスのやつらの目は、もう変わった。俺は普通じゃないって、ばれてる。これから、どうすればいいんだ)
言葉にする前に、父と母の箸が同時に止まった。
逃げ場を探すように茶碗を置いて、俺は小さく息を吸った。
「……あのさ」
二人がこちらを見る。心臓が一拍、強く跳ねる。
「もしかしたら、俺……ただの《身体能力上昇》だけじゃないのかもしれない。上手く言えないけど、避けようとしても体が動かないのに、平気で立ってたり……。説明できないことが、増えてて。正直、怖い」
言ってから、喉がからからだと気づいた。水を飲む手が、わずかに震えている。
母は目を丸くして、それから困ったように笑った。「……そう。怖かったわね」
父は少しだけ目を閉じ、頷いた。
「無理に隠す必要はない」父の声は落ち着いていた。「自分の中で悩みになっているなら、その悩みを解決できる道に進むのも、一つの手だ」
母が続ける。「佐伯くん、覚えてる? 中学の時の。あの子も自分の能力に向き合って、ちゃんと学べる学校に進んだでしょう」
父はテーブルの角に指を置きながら、ゆっくりと言葉を足した。
「“自分の能力はこんなもんだ”と思い込んで選んだ高校だ。状況が変わったなら、もう一度、自分の力と、これから何をしたいのかを考えてみてもいいんじゃないか?」
静かに、でも逃げ場のない真っ直ぐさで届く言葉だった。
「……俺が、転校……?」
口にした瞬間、胸の奥がざわついた。(また“普通”から遠ざかるのか。いや、もう普通には戻れない……でも、このままでも居場所が薄れていく気がする)
葛藤を見透かしたみたいに、母は箸をそっと置いて言った。
「今すぐ決めなくていいの。怖いなら、怖いって言っていい。……でも、あなたが一人で抱え込むのは違うと思うの」
「俺たちは味方だ」父が短く言う。「どんな結論でも、理由を一緒に考える」
胸のどこかが、すこし解けた気がした。
「……うん。ありがと」
食後、洗い物を手伝いながらも、頭の中は渦を巻いていた。
部屋に戻ってベッドに倒れ込む。天井を見つめていると、机の上でスマホが震えた。
通知が途切れない。配信のフォロー数が、また増えていた。桁がひとつ、ずれて見える。
(……俺は、どこへ向かうんだろう)
帝都探索学園――そんな単語が、ぼんやりと脳裏に浮かんでは消える。凛の視線、アシュベルの言葉、クラスの囁き。どれもが背中を押してくるのに、足元だけがまだ固まらない。
布団を肩まで引き上げる。目を閉じる直前、スマホの画面に映った自分の配信タイトルが、かすかに滲んだ。
眠気と不安と、少しの期待が、同じ重さで胸の上に乗っていた。




