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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
オルビアンの雷光―マキシマム・アビス―
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総督代理オルタビウス

 グラミア王国暦一三八年、夏。


 昨年の夏に始まったヴェルナ王国への異民族侵攻から一年が経とうとしている。大陸西方の各国にとって意外であるのは、この侵攻が未だ収まっていないことである。いや、一年前よりも状況が悪化していることだろう。


 しかし、グラミア王国は軍勢の多くをヴェルナ方面へと進出させ、異民族の西進を止めると、異民族に協力する北方騎士団領国にも圧力をかけ、戦況はほぼ互角となった。これからグラミア王国の逆転が始まるものと誰もが予感したのだが、現実には違う展開となることが明らかとなる。


 ペルシアが、異民族の侵入に耐えきれず、壊滅してしまったのだ。


 グラミアと同じく、宋人の避難先として多くの難民を受け入れていた彼の国であるが、難民受け入れの混乱を異民族側に突かれ、戦闘準備が整わないまま攻められた結果、誰もが驚くほどもろく敗れた。


 ペルシアは武の国で、政治的手腕を発揮する指導者が不足していたがゆえに、大量の難民が流入したことによって国内が乱れ、兵も物資も集まらなくなったという見方をする者がいるが、そう間違った意見ではない。


 ペルシア惨敗の報は、時間差で大陸西方の諸国に伝わる。


 最も早くこれを知ったのは、グラミア王国だ。


 グラミアは、オルビアンに次々と現れるペルシアからの難民船で、これを知ったのである。


 ここで、不幸中の幸いと言えるが、グラミア王国のオルビアンは宋人難民受け入れにある程度の成果を出しており、追加の難民が現れ始めた時、たしかに驚いたが混乱はしなかった。


 元老院議員と総督府を中心に、民間にも難民支援の動きが広まり始める。民間の協力は、難民達が荘園や農園、鉱山や開発現場で働くことにより、物価の安定と生産力の増大、そして消費増大による需要増が齎す経済への好影響が成されたことに関係していた。そしてこれを推し進めた元老院議員であり総督府主席補佐官のオルタビウス・アビスは、夏の選挙で大量の票を獲得し、元老院議員に当選すると共に、オルビアン総督代理の地位を得た。


 ロッシ公爵ムトゥがオルビアンを統治していたが、各国の代表を迎える王の補佐と、北で戦うグラミア軍後方支援に集中する為に、実権を信用できる者に移管させたいと考えた結果、王の許可をもって実行したのである。


 これでオルタビウスは、実質的な総督府の頂点となり、各閣僚を任命し、オルビアン統治の為に働き始めることになった。


 主席補佐官は秘書であったフィリポスである。これはキケが引退した為、順番でいけばという任命であったが、フィリポスを補佐官にしたほうがいいと考えるキケが引退を強行したというのは表に出ていない。


 報道官には元記者のアリスト。民間からの登用であり、反グラミア色が強い人物を報道官にした姿勢は周囲から不安がられたがオルタビウスは反論を一蹴している。これはオルビアンと周辺の衛星都市を安心させる為であり、報道官にアリストをつけることで、隠し事はしない、という意図を伝えたかったのだ。


 外交官には元老院議員で苦楽を共にしたフェリゴ・サッキ。老練な手腕の元議長であるが、実質的な格下げにもみえるこの人事に、フェリゴを支持する者達は憤った。しかしフェリゴ自身が彼らを説得し、オルタビウスの閣僚として働くことを望んだ


 財務官はピエトロ・ルメールという人物で、ロッシ公爵ムトゥが任命していた彼をオルタビウスが再任しており、総務官のティエリ・ピレスも同じである。


 オルビアン商工会の会頭は、オルビアンで最大の商会であるピルニー商会の長であるアウグスト・ピルニーが就いたのは、オルタビウスの難民支援に反対していた前会頭が引退し、代わりに支持をしていた者になったというわりやすい人事であった。


