第三話. 白老の総帥(二)
執務室の来客用テーブルを使って、ちょっとしたお茶会が始まった。
勧められるままソファにちょこんと座ったわたしに対し、グレイズ総帥はてきぱきと戸棚から茶器一式と菓子類を取り出して準備を始める。
慣れた手つきでお菓子を切り分けて小皿に盛り、高級感溢れるティーカップになみなみとお茶を注ぐ。
あっというまに、テーブルの上には茶菓子と二人分のティーセットが並べられる。
「これって……」
テーブルに並べられた菓子類を見て、わたしは驚いた表情を浮かべる。
羊羹、煎餅、金平糖――それらはどう見ても和菓子だったのだ。
驚いた様子のわたしを見て、グレイズ総帥は茶目っ気に満ちた表情を浮かべる。
「これは儂の趣味のようなものでな。この世界の食材でも同じ味が再現できるか研究してみたのじゃよ」
そう言って、お茶の入ったティーカップをわたしに渡した。
「ありがとうございます」
わたしは礼を言って差し出された茶器を受け取る。
中身を覗いてみると、それも緑茶だったのだ。
グレイズ総帥は向かいのソファに座ると、自分のティーカップを傾ける。
お茶を一口溜飲して、ほっと息を付き、
「ああ~~~~、落ち着くのぅ~~~~」
などと、非常にジジむさい発言をしてのけたのだった。
外見こそ美少年じみた風貌であるだけに、もの凄まじい違和感である。
――いや、まあ、中身はお爺ちゃんなのだから、無理もないといえば無理もないのだけど。
場の雰囲気が一気に和やかなものに変わる。
もはやここは老人会の寄り合いか、そうでなければ、某サザエさん宅の茶の間と勘違いしても違和感があるまい。
一方でもわたしも、切り分けられた羊羹をフォークで割り、一口含む。
「おいしい……」
思わず感想が口を出た。
しっとりた甘みが口の中に広がる。
緑茶と非常にマッチする味わいだった。
それを見て、グレイズ総帥は満足そうに表情を和らげた。
にんまりと嬉しそうに顔をほころばせる。
「そうじゃろそうじゃろ! いや、こっちの世界ではこの味が理解されることも少なくてのぅ。つまらん思いをしておったんじゃよ」
子供っぽく熱弁するグレイズ総帥。
団欒じみたほっこりとした空気が広がった。
わたしはフォークでもう一切れ羊羹を頂き、再び口に含む。
秋の金木犀にも似た上品な香りが、口内に満ち溢れた。
「ふぅ……」
続けてお茶を口に含み、息を付く。
落ち着きのあまり、わたしの頭部の耳がぺたんとくつろいだように垂れた。
じっと、グレイズさんがわたしの頭の耳を見つめている。
「失礼じゃが……ずいぶんと珍奇な耳じゃのう。なんじゃ、今はそういうスタイルが『なうい』のか?」
「いえ、この耳は、わたしがこの世界に来た時からこうなっていたんです。あとついでですが、その単語、元の世界でも化石レベルでの死語だと思いますよ。きっと」
「はっはっは、すまぬのう。異世界転生する前も、若いもんに合わせようとしては色々と空回りしておってな」
愉快そうな顔つきで朗らかに笑う。
それにしても不思議な人だと思う。
言動こそ老人であるが、子供じみた稚気と、達観した心構えを併せ持つような、今一つ掴めないような人柄だ。
総帥などという肩書に似合わず、非常に気さくな態度のために、わたしはすっかり打ち解けていた。
しばらくの間、ただただとりとめのない話を続けた。
開け放たれた窓から、ふわりと涼しい風が吹いて、まるで妖精の指先のように優しく、髪をそっと撫で上げる。
グレイズ総帥は突如話題を変えた。
「サイネリアから聞いたが、記憶がないそうじゃな」
「はい……」
わたしは頷いた。そもそも、この地にやってきたのも、わたしの記憶を取り戻す手がかりを求めてのことだった。
「ただ、確信はないのですが、わたしは生前日本に暮らしていたらしいんです……。この和菓子も、どうしてだか懐かしい感じがします」
「ほう、同郷の者であったか」
白髪の総帥は頷いた。
わたしは顔を俯かせ、深刻な表情で言葉を続ける。
「けれど、それ以外は何も思い出せません。自分がどんな人間だったのか、日々どんな暮らしをしてきたのか、全く思い出せないんです。わたしは、一刻も早く自分の記憶を取り戻したい……」
