オルビアン師団の始まり
オルビアンでは、大量に到着した難民の対応に忙しい上に、続々とその数を増やす現実に誰もが頭を抱えていた。ここで排他的な者達は受け入れ中止を元老院に訴え、それが議会でのオルタビウス不信任案提出の動きとなったが、反対多数で否決されている。しかしながら、オルタビウスは民意を大事にする人物でもあるから、市民の不満を和らげる必要もあると認め、軍役免除を発表すると共に、難民から、その役への志願を募ることとした。
これが後に、雷帝の指揮下で勇名を馳せたオルビアン師団の始まりといえるが、この時はまだ誰もそんな未来を予想できるはずもなく、とにかくなんとかしなければという想いで進んだというものが近しい理解だろう。
この募集に応じたのは、ペルシア難民を中心とした人々で、わずか五日ほどの期間で五〇〇〇人を超える応募があった。この数は難民の一割にも及ぶもので、彼らの復讐心と職を得たいという危機感が強いものであることが理解できると共に、難民の数が一月も経たないうちに五万人を超えている危機の表れでもある。また、この五〇〇〇人には、女性や子供も含まれていて、選別すれば半分程度の人数に落ち着くだろうとオルタビウスは予想したが、選別される側は納得せず、後方支援に従事させる方向で調整を図ることとなる。
総督府が慌ただしいなか、市民達も活気に満ちていく。それは、ケブゼ防衛の為に軍が物資を大量に買い集め始めたことが原因で、ここにもともとの需要である北部戦線への供給と併せて、商業活動が凄まじく活発になっているのだ。またこれは、周辺国の商人達も巻き込んだ。
作ってオルビアンに運べば売れる。
供給過多になるのではないかと思われるほど、農場、職人は物を作り、商人が運び、オルビアンで売った。
ではオルビアンとグラミアが資金不足になるのではないかという見方もあったが、そうはならなかった。
アルメニア王国、南部都市国家連合、トラスベリア王国の選帝公シェブール公家、南方大陸のオルセリア皇国が、グラミアの国債、オルビアンの都市債を買い支えたからだ。
国家だけではない。
各国を代表する巨大商会も、それぞれの思惑で債権を買いまくった。
外資比率が高くなることをイシュリーンは案じたが、未来の危機よりも目の前の危険を排除する重要性を優先しているし、政務卿のアルキームが、練りに練った長期返済計画を王に差し出すことでこの判断となっている。
かくしてオルビアンは、グラミアと共に進む準備を着々と整えていく。
この中で、マキシマムはオルタビウスの傍で働きながら、計画立案から予算の組み方、返済案を学ぶ。また軍の編制運用準備、関係部署との調整を体験していた。彼にとって、計算はできても解答を得ることが目的であったこれまでとは違う、成す事がある為に、逆算で条件を算出し交渉するのは新鮮であった。例えば返済利率と期間の交渉において、わずかな数字の妥協が、おそろしく巨大な数字となって我が身を傷つけることになると知ることができたのは大きい。そしてこちらの条件を相手に承諾させる為に、何を相手に差し出すかも身を切るような緊張を伴った。
ただ、彼はそんな経験よりも、隣でスラスラと暗算をしてしまうサクラのせいで、数学者の道を完全に諦めることができたのだが、これが彼に、大きな未来へと続く分岐点となったことを、この時の本人は自覚できていなかった。
マキシマムはオルタビウスの近くで学んでいる。
充実した時間を過ごせていた。しかし、彼はどうしても気にかかることがあった。
イゾウが帰ってこないことだ。
すぐに帰ってくると言っていた親切な友人が、いまだ帰ってこないのである。
-Maximum in the Ragnarok-
マキシマムを心配させているイゾウは、命を落としていない。逃げ出したわけでもない。さぼっているわけでも、どこか別の場所に移動したというものでもなかった。
彼は帰れない状況になっていたのだ。
理由は、イゾウが訪れた古代文明の遺跡である。
ベルベスト山と呼ばれる場所は、イゾウにとっては山ではない。巨大な施設が地下に埋まってしまった廃墟である。この場所にやって来た彼は、連邦政府ビルが眠る地下への入り口を探る中で、警備活動中の古龍に発見され、拘束されてしまったのだ。
双頭龍と呼ばれる、現存する龍の中でも最強の個体は、美しい女神のような外見をした男性の人格をもつ兵器である。もともとこの龍には頭が二つあったが、ひとつをヒューマノイドによる攻撃で潰されてしまった。これは、豊かな猟場であるベルベスト山を自由に使いたい旧アラゴラ王家が、軍勢を発して双頭龍討伐を行ったからである。皮肉なことに、古龍は頭一つを失ったかわりに、旧アラゴラ王国の軍勢を壊滅させた。これでアラゴラ王国は国力を一気に落とし、後に帝国の侵攻に抵抗が困難となり、次にグラミアによるアラゴラ進出にあっけなく降参したことに繋がっている。
イゾウは、どこにどのようにもうひとつの頭がついていたのか不明な相手を前にして、解放してくれと訴える。
「そろそろ……出してもらいたいんだが」
「できません。外は危険です。大気中の有害物質濃度が高く、またヒューマノイドが多数、生存しています。この場所に留まり、火星との通信が回復するのをお待ちください」
「通信は回復しないんだよ……」
火星にあった連邦政府は、宇宙へと出たことで遺棄されていることを、双頭龍は知らないのだ。
「では、救助が到着するまで外に出ることはなりません」
「救助も来ないよ……」
「であれば、外の状況が改善されるまでお守りするのが務めです。よって、外に出ることは現在、禁止とさせて頂きます」
