真相は白日の下に。
「皆さんのお時間を頂戴して、推理をご静聴いただきたいと思います」
異論の声はなかった。
誰もが多かれ少なかれ期待の眼差しで静観する中、トゥニカを纏う白髪の彼女は、淡々とした声音で推理を披露し始めるのだった。
まずは会場に残っていた代表にも分かるように、これまでの経緯を順序立てて説明した。
ここからが本題とばかりに一呼吸置いて、
「普通、意味もなく密室を作ろうとはしません。犯人としては、一刻も早く現場を去りたい心理に勝るものは、中々ありませんでしょうから。密室にした理由。それは、その部屋の代表を陥れる為でしょう。姑息にも、ケットシーの犯行だと皆の思考を誘導することが、犯人の狙いだったのです」
「にゃ、ニャンですと……?」
「しかし、犯人にも誤算がありました。部屋を割り当てられたケットシーが、キャットドアを通れると思い込んでいたことです。まぁ、上位世界から各々部屋を割り当てられたのですから、通れると勘違いするのも無理はありませんけれど。
実際にケットシーの体躯では、あのドアはくぐれませんでした。唯一の鍵は室内のマントの中。魔法の無力化が働いていることは皆さんご承知の通りです。それゆえに完全な密室が構築されてしまったのです」
「完全な密室なら、犯人はどうやって出入りしたんだ?」
ベリアルは茶々を入れるようでいて、的確な疑問を飛ばす。敵対していると思っていたが、案外互いを認め合っているのかもしれない。
「密室に使われた材料は、調べが付いています。照明として使われていたガラスボール。現場のドアにのみあるキャットドア。先端に粘着性を有した糸の存在。そして、廊下に散らばっていた骨の欠片。
そしてこの事件の要点は、被害者がスケルトン――骨人族であったことです。被害者の特徴に着目すれば、見えてくるトリックがありませんか?」
代表達は、誰か理解した者はいるのかと顔を見合わせる。
少女は話を続けた。
「まずは欠片。それが廊下に落ちていた以上、骨の王は廊下で何かしらの負傷をしています。回りくどい言い方をやめるとすれば、おそらくドアの前辺りで殺された可能性が高いでしょう」
ざわめきが会場に走る。
「何が致命傷だったかは分かりません。ですが、魔法の類いが無効化されているこの場所では、物理的な一撃を食らわされたと推測できます。骨の欠片はそのとき飛び散ったものです。
そして犯人は、部屋の主が犯人だと欺く為に、密室構築の手順に移ります。
台座のガラスボールを一つ拝借し、骨の王の体を砕きながらそのボールに詰めていったのです。最後に被害者のマントを丸めて蓋代わりに詰め込めば、仕込みは完成。キャットドアの直径はボールよりも大きいので、ここで一工夫します。ボールにはテープか何か粘着性のあるもので糸を貼り付けておき、ドアを開けて内側に配置して、ボールが転がらないようにキャットドアから軽く糸を引っ張っておきます。そのままドアを閉めて鍵を掛け、その鍵は蓋代わりのマントに隙間から忍ばせます。これで準備は整いました。
後は、糸を引っ張ったまま、ボールが割れないように、しかしそれなりの力で押し転がします。すると簡易的な糸の接着は剥がれ、キャットドアもパタンと閉じる。その後、ボールは勢いよく室内正面の壁にぶつかり、割れる。このボールは割れた瞬間に気化する性質を持っていますので、中身のバラバラに入れられてた骨の王の死体と鍵を内包したマントだけが、良い塩梅の乱雑さで残るというわけです」
「俺が休息中に、犯人は廊下でそんなことをやってやがったのかよ!」
声を張り上げたのは魔族だけではない。会場全体がざわめく中、少女はよどみなく喋り続ける。
「さて、そろそろ犯人は誰かという話に移りましょう。この会場では、帯剣はもとより、武器の類いは一切持ち込み禁止とされています。それはメイスなどの鈍器も例外ではありません。そこのドルイドが持つ軽い杖ならば許可されているようですが、骨を砕くには心許ないです。例えば杖の方が折れてしまったり、目立つ傷が付いてしまっては、後々怪しまれてしまいますからね。
