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Libriaの迷宮   作者: まき
10/41

第2章 閉ざされた迷宮 ④

 (18:00〜19:00)


 午後六時。外は夕闇に沈みかけていた。館内の大きなガラス天井から差し込む光も弱まり、エントランスホールはみるみる闇に包まれていく。

 時折、天井の照明がちらつき、不安げなざわめきが広がった。


「電源系統も不安定だな……」

 

 黒崎が眉をひそめる。

 館長の仁科は、緊急時の備蓄品リストを確認しながら、スタッフに指示を飛ばした。

 

「非常灯と懐中電灯を倉庫から運んでください。夜になる前に配置しましょう」



 黒崎と斎藤は、来館者の中からシステムに詳しい大学生、中村拓真と会社員、川村達也を伴い、通信端末を操作していた。

 

「やはり外部回線は完全に遮断されています。非常用の無線も……電波が届いていません」

 

 モニターを睨みながら、中村が唇を噛む。


「制御系統自体が全てLibriaに握られているな。外からの解放を待つしかないでしょう」

 

 川村が低く呟いた。


「閉じ込められて四時間……、なぜ未だに救助が来ないんだ?」

 

 黒崎の声に、一瞬、場の空気が沈んだ。

 だが斎藤は、あえて柔らかい笑みを浮かべ、皆に聞こえる声で言った。

 

「今は全員の安全が最優先だ。夜を越える準備をしよう」


 一方、由紀はカフェのアルバイトの宮原梨奈、小田真央と共に食料をかき集めていた。

 冷蔵庫は止まっていたが、乾パン、クラッカー、ペットボトルの水、そして小袋に入ったスナック菓子がいくらか残っている。

 

「人数分に分けると……ほんとにギリギリだね」

 

 由紀は箱を並べ、計算するように配分を始めた。


「取り合いにならないように、配るルールを決めよう」

 

 小田が震える声で提案し、由紀は頷いた。

 

「まずは子どもと高齢者に優先して。残りを均等にしましょう」


「あの……、」


 女の子が由紀に、菓子パンを差し出した。


「これ、おやつに買っておいたんですけど、良かったら子供達に……」


「あなたは確か、吉岡さんだよね」


「はい」


「あなただってお腹空いてるでしょう?」


「いえ、私、ここのカフェでランチお腹いっぱい頂きましたから」


 更に、それを見た数人が由紀の元に集まった。


「あの、まだ口をつけてないジュースのパックがあります……」


「私も飴ならたくさん。でもこれじゃあ、お腹の足しにはならないわね」


 こうして皆が少しづつ持ち寄った食べ物が並んだのを見て、由紀は思わず涙を拭った。


「……本当に、ありがとうございます」

 

 

 広いホールの一角では、瑠奈が毛布を運び込み、仮眠スペースを整えていた。

 

「寒さを感じる人は、こちらで横になってください」

 

 毛布の下にカーペットを敷き、椅子を並べて仕切りを作る。小さな子どもと保護者、年配の来館者は夜ここで休んでもらう。     


「ごめんね美咲ちゃん、ひとりで心細いよね」


 小学二年生の藤田美咲は家が近所ということもあり、今日も一人で来館していた。

 母親は今頃どんなに心配しているだろう――そう思ったが、口には出さなかった。

 美咲はそれを察したのか、笑顔で言った。


「大丈夫だよ。ママいつも仕事で遅いから、夜ご飯はひとりなの。でも今日は皆んなと一緒だから寂しくないよ」


 そう言って先ほど貰ったチョコバーをかじった。隣に座った瑠奈も口の中にスナック菓子を投げ入れた。


「瑠奈ちゃん、お行儀悪いですよ」


「はぁい。ごめんなさーい」


 二人の笑い声が小さく響いた。


 しかし、すぐに怒号がそれを打ち消した。

 

「おい! こんなクラッカーと水だけで夜を越せるか! ふざけるな!」

 

 平野が声を荒げ、持ってきたスナック菓子の箱を乱暴に叩いた。

 

「俺はこんな所で飢え死になんか御免だ!」


 黒崎が止めに入ろうとした時、小さな声が響いた。

 

「……あのおじさん、うるさい」

 

 祖母に寄り添っていた拓海が、平野を見つめていた。


 一瞬、ホールが静まり返る。やがて、誰からともなく笑いが漏れた。張りつめていた空気が、わずかにほどける。


 食料も水もわずかしかない。 光は心許なく、夜はすぐそこまで迫っていた。

 それでも人々は手を取り合い、少しずつ備えを整えていく。


――巨大図書館は、やがて彼らを飲み込む闇の檻へと変わろうとしていた。

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