階段、駆け上がる
大きな後悔と燻る気持ちを背負いながら俊はベンチの砂をはたく。
ボール拾いは後輩がしている。
一ヶ月前までは自分達がしていた事だ。
そんな些細な事で、あー二年になったんだなぁと少し実感する。
…あ、
たどたどしいピアノが始まった。
俊は胸を撫で下ろしている自分に少し笑う。
彼女は、今日も歌ってくれるらしい。
一年の始めは…ちょっと下手だった千葉。
それでも部活が無い日以外、彼女は一人練習し続けた。
本当に、本当に…上手くなった。
自信なさげにフラフラしていた歌声は、千葉の内面を表すように少しの儚さと、細いのに折れない柔軟な強さをそのまま現したような声色に成長した。
それは高校から軟式を始めた俊の事を、優しくじわじわと励まし続けた。
毎日毎日、コツコツ頑張れば、こんなに変われる。成長出来る。上手くなる。
その言葉を見事行動で見せてくれたのだ。
ああ、
…いつから自分は、こんな貪欲な気持ちを持つようになってしまったのだろう。
もし出来るなら。
彼女の歌を、自分のものだけにしてしまいたかった。
ちょっとピアノが安定してくると、俊はおや?と思った。
どっかで聞いたことがある曲だと思ったら…受験の時勉強に使ったやつだった。
死に物狂いでこの高校を目指していた時、英語がまぁまぁ得意だった俊は息抜きがてらに英語の曲を訳していた。
受験範囲ではなかったけれども、英語根本から離れない得策だと思っていた。(まぁテストには出なかったけど。)
その中の一つが、今流れている曲。
…えっと、なんて言ったっけ。
曲名が思い出せない。
そうこうしているうちに、歌が始まった。
始めて歌う時の、ぎこちない発音。
それが段々形になって行くと、俊はハッとした。
「ありがとうございやしたー‼︎」
全員でグラウンドに一礼する。
みんながダラダラ部室に帰る中、俊は一秒でも惜しいと千葉の歌をBGMに走った。
バンッと扉を開け、信じられない速さで着替える。
ボタン一つ止めるのも煩わしい。
「おー俊、どうした?」
目に見えて焦っている俊に、たった今部室に入って来た松浦はのんびり話かけた。
俊はガッとデカいカバンを肩にかけながら、なにもかも吹っ切れたように彼に笑う。
「ちょっと、捕まえてくる。」
「…ああ、お前のカナリアねー。」
そうニヤリと笑って松浦は俊の肩をバンッと叩いた。
「逃げられんなよー案外すばしっこいぞ。」
「ああ。」
彼の励ましのような笑みを見届け俊は部室を慌ただしく後にする。
目指すは、校舎の一番上の階だった。




