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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
オルビアンの雷光―マキシマム・アビス―
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衛星都市ケブゼに……

 オルタビウスが総督代理になったオルビアンでは、膨れ上がった人口の食い物を調達せねばならず食料の買い付けに大忙しであった。各商会はもちろん、総督府も周辺の農園や荘園だけでなく、国外へも物資を求めた。


 その供給元のひとつに、ケブゼという都市国家がある。


 この都市は、オルビアン海峡を挟んだ対岸側にあり、大陸西方諸国圏だが場所はペルシアに近い。


 オルタビウスはここの防衛をロッシ公爵ムトゥに進言したが、グラミア王国は北に忙しくオルビアンよりさらに南東に位置する端っこのことまで気にする余裕がなかった。


 そういう理由もあって、ムトゥはオルタビウスにオルビアンの師団を派遣するようにと命じ、運用は全て総督代理に任せるとも伝えている。


 オルタビウスは困った。


 オルビアン師団は北部戦線に多くの連隊を派遣しており、残っている部隊は治安維持に必要であるし、難民支援に忙しい今、回す余裕がない。しかし食料の供給元を失うことはオルビアンの危機に繋がると危惧し、なんとかならないかと頭を抱えた。


 その彼を訪ねたのが、移民登録の書類を抱えたマキシマムである。


 宋人二万人弱、ペルシア人一万人強という規模の人口増加に、行政府は麻痺しつつあるが、誰もが懸命に働いていて、戸籍の整備を急ぐ役人の手伝いをしていたマキシマムが、オルタビウスの決済を取りつけようとその執務室を訪ねたのは、夕刻のことであった。


 オルタビウスの身の周りで茶を出したり、書類を整理したりと手伝いをしていたサクラが喜び、老人に声をかけると、総督代理は肩を揉みながらマキシマムを迎える。


「いやぁ、厳しい」


 オルタビウスの愚痴に、マキシマムはわざと笑みを返した。


「厳しいってことは、無理ではないということですね」

「ま、やるだけだ……それは?」

「移民登録の決済が欲しいんです。閣下が許可くだされば先に進みます」

「……ぶ厚いな」

「人数が多いですから」


 オルタビウスは書類を受け取り、眺めながら苦笑する。


「女性や子供が多いな」

「ペルシア人はとくに……男性の多くは戦って死んだか、まだ彼の地で抵抗を続けているそうですから。閣下、それでもペルシアの男性はいますので、傭兵で雇うのは如何です? 警備などに従事してもらえば助かりますし、彼らも自分達の為になるから引き受けてくれると思います」

「……誰の案だ?」

「パラモアです」

「メヴィルに紹介料を支払わにゃならんな」

「でも、メヴィル家のおかげで、入り口で整理されているので、前回のような大混乱はありません」


 マキシマムの言う通り、前回の宋人難民到着時は大混乱だった。誰も彼もが勝手に上陸し市街地に入って来ていたからだ。しかし今回は、船で到着した難民を海上で保護し、人数や属性、女性であるとか子供であるとか、健康であるとかそうでないとかなどを把握した後に、移す先へと移動させているため、オルビアン市街地は機能を低下させてはいない。またこれで、市民達は前回のような宋人への批判を、今回は強めていなかった。


「メヴィル家に募集をかけておこう……ま、ユリウス逮捕に協力してもらったことだし礼の意味もあるな」


 元執政官ユリウスは昨日、オルビアンに入ったところを逮捕され、現在は牢獄である。彼はオルタビウスに正義に目覚めろと説いたが、総督代理は「寝言は寝て言え」として相手にしなかった。


「マキシマム、実は傭兵の件、儂も考えていたのだ……ただ、儂は別で雇うことを考えていたが」


 オルタビウスの言葉で、マキシマムは眉を寄せた。


「ケブゼの件……ですね?」

「ああ……ペルシアが安泰であった時は、あちら側の防衛に気をつかうことはなかったが、こうとなっては事情が変わった。ケブゼには大規模な農園が複数ある。オルビアンに届く食料の一割があそこからだ……防衛の必要がある」

「どこから傭兵を迎えようとされていました?」

「フェルド諸島に派遣しているロッシ公とグラミアの連隊を引き上げさせる……これが傭兵……みたいなものだな。彼らにオルビアンの警備をしてもらい、オルビアンの部隊を派遣しようかと考えているが、指揮官に困っている……お前、できんか?」

「……経験はありますが、失敗ばかりですよ」

「なに、失敗してみろ。儂が尻ぬぐいをしてやる……と言いたいところだが、失敗は駄目だ。兵を失うことになる」


 マキシマムは姿勢を正した。


 サクラがこの時、紅茶を淹れて二人に運ぶ。その香りに、オルタビウスによって仕込まれた彼女は腕をあげたとマキシマムには感じられた。と同時に、彼は、味に興味がない彼女が紅茶を上手に淹れるのは、どう判断しているのだろうと疑問を抱くが、微笑む彼女からカップを受け取ることで、どうでもいいと思えていた。