もう何度、このやり取りをしたら理解してもらえるのかという徒労感すら薄れたイゾウは、居住区での生活を続けている。
龍と呼ばれるヒューマノイド殲滅兵器だけが施設内をうろつくこの場所で、ただ一人の人間である彼は、兵器達から挨拶をされ、敬われる毎日に慣れない。
図書館や娯楽室で時間を潰すだけの日々が繰り返されている。
双頭龍とはヒューマノイドがつけた名前であるが、イゾウ達も使っている。なぜならこの古龍は、どの国が、いつ、造ったのか記録に残っていないためで、型式も何もない。その点はマキシマムにくっついているサクラに似ていた。
例えば、トラスベリア王国の上空を彷徨う古龍は、ヒューマノイド達から飛龍と呼ばれているが、イゾウ達からすれば自律型戦闘機で、ユーロファイターイプシロンだ。
そして同じく、この施設内をうろついている龍達も、イゾウからすれば自律型人型兵器達で、外見を見れば型式も名称もわかる。
ポーンという人型兵器のアンドロイドが、図書室に入ったイゾウに尋ねた。
「お飲み物をお持ちしましょうか?」
「じゃ、水を」
去って行くアンドロイドから視線を転じた彼は、図書室の閲覧席に腰掛ける。ここに人が入ったのは、イゾウが使うまで数千年ぶりであったはずだが、アンドロイドたちのおかげで清潔だった。
外との通信ができないことを我慢さえすれば、人はここで暮らすこともできそうだと彼は苦笑する。実際、農業プラントや食品工場は全て自動で今も稼働していて、消費した量を補充するシステムであるから困らない。また、自動廃棄システムも生きていた。
「こっちの通信システムは生きているから、月と繋げられたらなぁ……衛星をどっか使えないかな……」
イゾウはこの施設にツクヨミシステムが入っていないことを恨む。
佐藤博士が開発した人工知能は、日本人にとってはなくてはならない相棒であるが、アングロサクソン系が幅を利かせた連邦政府の施設には導入されていない。
ツクヨミが入っていれば、指示を出すだけで後は勝手にうまくやってくれるのにと愚痴るイゾウは、オフライン内に残っている出版物を検索し、読書を始めた。
いつまで続くのかわからない暇潰し、である。
-Maximum in the Ragnarok-
「ダリウス……ダリウス……ダリウス……ダリウス!」
マキシマムが呆れて声を大きくする。
志願兵の名簿覧のある頁が、ダリウスという名前で埋まっているからだ。
「ペルシア人ばかりの頁ですね」
笑みとともに指摘したのは、主席補佐官のフィリポスだった。彼らの他にも人がいて、そろって笑い声をあげる。
マキシマムは、ペルシア人の男性はダリウスという名前ばかりという噂は本当であると突きつけられ、例えば彼らの中の一人を呼びたい時、名前を使うことができないと嘆く。
「一〇人のペルシア人に、ダリウスと呼びかけたら全員が振り向く、とは有名な話ですが、本当なんですよ」
フィリポスが言い、自分の頁もダリウスばかりだと笑っていた。
逆に、それだけペルシア人は志願をしてくれているとも取れるが、年齢が下は十歳で上が六十となると、どれだけ兵士として使える数が残るかは微妙だとまた笑う。
「女性の名前は様々ですねぇ」
官僚の言葉に、マキシマムも同意する。そして彼は、ペルシアの人は男にダリウスと名付けておかないと呪われるとでも思っているのかと愚痴た。
「ペルシアでは、兵士を番号で呼びますので、そうしますか?」
マキシマムは官僚の助言に頷きかけたが、自分がされたら嫌だなという感情で否定する。
「呼び名をつけよう」
「誰が考える?」
「本人達に決めさせたら?」
フィリポスの問いに、問いを返したマキシマムは、笑顔を返される。
「きっと、最強とか、強者とか、獅子とか王者とか、固まりますよ」
「……そうですか」
「誰かに決めさせましょう」
官僚の助け船で、マキシマムは早々に考えることを放棄した。そして椅子から立ちあがり、窓に近づく。風を浴びたいと思ってのことで、座り仕事ばかりで身体がこるとばかりに背伸びをしながら歩く。
総督府の三階、主席補佐官の執務室の外は庭で、今日はグラミア王国が国外に派遣していた部隊が帰還し集まり始めていた。彼らはこれから、このオルビアンの警備任務につく。彼らをケバゼに派遣しない理由を、オルタビウスはこう説いた。
「戦って帰還したばかりの兵を、また派遣するのは酷だ。オルビアンでしばらく休んでもらうが良だが、完全に休ませるとなまる。治安維持任務を与えて適度な緊張を保ちつつそうしてもらうのがいい」
マキシマムは、フェルド諸島で出会った知り合いはいないかと眺めたが、リチャードを始めとする彼らはおらず、代わりに、意外な人達を見つけた。
彼は窓を開け、叫んでいた。
「おーい! こっち! 俺だ!」
マキシマムの叫び声に、誰も気付かない。
彼は反転し、驚くフィリポス達に詫びをしてから飛び出した。ちょうど、書類を抱えて廊下を歩いていたサクラが、走るマキシマムを見つけて追いかける。彼女は抱えた書類を全く落とすことなく、マキシマムの背後に続いたが、その背を見て、喜んでいると感じた。
何だろう?
サクラは不思議に思う。
この人が、こんな喜び方をするのは何だろう?
彼女は理由を知りたいと思う。
総督府の庭に、答えがあった。
マキシマムが、ある集団に向かって走りながら声をあげた。
「ガレス! パイェ! ギュネイも! エフロヴィネ! サムエル!」
名前を呼ばれた者達が、駆け寄るマキシマムを見て手を振る。
サクラは、彼らが抱き合う様子を見る。
彼女は、不思議なことに、とても羨ましく感じていた。