 軍務官は置かず、オルタビウス兼任となった。これはオルビアンにおいて、彼以上に軍指揮に長けた人物がいなかったこと、グラミア人を配置するとオルビアン市民の反感をかうことが理由である。また、実際はグラミア軍に頼るしかない現状で、オルビアン主導の軍事活動など発生するはずがないという事情もあった。


 こうして、グラミア王国統治下のオルビアンでは初の、オルビアン市民による統治が始まる。


 彼は同時期、養子を二人、迎えた。


 マキシマムという青年と、サクラという娘である。


 オルタビウスは二人に、アビス家を名乗ることを許した。


 


-Maximum in the Ragnarok-




「今日もまた多い……」


 港湾を取り仕切るメヴィル家のパラモアが、海を眺めて嘆いたのは、難民を乗せた船舶の数が多いからだ。ペルシアから海路と陸路で続々と到着するその数は、宋人達がやって来た頃の軽く倍はあるだろう。それでもオルビアンは、彼らを受け入れることを諦めない。


 荘園や農園の働き手として、または土木作業や開発事業の工員として、受け入れるだけ受け入れるつもりである。この資金は公共事業で、オルビアンの税金が使われている。もちろんそれだけでは不足で、グラミア本国からの補助金もあてられた。


 オルビアン市街地と、各衛星都市を結ぶ街道には、等間隔で避難民達の受け入れ先が設置され、新たな都市が育ち始めている。一気に膨れ上がった人口による物資消費は膨大であったが、これで経済は戦争中であるのに活性化し、作れば売れるという好循環を齎した。ただし、劇薬であるとオルタビウスにはわかっている。それでも、今はこの歯車を止めることはできないとばかりに、公庫を空にし、他所からかき集め、借りまくって事業を推進していた。


 都市債の発行は各国を驚かせたが、キアフ商人達を中心に買い手がつき始めると、各国の商会も負けじと金を出し始める。キアフの商人ばかりが、オルビアンへの影響力を強めることへの牽制だ。


 オルタビウスは、相手が誰であろうと金は金だと言い、諸外国からも融資を受けた。この独自色を諌めるグラミア人はいたが、大量の票を獲得したことで民意を得ていた老人は、誰からの批判にもたじろがない。


 実際、オルビアン市民の多くは、彼に親しみを抱いていたし、オルビアン市民でありながら、グラミアと堂々と渡り合い、オルビアンらしい政策を打ちだすオルタビウスに期待していた。


 こういうものを勘違いし、打倒グラミアの準備が成ったと都合のよい解釈をした、旧オルビアン統治時代の元執政官ユリウスが、オルタビウスに接近してきた。彼はこれまで何度もオルタビウスへの接近を試み、都度、断わられていたが、今度こそはと熱意と計画を手紙でオルタビウスに届け、自分がオルビアンに到着する日付と時刻まで伝えてきたのだが、このようなものを相手にする気のないオルタビウスは、ユリウスを捕えるようにと命令を部下に出している。


「過去、市民を見捨てて国外に亡命した卑怯な者が、俺を愚者の道に誘うべくやって来るという。ひっ捕らえてやろうと思う。過去の行いも含めてたっぷりと反省と後悔と謝罪をさせてやらねばならない」


 かくして、海を睨むパラモアの隣に、マキシマムが立っているのだ。


 パラモアは、驚くほどに美形の若者に問う。


「マキ、どれに乗っているのかわかるのか?」

「あちらから声をかけてくるでしょう。先生が、返事を書きました。俺が目印です」

「それで、おかしな格好をしているのか……」


 マキシマムは苦笑する。


 夏だというのに、冬の衣装をまとう彼は目立つ。外衣をまとっていないのは、さすがに暑いからであったが、厚手の上着だけでも十分に汗を誘う。


 薄着のサクラが口を開く。


「オルタビウス殿と同じくらいのご年齢でしたね?」

「うん……あ、パラモア、あちらの難民船が沈没しかけている。助けてもらえないか?」

「承知した。おい!」


 パラモアの声に、メヴィル家の男達が返事をして動く。彼らは小舟に飛び乗り、幾艘もの舟が、沈もうとする船へと接近を始めた。大量に浮かぶ船と船の距離が近く、海に慣れた男達でも難儀な活動であったが、大事な商品だと認識するメヴィル家の者達は文句を言わない。


