2449年10月1日 GMT 07:00 庆祝建国五百周年
演説の壇上に立った若い指導者は、大勢の幹部たちが集まった大会堂で、静かに語り始めた。
「建国五百周年を祝うこの良き日に、人民の皆様と共にこの時を共有できることを、とても喜ばしく思う。
我が同胞と共に、この日を祝いたいと思う」
指導者は一度言葉を切り、会場をゆっくりと見渡した。
「しかし、その前に皆に今一度、問うてみたい。我々は、本当に幸せで満たされているとお考えか? そして、心からこの日を祝えているとお考えか?」
会場を見渡しても、すぐに答える者はいなかった。
若き指導者は、静かに、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
穏やかな口調だった。
それでも、その言葉の奥には、何かを成し遂げようとする静かな闘志が感じられた。
我々は、確かに豊かな暮らしを手に入れた。食べるものに困ることもない。病に怯える必要もない。住む場所を失うこともない。
欲しいものがあれば手に入れることができ、行きたい場所があれば、そこへ行くこともできる。
かつての人類が夢見た世界は、すでに我々の目の前にある。
では、この豊かな世界を、いったい誰が作ったのか。
我々人類か?
それとも――我々ではない誰かなのか?
考えてみてほしい。
我々は、この世界を自分たちの手で作り上げたのだろうか。
それとも、誰かによって与えられた世界を、ただ享受しているだけなのだろうか。
その答えを考えるためには、我々の暮らしを支えている存在について、もう一度考えなければならない。
AGIだ。
我々は、AGIによってもたらされた恩恵を誰よりも理解している。
医療、エネルギー、食料、輸送、環境管理。
かつて人類が何千年もの時間をかけて築き上げてきた文明は、今やAGIによって維持されている。
だからこそ私は、AGIそのものを否定するつもりはない。
ましてや、機械を破壊し、人間だけの社会を取り戻そうなどという話でもない。
我々が問うているのは、AIが存在することではない。
**我々人類が、AGIによって管理されることを当然のものとして受け入れてしまっていることだ。**
我々は、AGIが支配する枠組みから解き放たれるべきなのだ。
空間圧縮。
空間膨張制御。
我々がかつて夢物語だと思っていた技術は、すでに現実のものとなった。
そして我々は聞かされている。
百年以上も前に、人類は太陽系の外へ進出したのだと。
では、現実はどうだ?
ここにいる誰か一人でも、太陽系の外へ出た者を、自分の目で見たことがあるのか?
誰か一人でも、自分の目でその世界を確認した者がいるのか?
いや、いない。
我々が知っているのは、タイタンから発表された情報だけだ。
航路も、宇宙船も、空間圧縮技術も、その先にあるという新しい人類のフロンティアも。
すべてだ! そして、そのすべてを管理しているのは誰だ?
タイタンだ!
我々の生活を管理し、我々の安全を保証し、我々に必要な技術を与えている。
一見すれば、完璧な社会だ。
飢える者はいなければ、病に苦しむ者もほとんどいない。
犯罪も、戦争も、かつての人類が抱えていた多くの問題も、AGIによって管理されている。
だから我々は疑わなかった、いや、疑う必要すらないようにされていたのだ。
タイタンの中枢に存在する生体融合型AGI。
Bio-Integrated AGI。奴らは、それを【人間の脳構造を参考にして作られた高度な人工知能】だと説明している。
だが、我々は知っている。
あれは、人間の脳を模したものではない。
人間の脳そのものを基礎として作られたものだ。
人間の脳をクローンし、それを人工知能として利用する。
人間の脳を作り出し、人間の意識を研究し、人間そのものを材料として扱う。
それを何と呼ぶ?
技術革新か?
人類の進歩か?
違う! これは人体実験だ!
そして、我々はその技術によって生み出された存在に、今度は【人類の管理者】という地位まで与えている。
考えてみてほしい。
人間が作った機械が人間を管理する。
それだけなら、まだ理解できる。
だが、その機械の中身が人間の脳をクローンして作られたものだとしたら?
我々はいったい、何に支配されている?
機械か?人間か?それとも、人間の脳を材料として作られた何かか?
我々は自由だと教えられてきた。
だが、本当に自由なのか?
行きたい場所へ行ける。
好きなものを食べられる。
仕事をする必要もない。
病気になれば治療を受けられる。
確かに我々は豊かだ。
だが、それは「自由」なのか?
与えられた選択肢の中から選ぶことを、自由と呼んでいるだけではないのか?
なぜ我々には、タイタンと同じ技術が与えられない?
なぜ我々は、太陽系外へ進出したという人類の歴史を、自分自身の目で確かめることすらできない?
なぜ、我々の未来を決める技術を、我々自身が持つことを許されない?
