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松浦のはっぱ


今日も、拙いピアノが聞こえる。

彼女が新しい曲を歌う時は、まず音程を確かめるみたいにたどたどしいメロディが夕方の空に広がるのだ。

弾いているのは、やっぱり彼女なのだろう。




…俊は、二年になっていた。


『滝井君の誕生日、なんか渡すの?今度こそ渡せるんでしょうねぇー?え?クッキー⁈私にも頂戴!』


私プレーン味がいい‼︎


そんな叫び声が聞こえたのは三学期の末。

ちょうど、俊の誕生日は一年の終業式の日だった。

クリスマスも、バレンタインも、同じような会話が聞こえて俊を落ち着かなくさせたのは新しい記憶。

でも、それらが手元にやってくる事はなかった。


「(…クリスマスのマフラー、どうなったんだろうな。)」


自分の為に編んでくれていたというそれ。


…嬉しい。


正直女性からの贈り物というものには今まで喜びより戸惑いの方が多かった。

なのに、彼女から、千葉澄香からだといわれれば。

それは喜び以外俊には見つけられなかった。




だから、当日の落胆は普段の比ではなかった。



もし、他の誰かの手に渡ったなんて聞いた日には、その誰かに対して怒りすら覚えるだろう。

彼女からだったら、欲しい。

手元にない今、もしもらえるならどんな柄でも欲しいと俊は頑なに思った。

どんなに下手くそでも、毎日巻いて行くのに。


「(千葉からだったら、…もうなんでもいい。)」


欲しい。

なにもかも。

そんな飢えた心は、終業式が終わっても潤される事はなかった。

また、胸が渇いて行く。


それは痛みも伴うほどだった。



「よぅ、ロミオー。」


柔軟中、松浦がガバッと俊の背中を押すと同時に絡んでくる。

あれ、さっきまで後ろにいた沢内は…ああ、松浦と組んでた奴の所か、と俊は静かに納得した。


「…ロミオってなんだよ。」


ため息混じりに一応聞く。

魅力的で悪い微笑みを口元に宿しながら松浦は顎で校舎を指した。


「だってあそこにいるだろ?ジュリエットがさ。」


…。


松浦が具体的に茶化してきたのは今回が初めて。

俊は仲間であり友人でもある彼を少し警戒した。

なんだってわざわざ。

俊は校舎に一切顔を上げず、相手の出方をみる。

それをどう取ったのか、カッカッカッと松浦は馬鹿笑いした。


「はーっ!怒ったのか?そう睨むなって!」


「睨んでない。」


「元木胡桃。」


「………?」


…胡桃?


突然出て来た聞いたことのある名前に俊は少し首を傾げる。


「…ありゃ違った?じゃあ、…千葉澄香。」


「…!!」


ガバッと柔軟体勢から俊が顔を上げた。

その光景に松浦は満足気に微笑む。

心底楽しいと言った顔だ。


「お、釣れた釣れた。なるほどねーそっちか。これまた目立たない方を。」


俺はどっちかっていうと元木の方かな。華やかで気も強そうで色々面白そうじゃん。…そう軽口を叩く松浦に、俊は戸惑いの視線を送った。


「…結局?」


何が言いたいんだ?そんな瞳で俊は松浦を見上げる。

彼の目的が、何か分からない。

いつもは爽やかフェイスにしまい込んでいる悪い顔が、傾いた太陽をバックに黒く輝いた。


「俺ってばそんな二人と同じクラスなんだよねー。」


「…それが?」


松浦の新しいクラスは知っている。

千葉のも。

しかし、二人が同じクラスという事実がどうだというのだ。

怪訝な顔をする俊に、さっきからの悪人ヅラで松浦は耳打ちする。


「…狙っていい?」


もちろん千葉の方。


「…!」


そう囁く含み笑いの声に、俊は一瞬カァッと怒りにも似た赤い感情がマグマのように腹の底から浮き上がったが、体全ての力を使ってなんとか抑えた。


じっ…と松浦を見る。

松浦の人間性を。


気持ちを落ち着かせる為に、俊はワザと大きなため息を付いた。


「からかうなよ松浦…。」


およ?と彼は素の表情に戻る。


「ハッパかけるにしては詰めが甘い。」


お前先に元木の方がタイプって言ってしまってるじゃないか。

それを真顔で伝えると、またカラッカラと笑ながら松浦は頭をかいた。


やめてくれ、本当に。


俊はまたため息をつく。

まったく。ボロボロの心臓に悪い。

ポーカーフェイスを取り繕いながらも、俊は内心彼が本気では無かった事に大きく安堵した。

本気だったら…俊は自分がどう対処したのか…想像出来ない。

だがまぁ、彼のハッパかけは失敗したのだ。


彼のは。



…次に俊の心を奈落に叩き落としたのは、千葉澄香本人だった。




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