先ほども少し話しましたが、魔力のことを忘れてはなりません。この会場には特例として、生命維持の為の霊的魔力は使っていいことになっています」
「生命の為っつっても、殺害出来るだけの魔力を隠してたかもしれないだろ」
ベリアルは相変わらず魔力使用説を捨てていないらしい。横目でグールを見遣った。
グールはうめき声に近い言葉をこぼす。
「オレ、ノコトカ? オレ、ハヤッテイナイ」
「ええ、しかしグールに魔力がどの程度使えたのかは定かでなくとも、彼が犯人なら、休憩スペースにいた者は、気付くはずのことに気付いていません」
「拙者が気付けたと言うのだな」
「ええそうです。……腐敗臭ですよ。フードで見た目は欺けても、臭いまでは欺けませんから。グールが通り過ぎればすぐに分かったはずです。なので彼は容疑者から外れます。
では誰が該当するでしょうか。
老骨とはいえ、骨を折って砕くことは、それなりの腕力を持つ者の犯行だということです。会場にいる代表の中で、当て嵌まるのは魔族の者ベリアル、ケンタウロス、リザードマンの三者といったところでしょうか。ケンタウロスとリザードマンなら、フードを被った者がどちらかだったと言えますね。しかし、廊下で骨を砕いてボールに詰める作業など、諸々の密室を構築する時間は限られていて、二者に時間的余裕があったとは思えません。
必然的に消去法で、二十分の時間を確保していた魔族の者、ベリアル。あなたが犯人だと結論付けられます」
名を告げられたベリアルは、あんぐりと口を開けたまま動かない。まさか自分が犯人だと言われるなど、予想だにしなかったかのように。
「これが事件の全貌ですよ」
白髪の少女は淡々と締めの言葉を言い、壇上を降りようとする。
各代表は完全に少女の推理を信じ切った表情で、ベリアルに冷たい視線を向けていた。
行動に出るしか、ないようだ。
俺は重たい口を開いて、
「――なぁ、本気で犯人はベリアルだと言うのか? その推理は間違っているぞ」
聞き忍んでいたお粗末な推理を、一刀両断にした。
「……今、何か言いました?」
少女は小階段の途中で動きを止め、金銀の眼でこちらを向く。双眸鋭く俺を視ていた。
だが、その程度で怯むほど柔な日々を送ってきてはいない。
俺は話を続ける。
「お前の推理もどきには疑問箇所が多すぎてな。
なぜ、盲目の代表は犯行時の音などを聞いていないのか。
なぜ、犯人は手に持っていたはずの糸をそのまま回収しなかったのか。
なぜ、お前はマスターキー、スペアキーを各代表に聞き込みする前に、密室トリックが使われたと判断するに至ったのか。可能性を突き詰めるなら、どうして偽装の線を追わずに、分かったなどと口にしたのか。
名探偵のように聡明だと期待していたから傍観していたが、違和感を覚えずにはいられなかった」
「名探偵……?」
と少女は小首を傾げる。さすがに彼女の世界には推理小説の類いはないらしい。
「ともかく、そんな程度でケチをつけるつもりですか? 私も完璧ではありませんよ」
「ああ、誰しも間違えることはあるさ。だが、一度疑い出すと注意深くなるものだろ。それも複数となると……だから気付けたのかも知れないな。決定的な矛盾が、一連の流れにはあるんだよ」
「矛盾、ですか。不毛な時間だと思いますが、一応聞きましょう」
対話が出来る相手で何よりだ。
「廊下のボールが割れてしまい、盲目の代表が来たときに彼が言った言葉だ」
と俺は、盲目の武人に視線を向ける。
「一言一句覚えているつもりだが、もし違っていたら訂正してくれ。彼はこう言ったはずだ『ボールが砕けたのか? 耳障りな音がしたが』と」
「……うむ。合っている。私も一言一句覚えているとは言わないが、今の発言と酷似したことを言った覚えはある」
俺は安堵の息を吐いた。
饒舌だった少女は、黙したままこちらを見ている。
「もしもお前が言い連ねた密室構築の手順によって、ボールが室内で割れたとしたら、廊下の休憩スペースにいる彼には割れる音は届かなかったはずなんだよ。しかし彼は、同じ音をこの事件の最中に二度聞いたような発言をしている。なぜか。簡単な問題だ。ボールは防音された室内ではなく廊下で割れていたことになる」
