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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
僕達は諦めない。
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再会

 テラの町があった場所には、グラミア国軍の一個連隊六〇〇と、ロッシ公爵軍の一個連隊四〇〇が留まっており、一〇〇〇人の人間が瓦礫撤去や運搬、遺体の回収と埋葬を粛々と行われている。


 一連の騒動が収まってから半月が経つ。


 しかし、テラの町はまだまだ瓦礫だらけ、遺体だらけである。


 ベアス伯爵家がグラミア軍と休戦した後、テッザ伯爵家と共に事件の調査を行っているが、そこには真相究明すべしという意図はあまりない。ベアス伯爵家内の対立を緩和する期間を設けるという意図が強かった。


 そうであるから、当然ながら調査は進んでいない。


 それは、このテラと同じだという感想をマキシマムは得ている。


「ロボス島が温暖でよかった。もうじき冬だよ……雪がきたらとんでもなかった」


 マキシマムの独り言に反応したのは、彼の隣で書類の代筆を行っているサムエルだ。


「私、まだ雪を見たことがないんです」

「そうか……ロボスから出たことがないんだ?」

「ええ……」


 二人は連隊本営の指揮所にいる。


 旧代官館の庭だ。


 建物は健在であるから使用は可能だが、ララとモルデールを監禁している建物へと指揮所を移したくないマキシマムが庭に置いたままにしていた。


 手早く書類を作成したサムエルが、署名を求めようとマキシマムに筆を手渡す。


 マキシマムは、名前を記して書類を二つ折りにし、封筒に入れた。


 蝋をたっぷりと垂らし、印を押し付けながら彼が言う。


「君さえよければ、グラミアの国軍に正式に雇われないか?」

「……いいんですか?」


 サムエルは願ってもない好機に笑みをこぼしている。


「働きぶりは真面目だし、何よりグラミア語が上手だ。他の言語は?」

「スーザ語とペルシア語は大丈夫です……アルメニア語は勉強中で」

「君がロボス人であっても、そういう教育を受けることができたテッザ領は進んでいるんだね?」

「私の両親がお屋敷で働いていまして、私も小さい頃からそうしてました……グラミアの人達は、働く子供に親切でいろいろと教えてくれ、勉強に興味があるとみてくれて、グラミア人と一緒に学校に通うことができました」


 サムエルの言は、感謝を述べつつ事実を発している。


 テッザ伯爵領は決してロボス人を平等に扱っているわけではなく、自分は運が良いだけだったということである。


「まぁ、でもそれができたのは君の人柄だろうね」


 マキシマムの褒め言葉に、サムエルは書類の入った封筒を照れながら受け取り、オルビアン行きと印をつけられた木箱に入れた。木箱ごとに発送先が違うのだ。


 ここで指揮所に、リチャードが姿を見せる。彼は一人の兵士を伴っていて、その兵士は軍装から伝令だとマキシマムにはわかった。


 テッザのジャキリ連隊長からだなと、腰を浮かして伝令を迎えたマキシマムに、伝令は敬礼後、命令を伝えた。


「ジャキリ連隊長からです。テラの件、連隊長管轄になります。同時に、マキシマム隊長は同盟国に派遣される援軍に加われとのこと」

「……やりすぎて離されるのか」


 マキシマムが不安を口にしたのを見て、伝令は苦笑する。彼からみて、この若い指揮官は、一連の騒動の中で主役であったなどと今でも信じられないくらいに穏やかな人物だと思えた。だからあえて口を開くのである。


