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マキシマム・イン・ラグナロク  作者: サイベリアンと暮らしたいビーグル犬のぽん太さん
オルビアンの雷光―マキシマム・アビス―
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優しさ

 メルシーヌの酒場は賑わっている。兵士達が休息を得て、ここで食事と酒にありついているからだ。何軒かの店は全て満員で、マキシマム、パイェ、サムエル、エフロヴィネは店員の親切で店の端に席を用意してもらうことで、ようやく座ることができた。


 オルビアンから届く物資以上に、サムエルがやって来たことをマキシマムは喜んだ。移民登録希望のサムエルは、グラミア軍に雇われており、三年が経てばグラミア国籍を得ることができるのだが、その手配はフェルド諸島赴任時にマキシマムがしているので、同席している皆はそのあたりの事情に明るかった。


 スズキの香草焼き、アヒルの丸焼きと、この調理の際に取り出した内臓を野菜と一緒に煮込んだもの、酒が運ばれたところでパイェがサムエルに先輩面を見せる。


「俺はもう国籍をもらったから、お前もきっと大丈夫だよ」

「だといいんですが……マキシマムと合流したことでいやぁな予感がします」

「のわりには、嬉しそうなくせに」


 マキシマムがからかわれたお返しをしたところで、エフロヴィネがスズキの身をほぐしながら口を開く。


「海の食べ物にも慣れた……何事も慣れだろうね」

「もともとは食べないので?」


 サムエルの問いに、彼女は美しい顔を微笑ませる。


「山奥にいたからね……食べないというより、食べられなかった」

「一〇〇〇年以上も?」


 マキシマムの問いに、彼女は頷く。


「不思議なことに、自分が慣れた環境から飛び出すのはとても勇気がいるが、飛び出してしまえば、こんなものかと思えるもの……ベルのおかげでリュゼに行き、ナル殿のせいで南部諸国に入って、マキシマムのせいで今はペルシアだ」

「俺のせい!?」


 マキシマムがおどけて、エフロヴィネが笑う。


 パイェは、その美しい表情に見惚れたが、ガレスがいないので誰も指摘しない。彼は今、エフロヴィネと入れ替わるようにケブゼに入っている。


「マキシマムはサクラとどこで出会ったので?」


 サムエルの問いに、マキシマムが複雑な表情を作るが、戦友たちに嘘はつけないと端折りながらも説明する。それは、サクラが本当は敵であったが、ある事をきっかけに、マキシマムを主人と認めて行動を共にするようになったというものだ。


 一同は驚き、だが馬鹿強いサクラが今は味方で良かったという共通の感想をそれぞれの言葉で口にした。


「アヒル、うまい……酒、追加を頼むか?」


 マキシマムが彼女の話は終わりだとこれで示し、パイェが店員を呼んだところで話題が変わる。いや、サクラに関してだが、二人はただの主人と従者でしかないのかという疑問がエフロヴィネから為された。


「お前達は恋仲ではないのか?」


 アヒルの身を口から吐きだしたマキシマムが咳込み、サムエルが「汚いなぁ」と呟きながら布巾で卓上を掃除した。


「ゴホ! ゴホゴホ……そういう疑いはもう仕方ないものと諦めていますが、違いますよ」

「にしては、近いぞ」

「エフロヴィネ、酔った?」


 パイェの問いに、彼女は頷きながらも口では否定する。


「まだそうでもない。実際、どうなのか? いや、責めてなんかいない。わたしも過去、ヒッタイト人ではない男性と愛しあっていた……」

「どこの国の人?」


 サムエルの問いに、彼女は苦笑する。


「もう滅びた国だ。彼の名前は、クトゥールといえば、知っているか?」


 知っている、だけでは足りない名前だ。


 邪神クトゥールといえば、過去、大陸西方諸国を巻き込んだ大戦を起こした大魔導士で、亜人種と呼ばれて蔑まれていた人々を率いて解放を目的とした争いの渦中にいた人物だ。今では、子供の名前にクトゥールとつけるのは禁忌とされているほどで、その名に比べれば、ヴラドなど可愛い名前である。


 マキシマムが運ばれてきた酒の壺を受け取り、皆に注ぎながら口を開いた。


「エフロヴィネは、それを俺達に言ったように、他の奴らには言わないほうがいいだろう」

「お前達だから話した。マキシマムが隠し事をしなかったように、わたしもしない。おかしいか?」


 パイェが酒を飲み、腕で口をぬぐい答える。


「マキシマムはまだ隠し事をしている! どこで、誰と、やった?」


 皆に名前で呼ばれて嬉しいマキシマムは、友人になれたかな? と思いながら口を開いた。


「恋人ができた……」

「ほう」


 エフロヴィネが目を見開き、次に艶のある表情となって尋ねる。


「それで、サクラがいつも一緒にいるが手を出さないと?」

「……それとは少し違う……話したように、彼女は俺達と違う。いや、仲間だと思っているし、大事な人だが、彼女は女性の姿をしているけど、女性ではないんだ」

「兵器、という言葉を使っていたが、本当に?」


 エフロヴィネの問いに、サムエルが続く。


「人の身体をしているけど、人じゃないっていうことですよね?」

「簡単にいえば、そうだ。異民族の岳飛虎崇ガクヒコスウが召喚魔法で化け物の軍団を呼び出しているけど、わかりやすくいえばそれに近い。でも、そういう奴らと彼女は違う。意思疎通ができるし、俺の味方だし……」


