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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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マキシマム連隊

 山中の村は、狩人たちが暮らし始めたことが集落となり、やがて山の一部を切り開いた畑が作られ、人が増え、村へと成長していった。七十人程が暮らしていたその村を、ルキフォール公国軍の斥候が発見したことで、前衛部隊が後方の指揮官に確認を取らないまま、略奪を行ったのである。


 異国の地で、戦闘の連続で溜まった鬱憤を晴らそうというものだ。相手は武器も持たない村人である。いちいち上の指示を待たなくていいという軍規の弛みもあったのだろう。


 それを黒煙で知ったのが、マキシマムの連隊であった。


 彼らは進むのも困難な山道を急いで登り、悪天候のなかでもひるまず前進すると、略奪を終えて一休みを決め込んでいたルキフォール人達を発見する。


 マキシマム連隊の前衛を務めるガレス中隊一五〇は、即座に攻撃した。


「突っ込め!」


 ガレスが剣先を前方に向けて叫ぶ。


 兵達の抜剣と喚声が続き、彼らを掩護するべく放たれた矢は、兵達を追い越して村へと届いた。


 ルキフォール人達は殺戮の酔いも冷めた頃を襲われ、武器すら持っていなかった兵も多い。


 勝負は開始直後には決まっていた。


 ガレスは最初の攻撃で、ルキフォール公国軍兵を撃退していたが、燃える家屋や転がる死体に眉をひそめたまま、右手の剣を鞘に戻せないでいた。


 まだ息のある少女は半裸で地面に倒れており、顔は殴られ続けたせいで腫れあがっている。そして彼女の股から流れる血液と、口から漏れる嗚咽は止まらない。


 男は、壁に張り付けにされていた。身体にはいくつもの短剣が刺さっており、的当ての的にされていたと聞くまでもない。彼はそれでも生きていたが、とても助からないとひと目でわかる。


 ガレスは兵に、死体の回収と負傷者の救助を命じた。


 そして、後方の主力には、村に入るのを待つようにという指示を出そうとした。これは、あのマキシマムに、この惨状を見せたくないという気持ちがあるからだ。しかし、マキシマムはガレスの伝令が駆け出すよりも早く、姿を見せることになる。


 ガレスは上官を案じた。彼はマキシマムと再会し、何かしらふっきれるきっかけでも得ることができたのだろうかと思えていたが、村の状況を目の当たりにして、再び、弱さを見せる姿に戻ってしまうのではと危惧する。


 マキシマムは進み、部隊に周囲の策敵を命じながらガレスへと歩み寄る。その脇には、ギュネイの厳しい表情があった。赤い髪を雪で濡らした長身の男は「クズどもが」と吐き捨てていた。