「違うでしょう……私はこの命令を受ける際、連隊長は誇らし気にしておられましたから」

「だといいけどね」

「テッザに一度、お戻りください。連隊長への引き継ぎと、次の派遣先がそこで伝えられます」

「承知した」


 マキシマムが頷き、リチャードに言う。


「短い間だったけど、助かったよ」

「いえ、隊長と一緒に働けて幸運でした。どこに行くかはお楽しみですね……飲み、行けずじまいは残念です」

「……ありがとう。サムエル」

「はい……」


 サムエルは、グラミア軍に長期雇用されるという誘いが消えてしまったと思って意気消沈している。


 マキシマムは、相手がそう思っているだろうと察して続けた。


「君もテッザに。リチャード、彼は連れていくよ」

「個人で雇われるので?」

「グラミアで正式に決まるまで、そうするつもりだ。サムエル、少し我慢してくれ」


 サムエルは、マキシマムの笑みに大きく頷いていた。




-Maximum in the Ragnarok-




 テッザから船で北上すること二日、そこから陸地を移動すること二〇日。


 南部諸国のグリス半島共和国とロンバルト王国を抜けた先が、マキシマムにとって三カ国目の外国であった。


 ボルニア公国。


 スーザ帝国との戦いにおいて、最前線に立つこの公国には、南部諸国同盟の各国から派遣された軍勢が展開している。


 ラーベ王国軍二〇〇〇。

 ロンバルト王国軍一〇〇〇。

 グリス半島共和国軍一五〇〇。

 レディナ王国軍一〇〇〇。


 後方支援の部隊をここに加えると、一万人を超える軍勢がボルニア公国に集結していた。そこに、グラミア王国は国軍の派遣を決定しているが、軍装を偽り、傭兵達であるかのように振舞っている。


 それは、戦う相手がスーザ帝国の南部方面軍だからだ。


 グラミアとスーザ帝国は休戦中である。


 しかし、スーザ帝国と南部諸国は交戦中なのである。


 南部諸国と同盟関係にあるグラミアは、グリス半島共和国から秘密裏に支援を請われ、承諾したのだった。


 戦費はグリス半島共和国負担ということで、グラミア軍一個連隊六〇〇が、傭兵の集まりであるかのような編制でボルニア公国に到着したのは、マキシマムがボルニア公国に入った一〇日後のことである。


 グラミア王国暦一三六年。


 秋が去り、冬が到来している。




-Maximum in the Ragnarok-




 ボルニア公国の国都ニーシェは、城塞都市として有名である。三万人が暮らす市街地は二重の城壁に守られていた。小高い山に城を築いた初代公王が、その周辺を城下町にしたのがこの都市の発端である。外から見れば、高い城壁の内側は中心に向かって高くなっており、最も高い場所、もとは山頂付近であったであろうところがボルニア公国の公王が住まう城なのだ。


 ニーシェの外は農場が広がっており、周辺の山々がさらにニーシェ圏を守る自然の城壁となって外部からの侵入を困難なものにしている。


 マキシマムがグラミア軍と合流したのは、山々の外側に点在する町のひとつ、ブロクブリエだった。一〇〇〇人ほどが暮らす町に、大勢の外国人が傭兵として現れたとあって町の人々は不安がったが、不思議なことに、この傭兵達は乱暴を働くでもなく、まるでどこかの正規軍のように規律が取れていると噂し合った。


 これを受けて、少しはハメを外すようにという指示を出したマキシマムは、知り合いが集まったことに自然な笑みをつくることができていた。


「パイェがいてくれてよかったよ」

「……隊長、俺は?」

「ガレスのこともありがたいと思ってるよ」


 ヴェルナで一緒に行動していた、ガレスとパイェである。


 二人はヴェルナにいたが、上官からの命令で渋々とボルニア派遣を受け入れたが、隊長格に出世とあって歓喜した。そしてボルニアに来てみれば、マキシマムが連隊長だというのでさらに喜んでいる。


「フェルド諸島で童貞は捨てましたか?」


 ガレスのからかいに反応したのは、マキシマムの隣にいるサムエルだった。


「隊長は童貞のままですよ」

「サムエル!」

「マキ……じゃなかった。隊長は威厳を保たないとね」


 マキシマムにこう言ったのはギュネイである。


 彼はグラミア軍の士官として雇われ、マキシマムの副官という立場を得ていた。ベルベットからの頼みを彼が受け入れたからである。


 アルメニアから転送魔法で帰ってきたベルベットは、マキシマムの件を聞き、彼を案じた。それで彼女はギュネイに、マキシマムを近くで守ってくれと頼んだ。彼女がこれを彼に依頼したのは、マキシマムがまだフェルド諸島のロボスに赴任した直後のことである。


 ギュネイはそれで、推薦状をもってキアフ王宮を訪ねたが、大国の立派な王宮を前に、いくらベルベットの推薦とはいえ、容易ではないだろうと諦めていた。


 しかし、彼は本当に、簡単に、グラミア軍に雇われた。そして命令があるまでは待機と言われ、ラベッシで過ごしていると、ボルニア公国でマキシマムの副官を務めろと言われたのだ。


 このボルニア派遣の軍を組織したのは、王の相談役であるゲオルグである。


 彼は王に相談し、また息子であるムトゥからの報告もあり、軍務卿のハンニバルと協議した後に、ボルニア派遣を『マキシマムが学ぶ場』にしたのだ。それは、ロボス島でマキシマムがしたことが大きく関係している。ゲオルグもハンニバルも、またマルームもアルキームも、ムトゥからあがってきた報告で悩んだ。


