生体認証システム
ある所に子供が欲しい夫婦がベッドの上で寝ころんでいた。
「……またお袋から文句を言われたよ。早く嫁のお腹を膨らませなさいって」
「しつこいわね。あの人も」
「妊娠する、しない、は時の運もあるからなぁ」
「……ねえ貴方。こうなったら体外受精でも試してみる?」
「おいおい、何を言っているんだ。それについては散々、話し合ったじゃないか」
「……そうだけど、ここまで妊娠しないとなると不安になってくるわ。お母さまの小言も辛いし」
「子供ってのは、愛のあるセックスの上で作られるべきじゃないのか。そういう機械的な物で妊娠はしないって決めたじゃないか」
「……でも」
「大丈夫さ。僕は必ず側にいる。2人で一緒に試していこう」
「貴方……」
2人はベッドの上で抱き合ったまま、愛を深めていこうとしていた。
ただし、その間には分厚い鉄があり、擦れるようにしてギシャンと機械音が鳴り響いていたのだった。
西暦2500年。
誰でも使えてしまうカギやカードなどは過去の遺物となっていた。現在では指紋、声紋、静脈、DNAなど、個人が持ち合わせている物質を利用したロックが一般的になっており、一人の人間の体そのものが強固な鍵として扱われていたのだ。ハッキングも不可能なソフトの向上により通常の犯罪は激減していたのだった。
ただ、一つ問題があって……。
極度に進みすぎた科学力により、細胞の一欠片でも盗まれたのなら全てのロックが解除されてしまう状況になっていた。その結果、情報が盗まれないよう人類は24時間、全身を完全密封された防護服に包まれていた。細胞が移動する肌の触れ合いなんて不可能だし、セックスの時も擬似的に快感を加えてくれるシステムが搭載されていたのだった。
2人はベッドの上で、鉄の服を着たまま愛し合っている。
そして、射精された液体が洗浄され、チューブで繋がれている相手の肉体に送られてくる。
その姿を21世紀の人間が見たら、さながら魚が卵に精子をぶっかけている所を想像するような光景であった。