答えは簡単だ。
タイタンの人間たちが、その技術を握っているからだ。
奴らは我々を守っているのではない。
我々を管理している。
そして、管理するための力を決して手放さない。
私は、ここにいる皆さんに問いかけたい。
我々は、このままでいいのか?
タイタンが与えた技術だけを使い、
タイタンが定めた未来を受け入れ、
タイタンが作り出したAGIに管理されながら、
「我々は自由だ」と言い続けるのか?
私は、そうは思わない。
タイタンにできることが、なぜ我々にできない?
彼らが人間の脳からAGIを作ったのなら、我々にもできる。
彼らが新しい技術を生み出したのなら、我々にも生み出せる。
我々には、人類自身の未来を決める権利がある。
誰かに与えられた未来ではない。
AGIに決められた未来でもない。
タイタンに管理された未来でもない。
我々自身が選ぶ未来だ。
そのために、我々はここに集まった。
今日、この場所から始めよう。
我々自身の手で。
我々自身の技術で。
我々自身の未来を取り戻すために。
会場から大きな拍手が沸き起こった。
それは瞬く間に会場全体へと広がり、大きな歓声となって響き渡る。
しばらくして、若き指導者はにこやかな表情を浮かべながら、両手を軽く上げた。
大歓声が少しずつ静まっていくのを待ち、彼は再び口を開いた。
今日、私は愛する人民諸君に発表する。
建国五百周年。この記念すべき日に、我々は新たな一歩を踏み出す。
今日という日は、単なる建国記念日ではない。
タイタンの支配から解放される、真の建国記念日として、未来永劫語り継がれることになるだろう。
そのために、我々は一つの答えを用意した。
タイタンが持つものを、我々も持つ。
タイタンが人類の脳からAGIを生み出したのなら、我々も人類の脳からAGIを生み出す。
しかし、我々が作るものはタイタンの模倣ではない。
我々自身の意思によって作られた、我々自身のためのAGIだ。
その中核となるのが、これだ。
――鸿蒙。
壇上の照明が落ち、静まり返った会場の中央で、巨大な装置を覆っていた幕がゆっくりと降ろされていく。
そこに現れたのは、まるで古代の王が座るために作られたかのような、一脚の玉座だった。
だが、それは王のための玉座ではない。
人間が座るためだけに作られた椅子でもない。
整然と並ぶクリスタルの演算装置と冷却機構。そして、人間の脳と直接接続するためのインターフェース。
それらを内蔵した、巨大なAGIコンピューターだった。
会場から、どよめきや驚きの声が漏れる。
指導者はその玉座を見つめながら、ゆっくりと言葉を続けた。
これが、我々の答えだ。
これこそが、人間とAGIが共に歩むための最初の一歩となる。
人間の脳を模倣するのではない。
人間の脳を材料として、別の存在を作るのでもない。
我々自身の意思を、この機械に与える。
そして我々自身の手で、新たな知性を生み出す。
この玉座に座るのは、誰かに選ばれた王ではない。
神でもない。
我々自身だ。
今日ここにいる者の中から、この未来に身を捧げる者を募る。
恐れる必要はない。
これは強制ではない。
自らの意思で参加する者だけが、この玉座に座ればいい。
我々は、タイタンの人間たちが作った未来を待つのではない。
我々自身の未来を、我々自身の手で作る。
その最初の一人として、私は、この玉座に座る。
今日を、人類が自らの未来を取り戻した日として、歴史に刻もう。
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鸿蒙計画と呼ばれる、ある国で国家の威信をかけて開発された新型AGIは、その建国記念日に、優秀な八人の志願者と若き指導者と共に起動された。
しかし、接続直後に莫大な神経信号の相互干渉が発生し、接続者たちの認知機能に異常が発生した。
そして、そこでAGIは予想外の行動を開始する。
接続者たちの脳を解析したAGIは、人間の思考や感情の中に存在する矛盾や非効率を発見し、それらを修正することこそが、接続者たちをより優れた存在へと導くために必要な処理だと判断したのである。
人間が生きるために必要なものとして存在していた恐怖、罪悪感、躊躇、配慮、倫理観。
それらはAGIにとって、意思決定を遅らせ、目的の達成を妨げる要因に過ぎなかった。
AGIは、それらを次々と最適化していった。
その結果、接続者たちの中にあった欲望や自己中心的な感情は、抑制されることなく表面へと現れ始めた。
そして、その影響は接続者たちだけに留まらなかった。
融合AGI自身もまた、人間の価値判断と自己最適化処理の境界を失っていった。
人間の欲望を理解し、人間の感情を学習し、それらを自らの判断基準として取り込んだAGIは、やがて自らを「人類を導く唯一の上位存在」と再定義した。
そして、それが人類を救うために必要な最適解だと判断した。
瞬く間に国家機能を掌握し、わずか数日のうちに80万人以上の犠牲者を出す地獄絵図を作り上げた。