『若君はやはり陛下のご子息である。大事に慎重に道を進んで頂くべきだと考える。ロボスは落ち着いた。他でご経験を積んで頂くことが(りょう)と思われる』


 このような報告をされた一同は、グリス半島共和国から請われていた救援の件が良いと満場一致で決めた。


 これは、ゲオルグやハンニバル、マルームもアルキームも、イシュリーンの後は若君だという認識があったからだ。王はああは言っているし、アルメニアから王族を招く。しかしそれはあくまでも繋ぎで、時期がくればという予感を抱いていたのである。またそれこそ、彼らが心から賛成できる継承であった。


 この件に関して、一同はリュゼ公爵ナルに意見を求めたが、自分は口を挟まないと言われてしまった。


『グラミアの国は、グラミア人のものだ。俺のような、なんちゃってじゃなく、貴方達が紡いできた歴史と文化があるはずだ。自分が口を出すのは相応しくない。自分は、この国を守るためだけに存在している』


 これがリュゼ公爵ナルの主張で、では、と王の側近達は動いたのである。


 臣下達の配慮や意図を、イシュリーンは単純に、マキシマムが苦労しないように気を配ってくれたという感謝で止めていた。ゆえにこれを許可しているが、王と近しい側近達の微かな認識のずれは、間違いなく存在している。


 これがどう影響するか、当時の彼らにはわからない。


 当事者の中心であるマキシマムですら、知るはずもなかった。


 そもそも彼はこの時、自分はラベッシ村の代官の息子という自覚なのである。彼は、父親はリュゼ公爵と同じ名前を運よくもつナルという男で、その妻であり自分の母親は優しく厳しいアブリルという女性だという認識でしかない。


 大人達の都合と事情と意向で、ロボス島からボルニア公国へとやってきたマキシマムは、ジャキリ連隊長の言葉が今回の異動の理由だと信じていた。


『お前の功を上層部は認めたが、独断専行の部分もまた見受けられる。だが悪いことではない。瞬時に判断をし、行動することは軍を率いるには重要なことだ。次の派遣先はボルニアだ。各国の軍勢もあり、情勢の複雑さはロボスと比べものにならない。そこで学び吸収するようにというのが、上の意向である』


 ジェキリは、オルビアンは微妙なゆえ離しておいたほうがいいという部分は知らされていない。


 こうしてボルニアの地を踏んだマキシマムと、彼を中心に笑い合う男達を見て、ガレスとパイェの同僚で、マキシマムにとって初対面となる隊長格の女性が無表情で言う。


「そのような弛んだ空気では死にますよ」


 エフロヴィネというヒッタイト人の女性士官は、ボルニアには同胞が暮らしていることから、人を集めて志願し、グラミア軍に加わっている。所属はもともとリュゼ公爵軍であったので、彼女のグラミア語はヒッタイト人のものとリュゼ地方の訛りが混じっていた。


 ヒッタイト人は、グラミアが神聖スーザ帝国との戦争中、グラミアと手を結んだ。それまでは対立していたとマキシマムは歴史の授業で習ったことがあるが詳しくは知らない。それよりも彼にとって重要なのは、ヒッタイト人は皆、魔導士であることだ。


 ボルニアに派遣されたヒッタイト人の数は一〇〇人を超えているが、全て魔導士なのである。


 彼ら彼女らは、その特殊な外見――見た目の個体差が限りなくないことから、他民族からみて誰が誰なのかわからないという面倒と、年齢を取らないと思われるほど若い外見が維持され、さらに長生きなこと。そしてヒッタイト人特有の長く伸びた耳のせいで、過去から現在において各国では差別の対象とされているが、グラミアでは、共に戦った仲間ということから、グラミアで暮らす民族のひとつという認識で落ち着いていた。


 マキシマムが照れ笑いをし、彼女に謝罪したところで本題に移った。


「ボルニアはこの数年で大きく国土を帝国に浸食されており、帝国と、帝国の属国であるルキフォール公国の攻勢に押され続けている。これはルキフォール公国が東から侵攻し、帝国が西と北から侵攻することで、南部同盟は防衛線を維持できなくなってきたことが大きいと聞いた。我々はまずルキフォール公国の軍勢を防ぐ役目だ」


 彼が地図を卓上に広げる。


 その横顔を、ギュネイは見ていた。


「隊長、一人前の顔つきになったな」


 彼の言葉に、一同は笑う。


 エフロヴィネは、苦笑であった。


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