真実は人それぞれ
グラミア王国軍オルビアン連隊と、アグメメフィティ軍テムジィ騎兵連隊の戦闘は、不思議な終わり方を迎えた。
後退を始めたテムジィ騎兵連隊と呼吸をあわせるように、オルビアン連隊も後退を始めたことで、テムジィは想定とは違う展開に慌てた。ここで彼は、ジェーベに相談し、追撃に移ったが、オルビアン連隊は後退する歩兵部隊群を囮に、切り離していた騎兵連隊によって強烈な反撃をテムジィ騎兵連隊にくらわせたのだ。
スブタィは、自分達が得意とする戦術をやられて、オルタビウスを呪う言葉を吐いた後に撤退をテムジィに進言する。
テムジィがこれをいれて、両軍は矛を収めたのである。
この戦闘において、反撃の騎兵連隊を率いていたのはギュネイ・ミュラーで、ジェーベを一刀のもとに落馬させ、テムジィをあと一歩のところまで追いつめていた。スブタィがテムジィを助けなければ、未来は変わっていたと思われる。
オルビアン連隊はこの戦闘から五日後、メルシーヌに帰還し、マキシマムもまたこの街に入ったのだが、彼を案じて、どこにいるのかと悩むエヴァは、実家にも手紙が届いていない現実に失意し、キアフに帰っている。
彼女は、大学の講義もうわの空で、秋の収穫休みを前に求められている宿題もはかどらない。
宿舎に戻り、机を前に羽根ペンを指でくるくると回すばかりで進んでいなかった。
ドアを叩く音にも無反応である。
「エヴァ、ちょっといいか?」
振り返れば、レオニード・インフェニティ教授が立っていた。
エヴァが慌てて席から腰を浮かすと、相手は手をひらひらとさせながら、口を捻じ曲げてふざけた顔を作る。座っておけ、というレオニードの態度に、エヴァは訝しみながら従う。
レオニードはアルメニア人だが、出身は旧ロゼニアで、トリノである。五〇代後半の男性で、ベルベットが招いたグラミアに招いた人物であり、専門は金融経済である。彼はアルメニア王国で生まれたばかりの銀行というものを発足させた家系で、グラミアに来るまでは、兄弟たちを助けて銀行の経営を行っていた。
ベルベットが彼を招いたのは、ナルの頼みであるが、知る者は少ない。
「歴史のベノムも、アルメニア語のシェザームも、君の様子をみて、講義が身に入っていないと心配していてね。入学試験の合格者上位五指に入る君がそうだと、我々はどうしたものかと悩むのだよ。君とお喋りする女の子たちも知らない様子だ……だから、おせっかいかもしれないが、訪ねてみた」
レオニードは室内をきょろきょろと見渡す。
彼は、自分が何かに座ろうかと探したが、室内には寝台しかなく、そこに座ると、若い女性と二人の空間において、そこに腰掛けることが正しい行いなのかと思い、結局は壁に背を預けるようにして立った。
彼はエヴァを眺め、説明が難しいことで悩んでいるのだなと相手の表情と、もじもじとする身振りから推測する。
「ご実家に帰ったと聞いたが、何かあったのかね?」
レオニードの問いに、エヴァは頭を払い、口を開く。
「あの……すいません。何から説明したらいいのか……」
「男の子……かな?」
レオニードは、この年頃の女の子が悩むことは異性であるという推測をもとに尋ねると、エヴァは耳まで赤くしてうつむく。
あたりか……。
レオニードは、エヴァの相手は誰だろうと講義でよく見る顔をいくつか思い出してみたが、枯れた自分にはわかるはずもないかと諦めた。
「あの……幼馴染がいなくなって……」
「幼馴染? ラベッシ村の?」
レオニードは、ベルベットがキアフの屋敷にほとんど帰らず、ラベッシ村で生活をしていたことを知っている。その彼女が、ラベッシ村の代官館にいたことも存知であり、そこで理解した。
レオニードは相手の答えを聞かずして、口を開いた。
「ラベッシ村に幼馴染がいて、その若者がいなくなったと……」
「はい……代官様のご子息なんです」
エヴァはこれまでの経緯をかいつまんで説明する。
レオニードは、春を前に王都で騒動があったことを覚えていた。その混乱のなかで、軍役についていたエヴァの幼馴染が姿を消したということは、無事ではいないのだろうと想像したが、それを口にするのは躊躇う。
無言となった二人は、床に視線を落とすエヴァを見守るレオニードという図でしばらく過ごす。
「教授……」
「なんだい?」
「わたしは、どうしたらいいんでしょうか?」
「……」
レオニードは悩む。
君には待つことしかできない、と言うのは簡単だ。
その若者はもう生きていないだろう、と伝えるのは自分の推測に過ぎないことを事実として突きつけるのは簡単だが愚かしいことだ。
「彼の為に、忘れず、悩めばいいのでは?」
教授の言葉は、自然と出ていた。
エヴァは、こくりと頷く。
納得も、理解もしていないけれど、そうするしかできなかったのだ。
彼女の部屋を出たレオニードは、彼女が年齢にふさわしくない悩み事を抱えてしまったなと、気の毒に感じる。
彼はアルメニア人だから、こうも思う。
戦争を美化する者は、真っ先に戦場に行って、死ねばいい。
レオニードは、子供の頃の記憶を蘇らせていた。
燃える都。
泣き叫ぶ人々。
血まみれの地面。
炎上する建物の崩落。
だが、もっとも強烈に覚えているのは、匂いだった。
そう、匂いだ。
全てのものが燃える匂い。
彼は鼻を鳴らし、一度だけ立ち止まると舌打ちを発した。
-Maximum in the Ragnarok-