意気込むように語るわたしに対し、白髪の総帥は人情ぶかい眼を向けた。
「うむ、まあ記憶がなくて辛いこともあるじゃろうが、そう焦ることもあるまい」
グレイズ総帥は、落ち着いた口調で諭すように言葉を続ける。
「人生、ままならないこともあろう。あれもこれもとやって、足掻こうとしようとするのも分からないでもない。そういうときは、時には腰を落ち着けるときも大切なときがある。そうすることで、いろいろと見えてくるものもあるからのぅ」
「……」
普通の人が同じことも言ったところで、おそらくはこれほどまでに心に響くことはなかっただろう。
しかし、目の前の人物の言葉には、そうした薄っぺらさは感じられなかった。
それは長き時を渡って得た経験が裏付ける説得力だった。
言っていることの重みが違うのだ。
知らずのうちに気負い過ぎていたわたしの心は、重荷を降ろしたように軽くなった。
わたしはグレイズ総帥に質問した。
「ところで、あなたはどうやってこの世界に来たのですか?」
「うむ……まあ、生前、ちょっとした不注意で命を落としてな。まあ、もともと老い先短い身であったし、特に思い残すこともなかったので大した後悔はないのじゃが。気が付けば、こちらの世界に転生していたのじゃよ」
「そうですか……」
グレイズ総帥の言は、若干曖昧な部分を含んでいたが、わたしは特に訝むこともなかった。
わたし自身、気が付けばこの世界に流れ着いていた身であるからだ。
わたしは更に質問を続けることにする。
「『セフィラの盾』ですが、どうして異世界転生者であるあなたが総帥をしているのですか?」
するとグレイズ総帥は朗らかに目を細めて返答した。
「別に大した理由などないよ。単に、帝国の異世界転生者に対抗するための組織を纏める者として、儂が一番適任だっただけのことじゃ」
「……あなたが異世界転生者であることは、みんな知っているのですか?」
「今のところ、一部の幹部だけじゃのう。まあ、帝国との戦時中ともあって、対異世界転生者の組織のトップが異世界転生者では、世間体にも問題があるからな。……ああ、サイネリアには話しておるぞ。あやつとはそれなりに長い付き合いじゃからのう」
グレイズ総帥は一度そこで言葉を切り、遠い目をした。
「『セフィラの盾』が設立されたのは今からおおよそ三年前じゃ。その時、この肉体はせいぜい十八かそこらだったが、設立当時から儂は関わっておる。当時、帝国の西方大陸侵略が始まって、沿岸の国は多くの戦火に晒された。帝国の異世界転生者の力の凄まじさに恐れ戦いた各国は、早急に対策を練る必要に迫られたのじゃ」
コトン、とティーカップが置かれる。
急に表情に真剣さを帯びて、問いかけてきた。
「ときに……おぬしは帝国についてどう思っておる?」
突如として向けられた問いかけに、わたしは一瞬答えに詰まる。
わたしは少し考えてから答えた。
「わたしは……帝国についてはよく知りません。この世界には目覚めたばっかりですし……。ただ、異世界転生者の主導によって、無法に侵略を繰り返す国とだけは聞いております。それ自体は、決して許されることではないと思っております」
わたしの正直な感想に、グレイズ総帥は小さく息をついた。
「ふむ、まあ、そんなものじゃのう……」
質問の意図は解せなかったが、わたしは思っていたことを口にした。
「あの、質問があります……」
「なんじゃ? 儂に答えられるのなら答えるが」
その言葉に、わたしは忌憚なく質問をぶつける。
「帝国は、どうして他国に対してに侵略を繰り返しているのでしょうか?」
するとグレイズ総帥はさも当然とばかりに言い捨てた。
「国が他国に侵略を行うときに、本来、そこに大した理由などないよ。人が美味い飯にありつくために、他の生き物を殺して喰らうのと同じくらい、業の深いことじゃ。まあ、許されることではないのは、確かじゃがな」
グレイズ総帥はそこで言葉を切り、先を続ける。
「やつらは他国への侵略を『救済』などと呼んでおる」
「救済……ですか?」
