表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/42

第一章 謎の住人玄さん①

玄さん登場です。ここからが本番。奈緒が主体の物語の始まりです。

 --新しい生活。


 奈緒は心を弾ませていた。

 この日を指折り数え待っていたのだ。

 折り合いが悪い母親から脱出。父親の悪態も見ずに済む。それを考えただけで、顔がにやけてきてしまう。

 生活はぎりぎりだろうけど、今まだって裕福にしてきたわけじゃない。それにここなら.かなで達を気兼ねなく呼べる。

 古くて狭い部屋だけど、充分に奈緒の心を満たしてくれるものだった。


 奈緒の住む街には、不思議な人が住んでいる。


 毎日、グレーのチェック柄のシャツとどこかの工場の帽子。笑うと前歯が何本かない。見るからに怪しいおじさんが、道端で簡易的な店を開いているのだ。

 奈緒は、その人を密かに玄さんと呼んでいる。

 なんとなく玄人っぽいから、玄さんだ。単純すぎるけど結構自分ではナイスなネーミングだと思っていたりしている。


 週末、一緒に過ごしてくれる人もいない奈緒は、手作りのドレスに身を包み、部屋を出る。

 誰に何を言われても、この趣味だけはやめられない。

 道を挟むように立ち並ぶ団地。その敷地内に作られている公園を歩く。

 木々に囲まれ薄日しか入らない道だけど、奈緒は、この道を歩くのが好きだった。

 少女漫画のヒロインになったような、気分に浸れるからだ。

 所々に設置されている、木のベンチ。

 のんびり、犬の散歩していくお年寄り夫婦。

 どんぐりや木の葉を拾っては、嬉しそうに母親へ渡す、少年。覚えたての自転車を、漕いでいく少女。その後を追いかけていく父親。すべて、奈緒が憧れていた物ばかりが、この公園には詰まっている。


 そして――。


 「おおねぇちゃん。別嬪さんだね」

 そう言って、いつものように自転車のパンクを直す玄さん。

 会社の近くという理由だけで、いくつかの部屋をピックアップし、下見に歩いていた。

 この場所は三か所目だった。

 あの日も薄日が差し込むだけで、少し危険かな。と思いながら奈緒は、子供の笑い声に誘われて、この公園へ足を踏み入れていた。

 公園と公園の間にある道路。

 そこが、玄さんの店がある場所。

 店と言っても、ビニールシートを一枚広げただけで、段ボールに自転車修理。刃物とぎと書いておかれているだけ。しかも、人の通りがあまりない、一番端っこの場所で広げられている。

 その日も、今と同じように店を広げた玄さんが、奈緒に声をかけてきた。

 「ねえちゃん、どこの人だい」

 この玄さん、なかなかのもので、ここら辺を歩く人の顔を覚えている人らしい。

 急に声を掛けられた奈緒は面を食らって、何も言わずにその場を立ち去ろうとしていた。

 「ここら辺で悪さ、すんなよ。おいら、ここいらでは顔が利くからな」

 そんなこと言って大丈夫なのかしら。

 顔を赤くした奈緒は、そんなことを思いながら振り返った。

 「おじさんこそ、怪しいんじゃありません。ここでの営業、許可されていないでしょ。何なら私、管理人に聞いたって構わないのよ」

 今思えば大胆な行動だったと、今では反省をしている。これが暴力行使の人だったらと思うと、後で背筋が寒々とさせられてしまうが、もしかしたら、この街の住人になるかもしれない奈緒としては、忠告の一つでもしてやらないと、気がおさまらなかったのだった。

 「随分と鼻柱がつえー御嬢さんだな。気に入った。いつでも話においで。暇はたくさんある。愚痴でも悩みでも何でも聞くぜ。おいらは」

 「ああ居た居た。おじさん、この自転車、直してください」

 子供用自転車を引っ張ってきた女性に話を中断され、それっきり名前を聞き損ねている。

 それがここへ住むきっかけになったのは確かだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