 パイェが煮込んだ内臓の、心臓の部分を味わいながらマキシマムに言う。


「ま、頼もしく可愛らしい味方ってことですね?」

「そうだ……な。そうだ。最近はとても感情を出すようになったし……俺はいつか、彼女が人、というのはおこがましいけど、彼女が普通に暮らせるようになればと……」

「マキシマムは苦労しますよ」


 サムエルが言い、酒を飲む。彼は自分への、彼の親切を受けているから余計に思う。


 マキシマムは、関わった人達への想いが強いのだ、と。


 だが、そういうものは宝石のようにありがたがられるべき価値観だとも感じた。


 サムエルは、酔いにまかせて思うところを口にし始めた。


「俺は……マキシマムと知り合えてよかったと思っています。マキシマムじゃなかったら、フェルド諸島から出ようなんて思ってなかっただろうし、今もこうして、前線に近いメルシーヌまで物資を届ける部隊に参加なんてしなかったと思う。パイェに比べて短い付き合いかもしれないけど、でもそう思うのは、一緒でしょ?」


 サムエルに見られてパイェは笑う。


「一緒だけど、修正しよう。マキシマムは放っておくとどこかで倒れていそうだからな!」

「俺より弱いくせに!」

「あ! 偉そうに! 童貞を捨てて生意気になった!」

「やめろ、二人とも! 酒をかけあうな! もったいない!」


 エフロヴィネが叱ったところで、四人は一斉に笑いあう。


 そこに、店員の娘が酒の壺を運んできた。


「え? 頼んでないけど」


 パイェの疑問に、娘は隣の席を眺めながら答える。


「こちらのお客様が、この卓にと」


 見れば、老人が酒の杯を掲げていた。


 彼は立ちあがり、賑やかな店内に響き渡る声を発する。酔ってふらついているが、声はしっかりとしていた。


雷帝マキシマムに! 祖国を取り戻す同胞に! 味方してくださるグラミアに!」


 マキシマムの名前を大声で呼んでいたので、聞かれていたなとエフロヴィネが苦笑しつつ、彼の人気に感心する。


 店の客達が立ちは上がりはじめ、中には兵士達も多くいた。


 彼らが揃って杯を掲げ、マキシマムもそうした。


 大勢が、一斉に叫ぶ。


「グラミアと雷帝マキシマムに!」


 マキシマムは、一呼吸おいて声を発した。


「ペルシアに!」


 全員が、杯を空にし、握手と抱擁を交わす。




-Maximum in the Ragnarok-




 エフロヴィネは深夜、酒場の火照りを夜風にあたりながら冷まそうと徒歩で代官館に入った。そこはグラミア王国オルビアン軍本部が置かれており、彼女はオルタビウスを訪ねた。


 彼は、土産の酒を渡すと上機嫌だった。


 室内には、オルタビウスの仕事を手伝うサクラがいて、彼が署名をした書類を封筒に入れて、蝋で印を押している。


「サクラも飲めるか?」


 エフロヴィネの問いに、彼女は首を左右にふる。


「わたしには必要ありません」

「珍しい断りだ」


 ヒッタイト人女性は笑い、オルタビウスに招かれて席につく。対面にこしかけた老人は、酒の壺を杯に注ぎ、彼女にも杯を渡した。


「つきあえ。ヒッタイト人は美形揃いだからアテの代わりだ」

「お前達のいう美しい、醜いの違いはどこからくるのか?」

「顔のつくりだ……ま、気にするな」

「顔のつくりで区別するのは不思議な習慣だ」


 エフロヴィネが酒に付き合い、酔いを醒ましたところなのにと呟いた。そして目の前で美味そうに酒を飲む老人に、目的をぶつける。


「マキシマムを、英雄にしようとしているな?」

「そう感じなかったら訂正しているところだ」

「どうしてだ?」

「お前はリュゼにいたな?」

「……隠し事は無しにしよう。わたしは補佐官殿と付き合いがあり、リュゼにいたのはお前が知る通りだ。そもそも、わたしがリュゼに入ったのは、補佐官殿とベルのせいでもあるが……おかげでヒッタイトは可能性を増すことができた。あのままでは、今はもう暮らせぬだろう。東方から入ってくる者達の数が多すぎる」

「リュゼ公爵ナル……の秘密を知っているか?」

「いくつも知っているよ……」


 彼女は苦笑し、彼の周囲がナルをからかう時に使う言葉を羅列する。


「弱い、我儘、向こう見ず、スケベ……だが、わたしは彼を信頼しているし、彼もわたしを認めてくれている。シュケルを倒した戦いで共に戦った戦友でもある……そして、マキシマムのことがあったから、わたしは南部諸国に入った経緯もある。と言えば、伝わるかな? オルタビウス、知っているな?」