「うむ、やつらのやり口はこうじゃ。まず、他国が内包する問題点をあげつらう。例えば金持ちが貧乏人を搾取しているだとか、民族紛争が絶えないとかな。そして、自分たちが統治した方がよりよくなると吹聴するのじゃ。そうして社会的弱者を扇動させては、戦火の一端を開く」
白髪の総帥はなおも説明を続けた。
「後は、圧倒的軍事力をもって制圧する。被支配地域では、法律やインフラを帝国式に塗り替える。不平等を排し、病院や学校を建て、物流を整備することで人心を掌握する。そうやって飴と鞭を使い分けているのじゃ」
「あの……戦争云々はともかく、統治のやり方としてはいいことなんじゃ……」
「とんでもない。力で抑えつけた上での恐怖政治じゃよ。表面上は上手くいっているように見えても、内実、多くの歪みを抱えておる。あれでは、その内どこかで破綻するじゃろうに」
グレイズ総帥は苦い薬を飲んだように顔をしかめた。
しばし、気まずい沈黙が落ちる。
わたしはやがて、ぽつりと口にした。
「帝国の異世界転生者たちは、一体何を考えているのでしょうか……。今の皇帝も、異世界転生者なんですよね?」
するとグレイズ総帥は感情の読めない表情を浮かべる。
「さてな……儂はグラヴァシャル帝国の皇帝本人じゃないからのう……。やつの心の内までは判らぬよ」
(やつ……?)
なぜか、知った風に語るグレイズ総帥に、わたしは不思議そうに視線を向けた。
「ただ、ある程度は想像が付く。おそらく、やつらは『新世界』を作ろうとしているのじゃろうて」
「新世界?」
「自分たちにとって、都合のいい理想郷というやつじゃ」
グレイズ総帥は嘆かわしいものを見るような表情を浮かべた。
「人は誰でも自分が生きるために、多かれ少なかれ、自分の周囲の世界を作り替えておる。その上で、時には他者から奪い、戦いが起こることもある。これは仕方のないことじゃ。だがな――」
そこで言葉を切った。
声に若干の怒りすら含めて、続ける。
「帝国の奴らは違う。世界を作ることこそが目的となってしまっておる。生きるために世界を創るのではなく、世界を創るために生きている――いうなれば、手段と目的をはき違えておるのじゃ。理想どころか、もはや夢想の域じゃよ。それも、大勢の犠牲を生み出した上で、な……」
「……」
わたしには、グレイズ総帥の言葉の意図を完璧には理解できなかったけれど、それでもこの人物が帝国に対して深い義憤を抱いていることが見て取れた。
「愚かなことじゃよ……。人間はどう逆立ちところで神にはなれぬというのに……」
グレイズ総帥は、大きなため息をついて目を伏せる。
「儂もな……かつて日本にいた頃、戦争を経験した。兵士として前線に行き、人をも殺した。別に、自慢できることじゃないがな。……あの頃はな、国を守るための戦いだった。儂だけでなく、多くの仲間たちも皆同じ思いじゃった。そんな儂だからこそ分かる。帝国の異世界転生者どもは間違っておる」
そう断言すると、深い悲しみを宿した表情を浮かべた。
「儂はな……このウィル・ファザードは、この世界の住人のものだと考えておる。儂ら異世界転生者が、反則めいた力で幅を利かすようなことがあってはならないと思っておるのじゃ」
そこまで言って、彼は恥じ入ったように目を伏せた。
「――と。すまぬのぅ、愚痴っぽくなってもうた。不快にさせたのなら申し訳ない」
「いえ、大丈夫です。あの……すみません、もう一つ質問があります」
「ふむ、なんじゃ?」
わたしは、さっきまであった胸の内の違和感を尋ねることにした。
「あなた自身は、どうしてそこまで帝国に対して敵意を抱くのですか? なにか個人的な事情があるのでしょうか?」
問われたグレイズ総帥は、気まずそうに頬を掻いた。
「いや……単に気にくわぬというだけじゃ。儂自身がどうというわけではない」
「そうですか……」
何か変な感じがした。
何かがかみ合わないような、釈然としない、何とも言えない感じだった。
(彼は本当のことを隠している……)
確証はない。けれど、グレイズ総帥は何かを知っているけれど、それを隠しているという風に感じ取れたのだった。
けれど、彼自身は悪意のある人物とは到底思えず、また、話さない理由にも何かの事情があるのだと思って、深く尋ねることは躊躇われたのだった。




