表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

もう1人の私

「どうしたんだよ、きた…理絵」


呼び止められ、振り向くとハアハアと息を切らしながら、こちらに向かってくる理絵がいた。

やっぱり、まだ読み慣れないな。


「ハアハア…そのさ、ちょっと聞きたいことがあって…」


「まぁとりあえず、落ち着け」


「そう…だね」


そう言って彼女は大きく深呼吸をして、息を整える。


「落ち着いた?」


「うん、ありがとう」


「それで、どうして俺の事を追いかけて来たんだ?」


「えっと、それは…そっその前に聞きたい事があるんだけど!」


彼女は強引に俺の質問を逸らす。


「聞きたいこと?」


「うっうん…その、私が男の子を締め上げてる時、怖かったかな?」


なるほど、そこを聞いてくるのか。

確かに、あの時俺は理絵に恐怖心を抱いていた。

あれは可愛さとかそういうのでは、軽減する事が出来ないレベルの狂気に近い。

だが、それをそのままこの子に伝えていいのか…?

絶対、傷付くよね…


「まっまぁ、ちょっとね」


最大限の譲歩した結果、なんとも言えない返答しか出来なかった。


「だっだよね」


そう言って頬を掻きながら彼女は苦笑いしている。

ごめんな、あんまり気が利いた返しができなくて。


「その、怖がらせてごめんなさい」


「いっいや、そんなに謝らないで。そもそも、俺が情けないから、理絵に迷惑かけちゃったんだし…」


俺は土下座しそうな勢いで謝ってきた彼女を見て、居た堪れない気持ちになった。

だって、俺が彼女たちと釣り合うような人間だったらあんな事にはならなかったはずだ。


「いっいや、涼介くんが謝ることじゃないよ!実はね…最初は私、話し合いで解決するつもりだったの」


「華蓮みたいに?」


「あっ華蓮もそうだったんだ…ていうか、華蓮も居たのか」


華蓮もそうだったんだ?、どういう事だ。

そもそも、そうやってけしかけたのは理絵だったはず…

それなのに、なんで聞いてないフリなんか。


「そうだったんだって、その言葉を引き出したのは理絵だろ」


どうしてもモヤモヤが取れず、俺は素直に疑問をぶつける事にした。


「あっあぁ、そうだった…って、やっぱり取り繕うのは辞めよ… 」


「取り繕う?」


「ねぇ涼介くん、驚かないで聞いてくれる?」


そう言うと、理絵はいつにない神妙な面持ちでこちらを見つめる。

そして、俺はそれに首を縦に振って答えた。


「実はね、私の精神って1人じゃないの…」


「1人じゃない?」


「うん、まぁ分かりやすく言ったら、二重人格かな」


ワンクッション置いて、もう一度聞き直してみたが理解が追いつかない。

二重人格?理絵が…?今まで、そこまで話してはないけど、そんな雰囲気全くなかったぞ。


「本当に?今まで、そんな感じはしなかったけど」


「ははっそうだよね、でもそれは私の演技が上手くいってるってことだから、ちょっと嬉しいかな」


「演技?」


「そう…」


そう一言だけ発すると、彼女はゆっくりと自分とそのもう1人の自分の事について語り出した。


「涼介くんってさ、私の事元気がいい女って感じに思ってるでしょ?あと、ちょっと大胆だったり」


「うん」


「でもね、それは私じゃなくてもう1人の私の性格なの。私自身はもっと独りで平穏に暮らしたいタイプなんだ。だけどさ、いきなり静かな女があんな感じでフレンドリーになったら怖いでしょ?」


「確かにそれは…」


「だから、私はもう1人の私が私に合わせるんじゃなくて、私がもう1人の私に性格を合わせることにしたの。」


なるほど、だから今は普段よりもおっとりしているというか、いつもの理絵の溢れるオーラみたいなのが感じられないのか。


「そしたら、なんか色々と上手くいって。でも、根はそういう性格だからさ、深い関係になるために一歩踏み込めなかったり、好きな人が出来ても奥手になって何も出来なかったり…だから、涼介くんとも話せなくて、いつも話してたのはもう1人の私なんだ」


「そうだったのか」


「それで、今日もあの場所に行ったらいきなりもう1人の私が出てきて、気付いたら校門に居て…その時のことをこれで知ったの」


そう言って彼女はケータイを取り出すと、メモ帳の画面を俺に見せてきた。

そこには、その日自分がやった事が毎日の用にぎっしりと書いてある。


「見て分かると思うけど、これは私ともう1人の私が情報共有するためのもの。それに、今日その事が書いてあって驚いたんだ…あと、キスの時もね」


キスの時も理絵自身ではなかったのか…

ということは、彼女は望まずして俺とキスしたってことなのか。

だとしたら、流されたとは言え俺、大罪人だろ。


「あっでも、あれだから。彼女も私が嫌がることはしない。一歩踏み出せない私の変わりに動いてくれてるだけ…だから、キスもそうだし、今日のあれも私が涼介くんを守りたいって気持ちを尊重してくれただけなの…」


「そうなのか…」


「だけど、流石に暴力は涼介くんを怖がらせると思って、打ち明けようって思ったの。もちろん、暴力振るったのは私の身体って言うことに変わりはないんだけどね…」


「なるほどな、話してくれてありがとう」


俺は恐らく相当勇気が必要な告白をしてくれた彼女に心からのお礼を言った。


「ううん、私こそずっと隠しててごめんね」


「謝るのは俺の方だよ。もう1人の理絵にも謝っておいてくれ、俺が情けないばっかりに色々迷惑かけて悪かったって…それと、そのなんかお詫びさせてよ」


「いや、流石に悪いよ…そんなに大層な事してないし、隠してたのは私の方だし」


そう言いながら、彼女は段々と声が小さくなって言った。

だが正直、俺が情けなくて理絵本人にももう1人の彼女にも迷惑をかけたのだから、なにかお詫びをしないと俺の気が済まない。


「それじゃ俺の気が治まらない。俺に出来ることなら、なんでもするからなんでも言ってくれ」


「なんでも…?」


「あぁ、なんでも」


「じゃあ…私ももう1人の自分を見習って大胆なお願いしようかな…」


「大胆なお願い?」


「うん、私とキスして下さい」


「えっ?」


なんでもするとは言ったけど…


「さっきも言ったけど、あのキスはもう1人の私がした事。本人の私はしてもらってないから」


「でも…」


「…まっいいや…答えは聞かない事にする」


何処かで聞いたような言葉を言いながら、理絵は俺のネクタイを引っ張って自分の方に手繰り寄せるとそのまま、俺の唇に自分の唇を一瞬重ね合わせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