 エフロヴィネの読みに、老人は悪い笑みを浮かべる。


「くっくく……なるほど。それで心配しているのだな?」

「わたしにしてみれば、小さな頃から知っている子だ……彼は覚えていないだろうが、幾度かラベッシ村に行った時、赤子だった彼を抱いている。二人の髪の色が美しい色合いで、瞳はお母上のように輝いていた……そんな子と南部諸国のボルニアで再会し、いろいろと思うところがあるから今回も協力を申し出たが、オルタビウスの意図が、ナル殿の考えるものと一致しないのであれば、釘をさしておこうと思ってこうして来た」

「安心しろ、とは言わないが、俺も彼を大事に想っているところではお前と一緒だ」

「大事に?」


 エフロヴィネが杯を空にし、壺を手にする。彼女では、片手で持つと少し重いが、自らの杯とオルタビウスの杯におかわりを注いだことで、随分と軽くなった。


 彼女はオルタビウスの発言を待つ。


 老人は、失った左手を眺めながら言う。


「俺は息子を失い、左手を失ったが、まだ守らねばならないものがある。その核は、我々の未来だ……この西方諸国の人々、東方から侵入してくるいくつもの部族の者達……皆の未来が、現在の我々にかかっていると思う。そして、俺は未来において何が正しいかなどわかるはずもないが、ひとつ、確信していることがある……マキシマムのような若者が、進む未来はきっと優しい」


 エフロヴィネは瞬きし、次に微笑む。


 オルタビウスは笑みを見せ、口を開く。


「その表情、いいアテだ……この酒、意外と強いな……口当たりはいいのにな」

「地酒だそうだ。名前はない」

「……そうか……いつか、この酒にも名前がつく。名前は大事だ」

「……雷帝マキシマム、オルタビウスが広めているね?」

「ああ」

「どうやって?」

「メディチ家を使っている。彼らの本領は人間じんかんに噂を流し広めることだ。雷帝マキシマムの戦果と、彼の仲間を想う気持ちや、ペルシアの為に戦おうと俺を説得したことなど……最後のは完全な作り話だが、英雄にはつきものだ。気にするな」

「それをする狙いを教えてほしい」

「それが、リュゼ公の思惑と違う場合、俺を粛清するか?」


 エフロヴィネは杯の酒を飲み、呼吸し、オルタビウスを真っ直ぐに見た。


 老人は正気の顔で、彼女を見ている。


 その背後に、二人を案じるような表情をしたサクラが見えた。


 エフロヴィネは、『サクラ』がいつか彼女らしく暮らせればいいと話したマキシマムの表情を脳裏に描き、あの優しい顔を守りたいと願うが、それは完全な自分の都合でしかないと諦める。そして、クトゥールと話した本来あるべき人の世界というものを思いながら、言葉を探す。


 クトゥールは、敗れたことで邪神クトゥールになった。


 しかし、もし、クトゥールを倒した者がマキシマムであれば、違う現在があるのではないかと想像した。


 エフロヴィネは、ナルの言葉を声には出さず、口内で噛みしめる。


『マキシマムに、王位は継がせたくない』


 彼女は、その言葉はナルの気持ちでしかないと知っているが、あの苦しい時代を突き進んだ男の想いは、尊重されなければならないという自らの気持ちで賛成をしていた。しかし、マキシマム本人が違うとするなら、何が正しいのだろうと溜息をつく。


 エフロヴィネが言う。


「オルタビウスの言う通り、未来において何が正しいかなどわからない」

「だろう? ならば、己の心に従おうと、俺は思った」

「それが、マキシマムか?」


 オルタビウスは杯を卓に置き、背筋を伸ばしてエフロヴィネを見つめる。


 彼女は、畏敬の念を相手に覚えた。


「俺は、マキシマムに賭けたい。いや、彼を信じているから、任せたい。俺がこの世にいる意味は、彼を助けることに違いない。俺はもう十年も生きられないかもしれないが、その十年に満たぬ時間で、何ができるかと悩んでいた時に現れた若者の為に……俺は今を生きたい……」

「……オルタビウス、注ごう」


 エフロヴィネが、彼の杯に酒を注ぎたし、自らの杯にもそうする。


 その所作に、老人の声が重なる。


「俺はきっと、いつかきっと、彼がグラミアを導くと期待している。その時、野心や大望が邪魔だとは言わない。しかし理念と、人としての優しさは必須だと考えている……だから、俺は彼の為に舞台を整えたいのだ……エフロヴィネ、味方しろ」

「……わかった。サクラ……」


 エフロヴィネに名前を呼ばれ、オルタビウスの後ろで作業をしていたサクラが手をとめ、二人を見つめる。


「……お前も、マキシマムの味方をしてくれるな?」

「はい、もちろんです」


 サクラの微笑みを見たエフロヴィネは、マキシマムの気持ちを信じることができた。


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