第三章 ヤマアラシとアリスの恋⑥
ゆらゆらと風に吹かれ、花壇の花が揺れていた。
歩は頭を掻き毟り、少し歩きましょうかと言う。
緊張で景色など見る余裕がなかった奈緒は花時計の前まで来て、ようやくここがどこの公園なのか気が付く。
歩は奈緒の手を握って、放そうとはしなかった。
遊歩道をゆっくり歩き、反対側の湖面に面したベンチを見つけ、歩は奈緒に微笑む。
「オレさ、奈緒さんと同じような格好をした子を、見たことがあるんだここで」
奈緒は目を見開く。
「東京に来たばかりで、叔父の家に行くのには早すぎてさ、丁度あそこのベンチだったかな? コンビニで弁当買って食べていたら、ハトが集まって来ちゃって、オレ単純だから、こいつらも腹空かせているんだと思って、えさあげちゃったんだ。そしたら」
「あの看板が見えないんですか?」
奈緒が、そう言いながらニッコリ微笑む。
「ハトに餌をあげないで下さい!」
そして、二人の声が重なり合う。
「あれ、私なんです」
「え? 少し感じが違っていたような……」
歩は信じられないという顔をすると、奈緒は指で作った輪を目に当て見せる。
「あっ、眼鏡!」
「コンタクトにしたんです。それより中田さんも全然別人」
「歩でいいよ。あの時は高校を卒業したてで、いがぐり頭だったしな。髭もなかったし。何より若かった!」
「それはお互い様!」
ケラケラと笑い合い、ふと黙り込んだ歩が奈緒を抱きしめ、そっと唇を合わす。
「オレ、奈緒のこと本気だから」
奈緒の目から大きなしずくが流れ、歩はもう一度唇を合わせた。
それからの二人は、今までの時間がまるで嘘だったかのように、距離を近づけて行った。
気取ったレストランも映画もなし。
二人は通りかかった蕎麦屋で食事を済まし、なんとなく離れたくなくて、適当に車を走らせる。
カーラジオからバラードが聞こえてきて、歩が指でリズムを取る。
「オレこの曲聞くと、泣けてきちゃうんだよね」
そう言う歩と目が合い、奈緒は目を伏せてしまう。
「この曲ってさ、悲しい歌なのかなって思っていたけど、案外、二人で聞くといいもんだね」
歩が微笑む。
こんな時間が、自分に訪れるとは思いもしなかった奈緒は、傍らで寝息を手ている歩を見つめる。
フラれてしまうと、覚悟していたのに。
これが気紛れだとしても、奈緒は良いと思った。
不器用で緊張のあまり、歯と歯がぶつかってしまって笑ってしまったキス。
奈緒を抱く手が、微かに震えていた。
歩の優しが、誠実さがそれだけで伝わってきていた。
「おおお。ねえちゃん、その顔だと、うまくいったようだな」
一夜を共にし、歩に送られてきた奈緒は、シャワーを浴びてすぐに出勤していく途中だった。
このタイミングで玄さんと出くわすのは、親に会うようでばつが悪かった。
「ねえちゃんは良い嫁さんになるから、もし変なことされたら、いつでもおいらに言えよ。そいつをおいらがやっつけてやるからよ」
……玄さん。
「ありがとう」
「行っておいで」
コクンと頷き奈緒は玄さんに手を振り、小走りで駅に向った。




