10万ドルの下着
ある男性服のオーダーメイド会社から、一枚10万ドルもする特別な下着が発売された。ただし、展示品などはなく、個人のやり取りのみで生産されるという変わった販売方法だった。その事実はネット上でも少し噂になったが、大抵の人間はナルシストな金持ちを騙そうとしているだけの商品だと気にも止められていなかった。
ある時、Kは友人が、偶々あのブツを手に入れた事を聞きつけた。
「なあ、お前、例の10万ドルもする下着を買ったらしいな」
「……おいおい、どこでその噂を聞きつけたんだよ。まあ、確かに事実だよ」
「で、どうだった?」
「どうっていうのは」
「なあ、もったいぶるなよ。高々、下着に10万ドルも払うヤツは居ないだろ。何かしらのオプションがあったんじゃないのか? スゲー美人の女が、下着を履かせてくれるとか。健康になるとか、特別な生地が使われているとかさ」
「……気になるんだったら実物を見せてやるよ」
そういうと友人は戸棚の置くから、生地がペラペラの安っぽい下着を持ってきたのだ。しかも、酷く生臭かった。脇の下でチーズを発酵させたような臭いだ。とても10万ドルの価値があるモノだとはKに思えなかった。
「おいおい、何なんだこれ」
「それが例の噂の下着さ」
「嘘を付くなよ。こんなの酷いモノが10万ドルもする筈がないだろう」
「確かに見た目はな。所が、この下着には別の秘密があって、パッケージから出された後、生涯で一つだけ同じニオイが染みつくように特殊な素材で作られているのさ。勿論、どんな成分でも完璧にコピーできるという性能だからこそ10万ドルもしたんだ」
「……確かに、それが本当だったら凄いな。しかし、なんでそんなの物を秘密に買ったんだ? 意味なんて特に無いだろう」
「いやいや、考えてみろよ。これで、始めに奥さんの体臭を記憶してしまえば、幾ら別の女を抱いても匂いが付かないから浮気がばれないだろ。どんな高価な香水や石けんでも、こうは誤魔化せないだろうね」
「……なるほど、お前が10万ドルも払う訳だ。それじゃあ、浮気し放題って分けだ」
しかし、友人の顔は浮かなかった。
「いや、そうでもないんだ。これには一つ問題があってさ。最初の記憶設定は上手くできたんだが、使い古された下着よりも年老いた奥さんの体臭の方がきつくて、若い彼女に嫌われてしまったんだ。浮気がバレない為のアイテムだったってのに。これなら普通に浮気するんだったよ」