盲目の人物は深く頷き、
「確かに、君達が騒ぎ出す前に、割れた音を聞いた。気になって廊下まで行き伺うと、廊下には誰もいなかったが、明かりの一つに使われていたボールが片方無くなっているではないか。大方、誰かが誤って割ってしまっただけだろうと思い、休憩スペースに引き返したのだよ」
「おい、なんでそんな重要なことを言わなかったんだ」
魔族が食ってかかる。
「重要かどうかなど、推理を聞くまで私には判断できなかった。で、君には判断出来たのかね?」
「うっ……」
反駁の余地もなく、ベリアルは言葉を詰まらせた。
「一つ、追及させてもらってもよろしいでしょうか。確かに部屋には防音がされているようですが、事件のあった部屋にだけは他と違う特徴がありましたよね。勿論、キャットドアです」
ここが勝負所だ、と俺は平静を装いつつ、思考をフル回転させた。
「キャットドアが開いていたとでも? あれは手を離せば閉まる仕組みだったが」
俺の指摘にも臆することなく、
「いえ、重要なのはそこではありません。無論開いているに越したことはありませんが、そのキャットドアまで防音性が担保されていたとは限らないでしょう。残念なことに、二つとも割れてしまった今、確認のしようがありませんね」
少女は唇を歪めて小さく笑む。
それで逃げ切ったつもりなのだろうか。だったら甘い。
「改めて検証することは出来ないな。だが、捜査当時を振り返ってみれば、容易に証明は可能だ」
「……。何といいました?」
「証明は可能だと言ったんだ」俺は話し相手を変え、「魔族の者に訊きたい。俺達が部屋を調査後に廊下に出たとき、まだ室内に残っていたよな」
ベリアルは妖艶な笑みで、
「ああ。何か物証でも落ちてないかと思ってなぁ」
「丁度そのとき、ゴブリンが廊下のボールを手にし、天使様の余計な行動のせいでボールを落として割ってしまった」
皮肉を交ぜるも、少女は動じずにいる。
「室内にいたベリアルは、その後の天使の叱責を聞いて何事かと思ったようだったが、――室内にいたとき、ボールの割れる耳障りな音を聞かなかったのか?」
「……そう言われれば、そうだ。たいした距離もないのに、部屋の中までは聞こえなかった!」
俺は彼の発言に満足し、
「だ、そうだ。ボールを転がした後、壁に追突した被害者入りのそれが割れるより先に、キャットドアはパタンと閉じる。つまりドアは、キャットドアを含めて完全に防音だったんだよ」
少女は反応しない。彼女も脳内で思考を回転させているようだ。
「ここまで事件の状況が見えてくると、ボールに骨を折って入れたことも怪訝に思うんだよな。お前はそれなりに腕力のある者を列挙して容疑者だと言っていた。だが先のように、不審な音を何度も何度も立てていれば、ガラスボールの割れる音ではなくても、彼は不審に思っただろう」
盲目の代表をみると、こくりと首を縦に動かすのが見えた。
「さて、反論はあるかな?」
「世迷い言を……。それでは私が述べたトリックを使えません」
「ああそうだ。ボールのトリックなんてのは机上の空論。手掛かりが揃うからトリックが使われたなどと、愚直に考えない方がいい。実際は使われなかったんだよ。それが新たに更新された証言から導き出せる事実だ」
なおも少女は反駁する。
「密室が解けない限り、誰にも犯行は不可能になってしまう。だとすれば、如何なる状況でも私の述べたトリックが使われたはずであり、何かしらの瑕疵がこれまでの話の中にあったに違いありません。そうでしょう?」
「いいや、違うな」
「これ以上反論するのでしたら、あなたの推理を言ってみてくださいよ」
口調は未だに丁寧だが、少女は憤りを抑えきれなくなっているように見える。
「構わないぜ。――犯人は、室内で骨の王を殺し、腕力を用いて粉々にして、マントに鍵を隠した。そしてキャットドアから逃走した。これが俺の推理だ」
「は?」
俺が長ったらしい推理を述べるとでも思ったのだろうか。彼女は拍子抜けした表情を見せる。
