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63 終わりの始まり(2)

侯爵邸に帰ってきたアリーシアを執事もメイドも一様に安堵とそして喜びの涙で出迎えた。


すぐさまアリーシアをメイド達が入浴させ甲斐甲斐しく世話を焼く。食事の支度を尋ねられると、慌てて首を振って答えた。


酒場でたくさん食べた上に、樽ビールまで2杯飲んだなどとても言えない。


ようやく落ち着いた時にはアリーシアはベッドの上にいた。周囲にはレイムナート、執事、メイドの3人がぐるりと取り囲みその眼は一様にアリーシアの言葉を待っている。


「み、水を…」


と言うと、素早く執事が水を注いだティーカップを差し出し、レイムナートが受け取りそれを差し出す。メイドの三人がそれぞれに果実水も差し出すがそれにはお礼を言って、侯爵から受け取った。


一口飲むたびに全員の注視を受け続け、もはやアリーシアは身の置き所もない。


もしかすると自分は勘違いをして、勝手に出て行ってそして皆に心配をかけてしまったのではないだろうか、そうだとしたらあまりにも迷惑すぎる…


そう思うと、頬が熱くなり恥ずかしさに顔もあげられなくなった。


レイムナートが眼で合図すると執事もメイドも静かに部屋を退出する。



そうしてようやく二人きりになったとき、もう一度優しくレイムナートはアリーシアを抱きしめた。


深く溜息をつき、背中を愛おし気に撫でさする。


アリーシアは何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。


(ただ、一言だけでも、心から謝罪しなければ…)


「…勝手な事をしでかしてしまい…申し訳ございません閣下…」


消え入りそうな自分の声に、アリーシアは情けなく思えた。


はあ…と深い男の溜め息が耳を掠る。それは呆れからなのだろう、一層自分自身が惨めに思えていたたまれない。


「……もう、私の名前すら呼びたくはないのですか…?」


悲しく、どこか恨めし気な声でレイムナートはもう一度視線を戻した。


すぐ目の前にある男の顔はなぜかひどく打ちひしがれている様に見える。


石の事や出て行った事よりも名を呼ばなかったことに対して彼は不満を持っていることにようやくアリーシアは気づいた。


まっすぐに見据えられ、何も答える事が出来ずアリーシアは俯く。


(こんな不祥事をしでかしたのに、怒る所はそこなのだろうか…)


「……ですが……書斎に勝手に私が……」


らしくなく口ごもってしまった。


「…いえ、あれはいいんです…あれはもう処分したので」


まるで何でもなかったように淡々とした侯爵の口調に、アリーシアはまるで胸をえぐられたかのような衝撃を受けた。


(処分…?あの石を…処分した…?)


途端、目の前がまるで暗い夜の幕が降りたように真っ暗になった気がした。


胸の中に冷たい刃が突き刺さったような衝撃で、まともになにも考える事ができない。


わずかに震えるアリーシアの身体に、レイムナートは具合でも悪くなったのかと慌てて心配そうに顔を覗き込む。アリーシアはとても平静でいられる気がしなかった。自分が今どんな顔をしてるのかさえわからない。


「…ですが…あれは、閣下にとって大切なものではなかったのですか…?」


ようやく口に出した言葉に、自分でも驚くほど責め立てるような響きが込められている。


(私はなぜ彼を責めるんだ…あれは彼の物なのに、それをどうしようと私が口出す権利などないのに…)


わかっていても、なぜか受け入れがたかった。


(ただもう一度、遠くからでもいい、私はあの石を…)


だがレイムナートはそんなアリーシアの戸惑いに気づくことなく決然と言い放った。


「いいえ、あれはただの石でした。そして我々にはもう必要のないものです」


冷たい空気が頬を掠った。


うなだれ、力なくアリーシアは目を閉じる。


「……ですが…それは閣下の愛する方のものなのでは…」


その声は消え入りそうなほど小さかった。この気持ちが悲しみなのか怒りなのか寂しさなのかさえもうわからない。


レイムナートはアリーシアの肩を力強く掴んだ。



「私が愛しているのは貴女です。あなたを愛しているのです、アリーシア」


切迫した声には嘘偽りなどかけらもない、その射抜くようにまっすぐな瞳はあのきらめく銀色でまたたいている。



アリーシアにはしばらくその言葉の意味が理解できなかった。


「………??」




そのまま、固まってしまったのだった。


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