「隊長……」


 声をかけたガレスに、マキシマムは頷きを返した。


「死体の回収、息のある者は助ける。敵はまだ近くにいるだろう。警戒を怠らないように」

「はい」


 返事をしたガレスは、同時に驚いてもいた。


 乱暴をされた少女が、痛々しい姿で運ばれて行くのをマキシマムは見たが、毅然としていたからだ。


「隊長、ロボスでもこういうことが?」


 ガレスの問いに、マキシマムは黒と銀の髪を手でかき上げながら答える。


「あったさ……それにこれは、ここやロボスだけじゃない。この世界の、いたるところで起きていることだ……戦があるかぎりね」

「……」

「戦をしろと叫ぶ奴らの性根は、これを見ても……同じ主張ができるほど腐っているかな? ま、どちらにせよ、俺達は戦うしかないわけだが……」


 マキシマムの言葉は、唇の片端を釣り上げるような笑みとともに為された。


 ガレスは、苦笑を返すことしかできない。


 ここで、策敵を目的に村の東側へと進出を始めた部隊のひとつが、空へと火球の魔法を放った。


 敵発見の合図であると、グラミア軍人であれば誰でもわかる。


「いたな」


 マキシマムが表情を消す。


「連隊長、よろしいか?」


 ギュネイの声で、マキシマムは副官へと視線を転じる。


「何か?」

「怪我人たちを見捨てる判断をするなら撤退が賢い。守るならば、部隊を散開させるのではなく、侵入経路を押さえて迎撃が賢い。どのように?」


 ギュネイは問いながら、その表情で後者を期待していることを指揮官に伝えていた。


 マキシマムは逡巡もせず答える。


「迎撃する」

「了解……伝令! 集まれ!」


 グラミア人達が慌ただしくなる。




-Maximum in the Ragnarok-




 南北に連なる山地のひとつ、名前もない山の山頂付近にある村は、東から入るのであれば三つの経路が存在している。そして、この村から西へは四つの経路となる。山道以外は草や岩、木々の密集が人の前進を阻む地形で、鹿でもなければ素早く動けるような場所ではない。また雪が降り始めたことで、難易度をさらに高めている。


 天候が悪影響を与えているのは山道も同じであるが、人が通過することを前提に設けられた道はマシだといえる。そのひとつ、三つの経路のうち、最も北側を担当するパイェは、二デールにも満たない幅の道を、自分達へと向かってくるルキフォール軍兵を見つけていた。


「たいした数じゃないな。味方が逃げ込んできたから応援で出て来た程度か!」


 彼はすぐさま伝令を遣わし、敵の規模をマキシマムに伝える。と同時に、迎撃の命令も下した。


 マキシマム連隊パイェ中隊から、弩の斉射が敵に向かって行われる。鋭い射出音の連なりが発せられた半瞬後、弓が放った矢が曲線で敵を襲う。前と上から矢に襲われて、ルキフォール人達は盾に隠れて進もうとしたが、やはり全てを防ぐのは無理であった。とくに弩の威力は、木製の盾など意味をなさないといわんばかりの威力で、盾を貫通した矢は、そのままルキフォール人達の身体に穴をあけ、血管をぶち破り、内臓をえぐる。


 ルキフォール人達は、一瞬で数名が倒れ、少し遅れて矢を受けた者達の悲鳴が連鎖となった。血生臭い悪臭が雪に吸われ、泥のような地面もまた熟れたトマトが潰れたように汚れていく。


 ルキフォール軍兵からも応戦が為される。


 矢と魔法の反撃に、パイェ中隊は盾と結界魔法で対抗する。そして、進むルキフォール人達の剣を、迎え撃つグラミア人達の剣が歓迎した。


 華々しい金属音と、鈍く重い衝撃音が、同時多発し戦を彩る。


 誰かの怒声が、別の誰かの悲鳴に重なる。


 ルキフォール語の罵りに、パイェ中隊の兵達はわざとボルニア語やペルシア語で応戦した。これは、簡単な罵り言葉を事前に学習していたからだ。


 パイェは敵と斬り結ぶほどの接近戦をしつつ、弩の装填を兵達にさせ、歩兵を後退させながら、弩兵を前に出す指揮を取る。すれ違うように前後の隊列が交代した直後、ルキフォール人達は眼前に弩が並んでいるのを見て、思わず前進を止めた。しかし、彼らの後方はまだ進んでいる。


 小さな混乱へと、グラミア人達の弩が矢を発射する。


 狭い道の上で、密集していた者達は逃げ場がない。


 吹き飛んだルキフォール人達の肉片を背に、グラミア人達は弩を構えつつ後退すると、再び歩兵が前に出た。


 グラミア軍歩兵の中でも、接近戦を目的とした突撃兵達は、動きやすさと破壊力を重視した装備で統一されている。その手には戦斧、長剣、棍棒など、一撃で人体を破壊できる武器が揃っていた。


 彼らは盾を持たない。


 敵に突っ込み、目の前の相手を倒した後は退くのだ。


 その役目通り、ルキフォール人達を血だるまにした突撃兵は、素早く後退して再び盾をそろえる歩兵達とすれ違うように後方に移る。


 パイェの指示で、弓矢が放たれる。


 悪天候ゆえに視界が悪く、矢の音も降りしきる雪と戦闘音で消された。


 ルキフォール人達は、考えなしの突撃を改め後退を始める。


「よし! 弩を放て! 魔導士は攻撃魔法に切り替え! 突撃兵! 追撃!」


 パイェは、一気に敵を崩す好機とみた。


 彼は士官学校を出ておらず、部隊の指揮など執ったこともなかったが、戦闘は何度も参加しており、指揮官達の指揮を見て感じて知って、覚えていた。


 彼は、真似から入ったのである。




-Maximum in the Ragnarok-




 ギュネイの実力は誰も知らない。


 彼の部下達は、元気なおっさんがいるもんだという感覚で彼の下についている。現実、彼はもう若くない。自分でも、昔のほうが強かったという自覚がある。だが、確実に違うことがあると知っていた。