「犯人は腕力のある人物、つまり体格の大きい、ベリアル、ケンタウロス、リザードマン。私が先ほど言いましたよね? それではキャットドアから出ることなど不可能。矛盾したことを言わないでくれますか」
「矛盾ねぇ。それを覆す証拠なら、君が身に付けているだろ。この表現が正しいかは分からないがな」
「私が? はは……、どうして」
あからさまに、口調が鈍った。少女は俺が真相を見抜いていることを察したのだろう。
諦めが悪いなら、強硬手段に出るのみだ。
「では仕方がないな、トゥニカを脱いでみてくれ。他に着ているものがあれば全部だ」
「きゅ、急に何を言い出すニャ!?」
ケットシーが慌てたように両手を振り回す。
「裸体を晒せというのですか? ……あなたの歪な癖に付き合うどおりはありませんよ」
細腕で体をガードする少女には答えず、俺はベリアルに問う。
「魔族の者よ。君はどうする? 半ば犯人扱いされたままでいいのかい?」
ベリアルはしばし逡巡した後、
「やれやれ。お前の傀儡になっているようで癪だが、利害は一致するか……。他の代表に言っておくぜ。邪魔立てするなら大怪我くらいは覚悟するんだな」
言うとすぐさま彼は行動に移した。強靱な体躯のわりに素早く少女に近づき、腕力で押さえようとする。「貴様――!」彼女はようやく険しい表情を見せる。だが、ベリアルに抗うには、体躯で負けている彼女にはどうしようも――他の代表達がそう思って見守る中、進展は訪れた。
ベリアルが掴んだ少女の細腕を後ろに回し、組み伏せようとしたのだろう。しかし、力を込めたまま二人の動きが止まった。
「本気で押さえつけてくれ」
「ああ……当然手加減などしていない。だが、この底知れぬ力はいったい――」
当のベリアルも驚きの表情を隠せないでいると、信じられないことが起こる。
彼女の細腕が押さえつけられていた腕を振り払い、はじき返したのだ。魔族を突き飛ばし距離を取ろうとした矢先、トゥニカが爪に引っ掛かる。びりびりと音を立てる衣服の損傷は激しく、彼女の裸体は衆目に晒された。
「え? え!? どういうことニャ!?」
会場にどよめきが沸き起こる。
少女のの裸形は、予想だにしないほど異質だった。
女性的なフォルムを基本とし、脚部は機動力とエネルギー効率に基づいた逆関節。
その四肢の関節と胴体部分には、パージを前提としたような結合部、つまり隙間が見て取れたのだった。
魔族が珍しく胴間声を上げる。
「お前ッ! 上位天使どころか、天界の住人でさえないな……! 初めから俺等を欺くつもりだったのか? どうりで顔と指先以外の露出を抑えていたわけだ」
天使と思われていた彼女は、機械生命体――オートマタだった。
「手足どころか胴体まで自由に切り離せるのならば、あのキャットドアを潜ることは容易いだろうな」
「なるほどの。動機が見えてきたわい。このオークション自体を利用し、実演した犯罪能力に価値を見出させ、売り出そうとしたのじゃな」
ドルイドが杖に寄り掛かりながら言った。
少女は隠すことの出来ない裸形をそれでも最小限に丸め、うつむき、白銀の髪に隠れた顔は微動だにしない。
図星のようだ。
「……いつ、気が付いたのですか」
俺にたいしての問い掛けらしい。
「お前は生物の心が分からないから、間抜けな失敗をしたんだろう」
俺は辛辣な言葉で責め立てる。
「明らかな違和感を覚えたのは、ボールを落として割ってしまったときのことだ。お前はエルフやケットシーらが骨の王の遺骸に触れても、全く注意喚起しなかったにもかかわらず、ゴブリンが台座のボールに触れた途端に憤り、現場の物には迂闊に触るなときた。その結果、ボールは割れてしまったわけだが、天使……もとい機械生命体のお前の言動は矛盾していた。その矛盾には、別の意図があったのではないか、突き詰めて結果から推察すれば、ボールを壊すことが本来の目的だったのではないか、と仮の推理を組み立てていくと、色々と見えてくる側面があったんでね」
「そうでしたか……。他者の言動でそのさきを見極める者がいるとは、異世界とはかくも広いものですね」
少女なりの敗北宣言のようだった。