スカンジナビア半島には、多くの地下施設が残っている。
それは、放射性廃棄物の地下保管庫がこの地域に集中しているからだ。過去、古代文明時代において、化石燃料からの脱却に一早く舵をとった半島の国々は、自分達が生み出す危険なゴミの処理を、隠す、という表現を嫌い、保管、という手段に誤魔化すことで対処した。
バアルが立つ地下室も、その施設のひとつだ。
ただ、この施設が他と違うのは、放射性廃棄物を再利用することで発電を行えることだ。そうして作っているのは、人、である。
人口授精卵を冷凍保存し、数百万という数が保管されているここは、孵化施設と呼ばれている。
ここで生まれた人間は、アンドロイドによって月へのシャトルへ乗せられるのだ。
受け取るのは、日本の輝夜市人口管理庁。
人は、一人死ねば、一人生まれる。
死んだ者は、その生態情報を、冷凍保存された受精卵に記憶され、生まれてくる。まれに、死体を回収できず、生前の記憶を取り出すことができない者がいるが、それはもう諦めるしかない。
この施設を運営するのは、ラヴィスと呼ばれる古龍で、アンドロイドで、ヒューマノイドでもある。多次元思考体ともいえる彼、あるいは彼女は、外見は少女だが、それは作成者のゆがんだ趣味によるものだろう。あくまでも性別はなく、一人称も適当であった。
バアルは冷凍保存された受精卵が保管されている広い地下室で、ラヴィスの横に立っている。
身体はレニン・シェスターであるから外見は女性だが、人格はバアルなので、彼、と呼称するのが正しいのかもしれない。
彼は、アンドロイドが自分の要求を容れないので苛立っていた。
「どうしてだ? お前はどうしてヒューマノイドを庇う? オルヒディンのせいか?」
「先生は関係ない。私は、僕が命じられることを守っているだけだ。俺は自らの判断で、何かをするということはない」
「おかしいじゃないか。お前は、ヒューマノイドに虐げられた人間を守る立場だ。それなのに、どうしてヒューマノイド達を根絶やしにしない?」
「命令にない」
「だが、戦っているだろ?」
「それは、あちらが攻撃してくるからだ。地下施設を危険にさらすわけにはいかないから戦っている。私は戦いを目的に存在しているのではない」
「……実験空間のゲートが開く。しばらく待てば、人間がこの星を取り戻すことができる。その前に、ヒューマノイドを掃除しておく必要がある……今、地上にはびこる奴らは、我々にとって認められない。自我がある……生意気なことに、人になりかわろうとしているんだ。容れ物のくせに……創ってやった創造主たる……神である我々を蔑ろにする卑しい奴らだ」
「先生がそう造られたからだろう?」
「造る……そうか、造るだな」
バアルは妙な納得をする。その彼を見もしないラヴィスは、今、生まれようとしている赤ん坊を容器から取り出すために移動を始めた。
室内に、女性の声が響く。
「A三四〇ブロックの個体識別番号五四六六九九八一〇二、誕生一〇分前……」
「受け取る。シャトルの用意を」
ラヴィスの声で、地下施設に重く巨大な音が鳴り始めた。
勝手に離れるアンドロイドを追うバアルは、ラヴィスを創造したオルヒを胸中で罵る。
少女趣味野郎め……ヴィラだと大人すぎたということで、ラヴィスを作ったくせに、ヒューマノイドがどうのこうのと俺に論じやがって……
彼は、レニンという人格が消えたことで完璧に自分を取り戻すことができているがゆえに、悪態も彼本来のものとなっている。いや、取り戻すというよりも、乗っ取りが成功したという表現がふさわしいといえた。
バアルは、オルヒ・ディン・シェスターを罵ったことで、あることを思い出した。
ゲートを開いた後、この世界に人を適合させる為に必要な遺伝子情報を取得するため、特殊な条件をもつヒューマノイドを集めている。それは現在も進行中で、幾人かは確保済みだが、まだ取得できていない情報もある。
転移性の成長異常細胞への適応情報も、そのひとつだ。
バアルはラヴィスが離れたことを幸いに、脳内でオンラインに入る。
『クラプシルとは途絶えたままか?』
『……報告。クラプシルは消えたままです』
『最後の場所は?』
バアルは、位置情報を知らされ、北方騎士団領内で消息不明となった兵器に何が起きたのかと悩んだ。
自己修復機能をもつヒューリッター製実験兵器ROM五〇六七は、本体は外宇宙の独立衛星だ。ここを破壊されないかぎり、消滅することはない思念体兵器とも呼べる存在で、媒体となったヒューマノイドに寄生すると、遺伝子情報を書き換え、強力な個体へと変身する。
バアルは独立衛星に入ろうとしたが、この衛星が外部からの侵入を全て遮断してしまっており、原因は不明のままであった。
衛星の所有権は、ユーロ連邦で、すでに存在しない組織であるが、だからこそ厄介なのである。逆に、そうだったからこそ、自分の仲間たちにも、地球圏に留まる勢力にも迷惑をかけないで利用できる手駒だと考えた彼であるが、今となっては忌々しく思うことである。
存在しない組織は、つまり命令も許可も何も行えない。
衛星は、ユーロ連邦ではない他勢力の指示は受け付けない。
「直接、媒体から本体へ繋げるしかないか……」
バアルは独り言を吐き、ラヴィスを遠目に見る。
アンドロイドは、毛布で赤子をくるみ、あやしながら歩いていた。




