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71 決闘



爆音を響かせながら黒いバイクが沿道を駆け抜けていく。


通りすがる人々が恐ろしくも忌まわしい者を見るかのように顔を歪ませてんでに短く悲鳴をあげながら退き避けていった。それにもかかわらずバイクに跨り駆けていくジェットは上機嫌で耳をつんざくような不快な音などまるで気にせずむしろ心地良さげに更に加速してゆく。


背後にしがみつくアリーシアはただひたすらそうするしかなかったが、いざ国境への町へと差し掛かった時、ジェットを呼び止めた。


どるどると音を響かせながらバイクを止め、ジェットは機嫌よく振り返る。


アリーシアはバイクから降りて、そうして再び王宮へ戻る事を告げた。


さすがにジェットの眉根が寄り、口をとがらかせる。


既に答えは出ていたはずだ。今更戻って一体どうしようというのか。


とはいえ、借りがある以上首を振る事もできない。


考えあぐねているとそれにも構わずアリーシアは踵を返して、そのまま氷の結晶で足場を作りながら空中へと駆け出していく。


「おいおい、まじかよ…!」


さすがにジェットも面喰い、制止する言葉を叫びながら空中を駆けていくアリーシアをバイクで追いかける事になった。



空中を駆けながらアリーシアはひたすら考えた。


私はまだ、レイムナートと本当に話し合っていない。


拒絶されるならそれでいい、でも会話さえなくあのまま終わるなんて嫌だ!


感謝の言葉さえ、そうして、本当のこの気持ちさえ、まだ伝えられていないのに…


裾をひるがえし、長く白く輝く三つ編みの髪をたなびかせながら、息をきってアリーシアはまっすぐに王宮へと空を駆けていく。足場の氷が音を立てて結晶となり、それは煌めく雨のように地上へと降り注いでいった。



【その頃、王宮では―】



「陛下!!!!」



玉座に優雅に座り頬杖をついてあくびする春の女王、リナーチェの前に一人跪く若い男の姿がある。


かつて眷属として栄華を極めたアンソスの姿であった。


今やその美しかった面影は見る影もなく、ただ青白く痩せこけた頬と荒れ果てた金色の髪は所々にもつれ、贅を極めたその衣服は綻び汚れて悪臭さえも放っている。


その跪くアンソスの背後には積み上げられた箱がある。それはジェットが褒章として与えたものだ。


「陛下!!こちらは全て貴女様へお捧げ致します!そうしてどうか今一度この私にどうか汚名を返上する機会をお与えください!!」



その額をシミ一つない王宮の絨毯へ擦り付けながら懇願する。


女王は溜息をつきながら自身の爪を眺めつつ、指先で軽く髪をいじっていた。


「どうぞこの私めに!そこなる者!レイムナード=エンド侯爵との決闘をお許しください!!」


玉座の斜め後ろに控える長身の男を鋭く指でさして、アンソスは叫んだ。


「あら!…面白い事を言うじゃない」


興味をひかれたのかリナーチェは顔をあげ、楽しそうに声をあげた。


「いいわ、お前がこの男にもしも勝てたらお前を眷属に戻してあげる」


アンソスは顔を勢いよく上げ、喜びで輝かせた。そうして再び感謝の言葉を叫びつつ地に額を擦り付けた。



アンソスにとってエンド侯爵とは辺境を治めるただの一領主にすぎない。もちろん害獣を数日で抑えたという話は聞き及んではいたがまさかそれがその領主一人の功績などとは微塵も信じてなどいなかった。


当然、勝算も無しに決闘などと言い出すほど愚かではない。


アンソスは胸を静かに抑える。


そう、この胸にある袋の中身は翠風玉と黄金砂、そして少量の炎力鉱をくだいたものである。これを隙を見てあの男の顔面に投げつけさえすればそれでいい。


衝撃で爆発すればあの澄ました男の顔面を焼き、醜くただれさせるだろう。


アンソスは地に伏しながらにやりとその口元を大きく歪ませた。


(眷属にふさわしいのは貴様のような田舎者の領主ではない、この俺だ!)


控えていたハイノス公が立ち合いのもと、両者に同じ剣が与えられた。


終始無言のレイムナートは静かにアンソスの前に剣を構える事もなく立ちはだかっている。その呼吸は依然、最低限の空気のみを女王から供給されている状態であった。そんな事など知らぬように背後でゆったりと玉座に座りリナーチェはその傍の給仕からカップを受け取っている。


だが、たとえ空気が遮断されていたとしても、その勝敗は歴然だった。


勢いよくアンソスが剣を振りかぶり打ち込んでいくがまるで幼い子供が大人にじゃれつくがごとき有様を呈した。


アンソスは苛立ちを募らせた。


眼前の男の表情は何一つ変わる事なく振りかぶるアンソスの剣を片手で軽く握る剣で難なく捌ききっていく。男のその鋭くも暗く陰る視線にふとアンソスは既視感を覚えたが、そのまま考える余裕などなかった。


このまま打ち合っていてもらちが明かない。もうこのままこれを投げつけてしまうしかない。


そう決意したアンソスが自身の胸を抑えた時、


眼前の男が薄く笑った。


その双眸はきらりと冷たく銀色に光り輝く。


どくりとアンソスの首筋が総毛立ち鼓動が跳ね上がった。


脳裏に流れるのはかつて女王会議で見たかの国の将軍の鋭く凍てつく眼差し。


そして、女王を斬り伏せたあの忌まわしき凍れる男の恐るべき無慈悲な凶刃を。


「うわぁあああああ!!!」


アンソスは悲鳴をあげ、飛び退り、逃げ惑った。



「あらあら、どこへ逃げるつもり?」


まるで興ざめだというように頬杖をついてリナーチェが人差し指をつきつけクルクルと回す。


あたふたと逃げ惑うアンソスはその巻き起こる風になぶられ浮き上がりそうして胸に秘めていた小袋がぱっと、その風で舞い散った。


きらきらとその砕かれた石は光輝き、そうしてその瞬間―


耳をつんざく大音響とともに、その麗しくも華やかで壮大な春の王宮は木っ端みじんと散ったのである。




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