第2章 閉ざされた迷宮 ⑤
(19:00〜20:00)
午後7時を過ぎた頃、館内は不気味な暗がりに沈み始めていた。
非常灯が頼りなく点滅し、天井の照明は断続的にちらついては消える。エントランスのスピーカーからは、ガリガリと金属を削るようなノイズが断続的に流れ、そのたびに人々は顔を見合わせ、ざわめきが広がった。
「照明トラブルか……いや、館内制御そのものに不具合が出てるな」
黒崎が低く呟く。
仁科が険しい表情を向けた。
「制御系統を確認する必要がある。……黒崎君、地下フロアの監視室に行ってもらえるか?」
「はい、確認してきます」
黒崎は即座に頷いた。由紀が一歩前に出る。
「待ってください。地下には特別資料の書庫があります。非貸出蔵書や古文書は湿度や電源が途絶えれば、一気に劣化してしまいます。確認のため私も同行させてください」
黒崎は一瞬ためらい、彼女を見据えた。
「危険かもしれない」
「承知の上です。司書として、責任があります」
その真剣な声に、黒崎は深く息を吐いた。
「……わかった。ただし、絶対に俺の指示に従うように」
由紀は頷き、二人は懐中電灯を手に取った。
――薄暗い階段を降りると、空気がひやりと冷たく変わる。
非常灯の赤い光が壁をかすめ、深い地下へと彼らを誘っていた。
やがて、無数の書架が沈黙の軍勢のように立ち並ぶ地下保存庫が現れる。さらに奥では、電子資料を格納したサーバー群が青白い光を放ちながら唸りを上げている――はずだった。しかしどんなに耳を澄ませても冷却装置の駆動音は聞こえない。
「……音が、止まってる」
由紀が震える声で呟いた。
黒崎は制御室に入るなり、電気系統を調べ始めた。その間も巨大な図書館の心臓部は、まるで息を潜めるかのように沈黙している。
「Libria……一体どうしてしまったの?」
由紀が呟いた時だった。
制御室の扉が重い音を立てて閉じた。
由紀と黒崎が慌ててドアノブを回すが、びくともしない。
「……開かない」
黒崎が無線を取り出すも、耳に届くのは先ほどと同じガリガリとしたノイズだけだった。
「鍵がかかったんじゃない。……システムでロックされたな」
その時、ふっと空調の唸りが途絶えた。代わりに、どこからともなく冷気が這い寄ってくる。
由紀の吐く息が白くなる。
「……寒い」
「室温が急激に下がってる……」
黒崎の額に冷や汗が浮かぶ。
壁面のモニターには、ノイズ混じりの文字列が流れていた。
Warning: Environmental Control Error
Manual Override – Denied
由紀は強張った表情のまま、必死に声を絞り出す。
「このままじゃ、私たちも、資料も……」
黒崎は懐中電灯を握りしめた。
「落ち着け。必ず突破口はある」
だが、地下深く沈黙する制御室は、まるで彼らを氷の檻に閉じ込めようとしているかのように冷気を吐き続けた。