 過去のギュネイは、人を斬ることができなかった。


 しかし今の彼は、人を斬ることにためらいがない。


 彼は魔剣を抜き放った。それは、友人であった頃のレニン・シェスターが、彼の為に鍛えて魔力を込めた一本の長剣である。銘を吹雪姫(ブリュンヒルド)という。斬れ味はもちろん、刃こぼれを全くしない剣である以上に、その恐ろしさは、召喚された者達こそ味わう類のものであるが、今は人間がその刃の餌食となった。


 彼は三つの経路の真ん中で、一〇〇人の兵達を率いて待ち受けていた。そして、その目に接近してくる敵が映るや否や、駆け足となり、叫んでいる。


「俺に結界魔法を! 矢を放ち続けろ!」


 兵達は従う。そして、歩兵達は彼に遅れるなとばかりに前進を開始した。しかし、それよりも疾走するギュネイが速い。


 彼は瞬く間にルキフォール人達に接近すると、驚く敵の一人を、一撃で屠った。冑ごと頭蓋を断ち切った一閃は、抜き取る動作の延長でさらに一閃される。頭を割られた男の隣では、斬撃を浴びたルキフォール人の右脚と右腕が同時に斬り飛ばされ、長剣が宙を舞った。


 悲鳴があがるよりも早く、ギュネイの魔剣がさらに敵を襲う。


 彼は二人目を斬り飛ばした斬撃を、さらに連動させて、長剣で半円を描いた。その軌道は、一度で二人の頭部を切断していた。血の噴水が首無し死体から噴きあがり、膝から崩れるように倒れた身体は、びくびくと波打つ。


 また彼の強さは剣技だけではない。


 ギュネイは魔剣で敵を攻撃しつつ、その動きの中で、身体をわざと敵にぶつけることで相手の体勢を崩し、自らの体勢を保つことと次の動作への勢いを得ている。それは彼一人が、違う次元の存在かのように素早く、力強く周囲には映る。


 ルキフォール人達は脅えた。


 味方が逃げ帰ってきて、敵だと喚くものだから、応援だと駆け付けてくれば、魔獣のような男が襲って来たではないかといろめいた。


 その彼らに矢が到来する。


 鋼の雨が雪に混じり、ルキフォール人達をうつ。


 バタバタと倒れた味方を見て、後方のルキフォール軍兵が援護しようと前に急ぐ。


 前にいた者達は、ギュネイから逃れようと懸命に後退する。


 狭い道の上で、ルキフォール人同士がもみあった。


 そこに、ギュネイを先頭にしたグラミア人達が殺到する。兵達は皆、自分達の指揮官が滅茶苦茶に強いとわかって興奮と驚愕で紅潮していた。


「死ね!」


 ギュネイは、ゴーダ語で怒鳴る。


 逃げる敵を背後から、その胴を真横に斬った。鋼すら紙のように斬った吹雪姫ブリュンヒルドによって、斬られた兵士はへそのあたりで左右にずれる。上半身の内臓が、重力によって地面へと引きずりだされ、血液と肉片の汚物が泥と混じり合った。


「ひぃいいい!」

「逃げろ! 逃げろぉ!」


 ルキフォール人達の悲鳴。


「逃げるな! まだ殺されてねぇだろうが!」


 追うギュネイの怒声。


 グラミア人達は、恐ろしく強いゴーダ人に続けと、逃げるルキフォール人達を斬りまくった。




-Maximum in the Ragnarok-




 残るひとつの経路では、エフロヴィネがヒッタイト人達を率いてルキフォール人達を待ち受けていた。彼女は表情ひとつ変えず、呪文の詠唱もしないまま、強力な魔法を発動させる。