 オルタビウスが紅茶を啜り、説明する。


「戦争に失敗は許されん、と儂は思っている。勉強? 他人の命でするものではない。引き受けてもらいたいが、無理なら儂が行くことにする」

「先生が?」

「他におらん……フィリポスにこちらを任せて、フェリゴと協力してやってもらうしかない」

「……正直に答えていいですか?」

「それこそ、求めている」

「自信がありません」


 マキシマムは、自らの回答の説明をする。


 彼はあくまでも部隊を指揮しただけで、軍の運用など全くの未経験であると。


 例えば兵站など何をどうすればいいのかわからない。


 部隊編成も、与えられたものをやりくりはするが、最初から考えろと言われると頭を抱えることになる。


 オルタビウスは頷く。


「よし、やはり儂が出よう。で、お前も来い」

「はい」

「現地で儂のやり方を見ていろ……ただし、儂のはオルビアンのやり方だから、グラミアとは少し違う」

「先生ならば、どこであろうと通用すると思います」

「お前……世辞のうまさは成長著しいぞ!」


 オルタビウスの冗談に、マキシマムが笑う。


 ここで、サクラが口を開いた。


「あの……わたしも」

「当然だ。サクラはマキシマムを守ってやれ」


 オルタビウスの言葉で、サクラが笑みを咲かした。老人はそれを見て、人にしか見えないと思う。


 マキシマムから、サクラが古龍だと聞いた時、とても驚いたオルタビウスであったが、考えてみれば、あの異常な強さは娘には無理だと理解した。そして、人の容姿をもつ特殊な龍、古龍であるから、マキシマムを主と認めた今は、忠実なのだともわかっていた。


 いつか敵にならないか、という心配はオルタビウスにはない。


 いつか彼女が敵になる時は、自分がマキシマムの敵になる時だろうと思えるからだ。そしてそれは、絶対にないという自信があった。


 オルタビウスの差配で、マキシマムは別の心配を口にした。


「彼女が強いと、おかしな噂が流れませんか?」

「……何も派手に戦えと言うわけじゃない。お前が危なくないように守ってやってくれと言っているのだ」

「そうです、マキ。オルタビウスの仰る通り」

「……俺よりも、先生を守って欲しいんだけど」


 マキシマムの依頼に、サクラは微笑む。


「もちろん、わたしは二人を守ります」


 彼女の言葉に、老人が笑う。


「男二人が情けないことだ」


 マキシマムも笑う。


 二人を見て、サクラも笑っていた。




-Maximum in the Ragnarok-




 夜。


 マキシマムとサクラを先に返したオルタビウスは、離宮の王を訪ねた。


 約束も何もなかったが、彼女はすぐに会うことを許可してくれた。


 王の書斎で待つオルタビウスは、湯上りの王がまだ髪を濡らしたまま現れた姿に恐縮したが、相手は「お前だから安心だ。お前が二十歳若かったら会わなかった」と冗談でからかい、オルタビウスは「今も現役です」と答えて王を笑わせる。


「マキシマムのことで報告がございます」


 オルタビウスは、王の子であるとわかっていても彼を「マキシマム」と呼ぶ。そこには悪意がなく、親しみからであるとイシュリーンにもわかる。またその呼び方こそ、彼女も望むものであった。イシュリーンは、自分への遠慮で、老人の我が子への態度が変わることを嫌っている。


 しかし杞憂だと、王は安堵して相手に話を促す。


「ケブゼの防衛を構築するに、私は現地に赴きます。それに、彼を伴います」

「……異民族との戦闘になるかもしれないから、わたしの耳に? いらぬ遠慮だ、オルタビウス。わたしは、お前に任せた時から、全てを完全に信用している。お前がマキシマムにすることに、いちいち口を出さない」

「ありがとうございます。ですが、私が陛下に報告しましたのは、別の意味がございます」

「何だ?」

「オルビアンの軍を再建すること、その指揮をマキシマムに任せようと思うこと」

「……聞かせて」


 イシュリーンはここで、ふわりと椅子に腰掛ける。ガウンの隙間から引き締まった脚がのぞき、オルタビウスは見まいと視線を伏せた。


「は……陛下、儂はいずれ、マキシマムには陛下の後を継いでほしいと考えています。これは彼に否定されておりますが、しかしグラミアを考えると、それが最も落ち着く王位継承であり、大陸西方諸国にとっても、均衡が保たれることと存じます」

「マキシマムが否定するのであれば、ならないのであろう?」

「は……今は、です。しかし、未来において、彼は一考するでしょう……それほど、マキシマムが考える世のあり方というのは、抜きんでいます」

「マキシマムが?」


 オルタビウスは、マキシマムが自分に話した内容を王に伝える。


 争いのない世界、お互いを尊重できる関係、しかしすぐには不可能であるとも考えている現実路線と、それでも諦めたくないという決意がそれであった。


「これまで彼が見聞きしたことで、彼は彼なりに考えを持っています。若者の青臭い夢物語と一笑するには重く、また彼の言には、その経験から質感を受け取ることができます。世間知らずが宣っているものとは別次元のものを感じます」

