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38 リナーチェの誤算(1)



「お姉さま!!」


走り出す馬車にリナーチェは声を張り上げて呼び止めた。

だが虚しく馬車は埃と煙をまきあげて目の前から遠ざかっていく。



(信じられない…!信じられない!!)



フリルがふんだんにあしらわれたそのドレスの裾を震えながら握り締める。

愛らしい若緑の瞳は怒りに揺らぎ、可憐な唇は苛立ちで歪んでいた。


エンド侯爵は確かに70代の高齢であったはずだ。

それなのに実際はまるで20代のような若々しい容貌だった。

人目をひく容姿に淡い金髪は流れるように美しい。すらりとした男の長身痩躯はこの国では非常にもてはやされるのだ。

そんな人物がまっすぐ歩いて行ったかと思うと、わき目もふらずにアリーシアへ膝をついたのである。


(お姉さまの一体なにが良いっていうの!)


リナーチェは初めてアリーシアを見た時純粋に心の底から可哀想、だと思った。

この国で白い髪、青白い肌、血の気の無い唇、どこをとっても哀れなほど醜く同じ年ごろの女性として心から同情したのである。

だからあたしがお姉さまの傍についていてあげないといけない、とそう思った。

可哀想なお姉さまにはあたしが優しくしてあげないといけない、とそう思った。


だが、アリーシアは自分が醜いなどとは微塵も思っていないようだった。


いつもまっすぐに前を向き、背筋は常にまっすぐで自分は哀れな存在であるという認識が欠けているのだ。

それは時がたつにつれリナーチェの中にいらだち、嫌悪、侮蔑、怒りを生み出していった。


なぜ醜いのにそんなに堂々としてるの?


お姉さまはいつも俯いて申し訳なさそうにしているべきではないの?


そんなことにも気づけないのならあたしがわからせてあげないと


それがお姉さまのためだもの


あたしの傍にいればいつかきっと気が付くわ


美しいあたしの傍にさえいれば



(ああ、それなのにあたしを置いてお姉さまはあんな男と一緒に行ってしまうなんて…!)



カリカリと爪を噛みながら広間へ戻ると心配げにマルクが駆け寄ってくる。

それに笑顔で答えるリナーチェの瞳は冷ややかだった。


あの侯爵の姿を見た後では、目の前の青年はあまりにも凡庸すぎる。


しきりに構ってくるマルクにうっとおしさを感じてくるが相手は伯爵家である。そう無下にもできない。


「ごめんなさいマルク様…お姉さまがあたしを置いて行ってしまうなんて…」


ぐすぐすと泣いてみせる。


「良い厄介払いだと思えばいいさ、そんなことより僕らの

 結婚式の準備のほうが大事だろ?」


マルクはリナーチェを抱き寄せながら背中を軽く叩いてまるで子供をあやすかのようにさとす。


抱き寄せられたリナーチェは頭の中で舌打ちをした。


伯爵家と侯爵家ではまるで格が違う。


(あんたみたいな男があたしと釣り合うと本気で思ってるの!?)


顔を覗き込むマルクに、リナーチェはさらに涙を潤ませ甘えながら訴えた。


「でも、お姉さまと比べられたらあたし、悲しいわ…」


ぐずぐずとリナーチェはマルクに遠回しに訴えてみるが


「そんなこと気にするなよ、大切なのは、俺たちの愛、だろ?」


軽くウィンクをしてくる。


それで笑顔になったリナーチェの頭の中の罵倒はもはや止まらなかった。



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