 総督府から、人材斡旋料を受け取ることで、難民の働き口を紹介するという仕事を、メヴィル家は関連法人で行っているのだ。それは現在、とても大きな収入となっている。もちろん、表の仕事を紹介しているのだが、裏でもこっそりしていた。これに関してオルタビウスとメヴィル家は、本人の同意を得ているのであればお互いに干渉しないという取り決めをしていた。一方で、犯罪であるなら取り締まるとも両者は理解しているのだが、メヴィル家のほうはといえば、犯罪は明るみに出るまで犯罪ではないという考えがあり、勝手にやっていた。当然、これをオルタビウスやマキシマムはわかっているが、全ての不正を潰す気はなかった。


 オルタビウスは、これに関してマキシマムにこう話している。


「一〇〇人を救う為に、一〇人を犠牲にする判断ができる者にだけ、政治を行うことができる。しかし、一〇人を救う為に、自らが犠牲になるのであれば、話は別だが、それは政治家でない。聖人か、学者だ。犠牲を出すなと宣う者は、無責任で無関係な他人であり、一般市民であるなら許される主張だ」


 マキシマムは全てに納得をしているわけではないが、反感はない。


 立つ場所、位置で、人は意見を変えるものだともオルタビウスから教わっているからだ。かくいう彼自身も、自分は議員で行政側であるからこう言っていると前置きしていたし、立場が変われば今のような物言いをする自分を、政治家失格だと糾弾するだろうと笑った。


「マキ、あの男、お前を見ている」


 マキシマムはパラモアが言う男とは誰のことかと視線を彷徨わせ、少し遠目から自分達をまっすぐ見て、近づいてくる者達を視認した。


 オルタビウスから教わったユリウスの特徴と、先頭の男はよく似ていた。


「あれだ……サクラ、合図を出したら彼の護衛を倒してくれ」

「はい……殺しますか?」

「気絶させてやってくれ」

「はい」


 二人の会話にパラモアが口を挟む。


「危ないことを……怖いこわい」

「協力関係でいられる今を大事にしましょう」


 マキシマムの言葉に、彼女は真面目な顔で頷く。


 彼女の部下が、大きな声をあげた。


「お嬢! ペルシア人達が! 武器を取り上げるなと騒ぎます!」

「許可してやれ! 傭兵として斡旋してやればいい!」


 男が彼女の指示を、仲間達に伝えるべく大声を出す。


 メヴィル家の者達が、あちこちで野太い声をあげた。


 難民達の、嘆きや悲鳴が重なる。


 波の音が、それらの背後で微かに揺れている。


 マキシマムは笑みを浮かべて、近づいてくる男達に手を振った。


「マキ、宋人やペルシア人に紛れ込んで、よくない者達も入ってきているに違いないぞ」


 パラモアの提言に、マキシマムは頷いて応える。


「ええ……だから貴方達に斡旋を依頼しています。どこに行ったか、掴んでくれるでしょうから」

「……」

「でも、警備に人を増やさないといけないな。紹介してくれませんか?」

「いいぞ……たくさん、仕入れることができているからな」


 パラモアが、海の方向を眺めて言う。


 マキシマムは、警備に難民達を使うのかと笑い、海を見据える。


 夏の強い陽射しを反射する内海は、眩しいほどに輝いている。そして、波は高く、速かった。その海上を、何百という難民を乗せた船が漂っていた。


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