 それはルキフォール人達が、まだエフロヴィネの部隊を発見する前に行われていた。


 彼女は、斥候から敵の位置と速度を掴み、その合図で魔法を放ったのである。


 哭炎(ソロン)という魔法は、現時点において、国際法で使用を認められた魔法の中で最も破壊力が強い。しかし発動できる術者が限られており、人間には無理だとされていた。


 精神力を大量に消耗することが、その理由である。これを最後に使ったのは、大陸西方で大戦争を巻き起こした大魔導士クトゥールまで遡る。


 ルキフォール人達は、敵が見えてきたと戦闘隊形を取ろうとした。


 直後、突然、自分達の頭上が真っ暗になったと感じた。


 誰もが、何事だろうかと空を見上げる。彼らは、雪を降らす雲が厚くなったから暗くなったと勘違いをしていた。


 ルキフォール人達は、のたうつ巨大な蛇のようなものを見た。


 魔導士の誰かが、咄嗟に結界魔法を張ろうとしたが、間に合わなかった。


 のたうつ巨大な蛇のようなものは、黒い炎だった。


 それは、人間達を包み込むように地上へと舞い降り、渦を巻き、爆発した。数千度の炎が、その瞬間に色付き紅蓮となる。だがそれは美しさとは真逆の、毒々しく惨たらしい光景である。


 哭炎(ソロン)は爆発した後に方々へと四散しながら、焼き尽くした人間達の黒焦げ死体をばらまいた。いくつもが空中で崩れ、灰となり、雪に紛れて斑となった。


 複数の部隊が一瞬で、一撃で消されたルキフォール人達は、一〇〇を超す味方の無残な最期に戦意を喪失して撤退を選んだ。


 いや、逃げ出したのである。


 エフロヴィネは部下達に「追いなさい」と伝え、自らは村へと歩んだ。


 彼女は美しい金髪を指で梳きながら、村の入り口で待機するマキシマム直下の中隊に、指揮官の居場所を尋ねた。


「この奥、燃えていない家屋に」

「わかった」


 エフロヴィネは進みながら、生き残った住民達は一〇人ほどだと感じた。皆が、兵士によって手当てを受けているが、彼らとて専門医ではなく、応急処置というものが正しい。


 すぐにブロクブリエに送ったほうがいいと、エフロヴィネは考え、そう提言しようと決めた。


 マキシマムがいた。


 彼は、嗚咽する少女の隣に膝をつき、優しい声色と表情で宥めていた。


「お母さん……お父さぁん……」


 少女はボルニア語で繰り返す。涙と鼻水と血で、その顔は汚れていたが、マキシマムは清潔な布で彼女の顔をぬぐいながら、水で溶いた消毒剤を彼女の顔の傷に塗る。


 エフロヴィネは、少女の両親を殺し、彼女を犯したルキフォール人を、切り刻んでやればよかったと後悔した。魔法で殺してしまっては、懺悔すらさせることができないと怒りを増す。


 マキシマムは、少女の隣から、苦しむ老人の横へと移動すると、その折れた腕を診る。


 そこに、エフロヴィネが近づいた。


「連隊長」

「? 終わったか?」

「わたしのほうは……部隊の指揮をしなくていいのか?」

「危なかったら伝令が駆け付けてくる」

「……そういう問題ではないと思うが?」

「兵達を交代で戦わせる。それに、彼らをブロクブリエに送らないと」


 マキシマムが言い、視線を転じる。


 エフロヴィネも、その方向を見た。


 呻く住人達が、幾人もいる。


「もう少し、時間を稼がないといけない」


 マキシマムの言葉に、エフロヴィネは自然と微笑みを返す。


「わかった。今は敵が油断している。だが、こちらがある程度の規模と組織であると敵もわかっただろう。次は準備をしてくるだろう」

「ああ……大丈夫。カス共に負ける気はないから」


 エフロヴィネから見て、そう言ったマキシマムの顔は、ある男によく似ていた。


 彼女は過去、まだグラミアとヒッタイト人が今のような関係ではなかった時期、グラミアの使者だという王補佐官と会った。そして、それがあるから彼女はグラミアと協力関係を築こうと同胞を説得し、今はリュゼに住んでいる。


 彼女からみて、マキシマムが見せた顔は、王補佐官が戦う前に見せていた顔に似ていたのだ。


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