表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/42

第三章 ヤマアラシとアリスの恋⑥

 ゆらゆらと風に吹かれ、花壇の花が揺れていた。


 歩は頭を掻き毟り、少し歩きましょうかと言う。

 緊張で景色など見る余裕がなかった奈緒は花時計の前まで来て、ようやくここがどこの公園なのか気が付く。

 歩は奈緒の手を握って、放そうとはしなかった。


 遊歩道をゆっくり歩き、反対側の湖面に面したベンチを見つけ、歩は奈緒に微笑む。

 「オレさ、奈緒さんと同じような格好をした子を、見たことがあるんだここで」

 奈緒は目を見開く。

 「東京に来たばかりで、叔父の家に行くのには早すぎてさ、丁度あそこのベンチだったかな? コンビニで弁当買って食べていたら、ハトが集まって来ちゃって、オレ単純だから、こいつらも腹空かせているんだと思って、えさあげちゃったんだ。そしたら」 

 「あの看板が見えないんですか?」

  奈緒が、そう言いながらニッコリ微笑む。

 「ハトに餌をあげないで下さい!」

 そして、二人の声が重なり合う。

 「あれ、私なんです」

 「え? 少し感じが違っていたような……」

 歩は信じられないという顔をすると、奈緒は指で作った輪を目に当て見せる。

 「あっ、眼鏡!」

 「コンタクトにしたんです。それより中田さんも全然別人」

 「歩でいいよ。あの時は高校を卒業したてで、いがぐり頭だったしな。髭もなかったし。何より若かった!」

 「それはお互い様!」

 ケラケラと笑い合い、ふと黙り込んだ歩が奈緒を抱きしめ、そっと唇を合わす。

 「オレ、奈緒のこと本気だから」

 奈緒の目から大きなしずくが流れ、歩はもう一度唇を合わせた。


 それからの二人は、今までの時間がまるで嘘だったかのように、距離を近づけて行った。

 気取ったレストランも映画もなし。

 二人は通りかかった蕎麦屋で食事を済まし、なんとなく離れたくなくて、適当に車を走らせる。

 カーラジオからバラードが聞こえてきて、歩が指でリズムを取る。

 「オレこの曲聞くと、泣けてきちゃうんだよね」

 そう言う歩と目が合い、奈緒は目を伏せてしまう。

 「この曲ってさ、悲しい歌なのかなって思っていたけど、案外、二人で聞くといいもんだね」

 歩が微笑む。


 こんな時間が、自分に訪れるとは思いもしなかった奈緒は、傍らで寝息を手ている歩を見つめる。

 フラれてしまうと、覚悟していたのに。

 これが気紛れだとしても、奈緒は良いと思った。

 不器用で緊張のあまり、歯と歯がぶつかってしまって笑ってしまったキス。

 奈緒を抱く手が、微かに震えていた。

 歩の優しが、誠実さがそれだけで伝わってきていた。



 「おおお。ねえちゃん、その顔だと、うまくいったようだな」

 一夜を共にし、歩に送られてきた奈緒は、シャワーを浴びてすぐに出勤していく途中だった。

 このタイミングで玄さんと出くわすのは、親に会うようでばつが悪かった。

 「ねえちゃんは良い嫁さんになるから、もし変なことされたら、いつでもおいらに言えよ。そいつをおいらがやっつけてやるからよ」


 ……玄さん。


 「ありがとう」

 「行っておいで」

 コクンと頷き奈緒は玄さんに手を振り、小走りで駅に向った。

 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