「それもあって、貴方と働きたいと言っていたのね?」


 イシュリーンの口調が、王ではなく、一人の女性になっていた。


 オルタビウスは頷く。


 ここで、扉が叩かれた。


 侍女が水を運んできたのだ。


 水差しと杯を置き、一礼をして辞した侍女が扉を閉じた直後、イシュリーンは自らの杯と、オルタビウスの杯に水を注ぐ。


 老人は一礼し水を受け取り、喉を潤した時、ひどく渇いていたことに気付いた。それで彼は、緊張していたことを思い出せた。


「この水も、運ぶ技術があるからだ」


 イシュリーンの言葉に、オルタビウスは頷き、言葉を紡ぐ。


「は……一人が一代で成したものではありません……世界の有り様も同じであると考えます……それはグラミア、陛下、彼にも言えることです。マキシマムは始める者になろうと考えています。そして私は、必ず彼がそうなるよう助けます」

「わかった。それにオルビアン軍の指揮がどう関係ある?」

「軍は狂気であることを知ってもらう。しかし、この時世において、軍でなければ守れぬものがあることも知ってもらう……戦いを嫌うのであれば、戦いに勝つ術を身につけた後に嫌うべきだとわかってもらう……戦いを否定するのであれば、戦いを挑まれた際に払い除けることができる力を得てもらう……その為に、グラミアは今、戦時でありますゆえ、軍務の中で、外交や経済、思想を学んで頂くのが良いと考えております。また、責任ある立場につかせることで、人を見る目、判断する力を養ってもらおうと思っております」

「……マキシマムは、部隊の指揮はしていたと耳にしている。それでは足りないか?」

「全体図を描くことをしておりません」

「……わかった。でも、改めて思う。意地が悪い言い方をするが、わたし達とオルビアンがアラゴラで戦った時、貴方が指揮官でなくて良かったと思う」

「……私が指揮官であったなら、オルビアンは負けていなかったでしょう」

「ふふふ……貴方をフェルドに行かせて、別の人間をアラゴラに向かわせる決定をした人に会うことがあれば感謝しましょう」


 過去、オルビアンがグラミアと戦争をしていた際、オルタビウスは海軍を率いてフェルド諸島にいたのである。それが、本国の危機とあって慌てて帰国した時には手遅れであった。この時、オルタビウスがフェルド諸島を中途半端な状態に捨て置いて帰国したから、現在のフェルド諸島の情勢があるといえた。


 老人は水を飲み、イシュリーンを窺う。


「陛下、次に、このオルビアンの軍をもって、ペルシアを破った異民族を駆逐しようと考えます」


 イシュリーンは目を丸くする。


 グラミア国軍でさえ、北で苦戦しているのにと表情に出た。


 オルタビウスは、胸をはり続ける。


「ペルシアの地では、未だ抵抗を続ける戦士が多数残っているとのこと。しかし彼らは組織を失い、分断されているがゆえに敗れ続けているとも難民からの情報でわかっております。ケブゼに出張り、異民族への備えをしつつペルシア人達を支援し、異民族を押し返すと共に、この南で得た戦力を、北に回す運びを取ることで、国家全体の戦力を回復させることが叶いましょう……またペルシアは、これで完全に異民族と対立します。ある程度、彼らが自力で戦えるまで回復すれば、グラミア南東の防衛は安心できますゆえ、本命の敵に戦力を集中できます」


 イシュリーンは計算する。


 たしかに、ペルシアは敗れたとはいえ、王家は未だ彼の地に残り戦っているが、いくつかの軍に分断されて連携が取れず防衛に徹している。そして彼の国の戦士達は、異民族の侵入が速かったことで組織としてのまとまりを断たれているが、本来の軍としての姿を取り戻すことができれば、強国ゆえに単独で抵抗は可能だと結んだ。


 そしてその時、ペルシア人を味方につけたグラミアは、彼らの支援を兵力という形で受けることができると期待する。また、ペルシアを支援することでオルビアンを中心とした都市国家群は、失われた軍を復活させる準備運動が取れると思った。


 イシュリーンは脚を組み、水の杯を首に当てて暑さを和らげながら微笑む。


「それを、マキシマムに伝えたか?」


 彼女の問いに、オルタビウスはかぶりを振る。


 イシュリーンは頷き、口を開いた。


「全て、貴方の考えの通りに動いてもらって大丈夫……わたしに許可を取る必要があることは遠慮なく言ってほしい。すぐに許可する」

「承知しました……では、失礼します」


 オルタビウスは席を立つ。


 彼は、イシュリーンの見送りを断り、室外に出ると廊下を進みながら思案していた。


 ペルシアを壊滅状態に追いやった異民族を、どうやって調べるか……


 彼はここで、過去のやり方を復活させようと決める。


 オルタビウスは、オルビアンの裏社会を利用しようと考えた。


 今はメヴィル家が最も栄えているが、次の作戦で他の組織を使うことで、裏社会も拮抗すると思える。


 老人は、力強い足取りで離宮を離れた。


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