果たし状と狂気
「はぁ、どうしたものかな」
今朝見つけた果たし状を机の上に並べて行くべきか行かないべきか頭を悩ましていた。
「よう、涼介」
すると、後ろから聞き覚えのする声が後ろの方から聞こえてきた。
「なんだ、賢治か」
「おいおい、なんだってなんだよー」
このめんどくさい絡みをしてくる、そこそこのイケメンは俺のほぼ唯一の友達である、南原 賢治だ。
こいつとは、入学当初からの付き合いで、見るからに興味なさそうなのに実はアニメ好きという接点があり、たまに遊びに行くぐらいには友達している。
ちなみに、賢治は西宮さんと一緒に学級委員をやっている。
「ていうか、お前凄いな。お前はただのアニメ好きかと思ってたけどやる時はやるんだな!まさか、あの美少女2人を引っ掛けるなんてな!」
「は?なんで、お前まで知ってるんだよ」
「いや、俺がというかクラス全員知ってるぞ」
果たし状が5枚も入っていた時点でまさかと思っていたけど、全員に知れ渡ってるとは…
言われてみれば、周りからの視線が痛い気がする。特に男どもからの…
俺がそんな視線を感じ始めた時、教室の前扉が開いた。
「みんな、おっはよー」
そう声高らかに挨拶をして入ってきたのは、昨日俺のファーストキスを奪った張本人であり、この話題の渦中の人間だ。
そして、その後ろには後先考えない学校一の美少女もいるし。
「ちょっと…理絵と華蓮ちゃん」
「うん?」
「はい?」
「昨日、東浜くんと一緒に帰ったって聞いたけど」
いつもは軽く挨拶で終わる所だが、今日はそうはいかなかった。
普段、北里が1番仲良くしている清水から、昨日の件について言及されている。
「うん、帰ったよ!」
「どうして?理絵たち、東浜とそんなに接点なかったよね。特に華蓮ちゃんとか、話してる所も見た事ないよ」
「えっとそれは…」
清水からの質問に西宮さんは答えあぐねている。
まぁ当然だ。昨日、あんな事があって俺の事が好きとか言ったら、彼女たちの名前に傷が付くからな。
「ねぇ、真紀」
「うん?」
そして、そこに助け舟を出したのは北里だった。
「好きな人とか帰るのってイケないことかな?」
「えっ?」
いや、さっきの言葉にもう少し言葉を追加することにしよう。
北里は、西宮さんに助け舟を出しただけだった。
むしろ、俺は木の船に放火されたレベルで飛び火してきている。
教室が凍りつくのを感じた。
それはそうだ、だって誰もが憧れる学校1番と2番目の美少女の好きな相手なんて誰でも知りたいことだ。
そして、それをいきなり告白してきたと思ったら、その相手は学校を休んでも賢治以外気付かないような男だったなんて、そりゃ理解に苦しむよな。
正直、俺もいまいち理解出来てないし。
「ちょっちょっと待って、確かに好きな人が居るって話は何回か聞いてたけど、まさかの東浜くん!えっ、華蓮ちゃんも…?」
その問いかけに西宮さんはゆっくりと頷く。
それを確認したクラスメイト達は、その美少女2人が好きだと告白した俺の方を一斉に向く。
その視線は決して、いい視線ばかりではないような気がする。
「おっこれでお前も有名人だな」
賢治がここぞとばかりに茶々を入れてきたが、正直そんなのに構ってられるような状況じゃない。
「みんなー、あんまり東浜くんにちょっかいかけないないであげて。あんまり、詰め寄られると私たちが話す隙が無くなっちゃうから」
そう思いながら、どうやってこの状況を切り抜けるべきかと考えていると、北里がそんな事を言った。
すると、質問攻めにしたかったのであろう、男子や一部の女子のこちらに向かってくる足が止まった。
「でもさ」
「真紀、友達なら私の恋を応援してよ」
「けど…」
「ねっ」
「分かったよ」
そう言って、一応の収束を迎えた所で丁度チャイムがなり担任の先生が入ってきた。
「全く、みんな騒ぎすぎだよね。別に私たちの恋なんだから、ほっといてくれればいいのに」
いつの間にか、隣まで来ていた北里はそんな事をつぶやきながら、席に付いた。
そうは言っても、君たち2人を狙ってる人なんて沢山いるんだよ。
それをさ、いきなりあんな感じで言われたらね。
しかも相手俺だし…
「あっていうか、それ何?」
「いやっこれは…」
しまった果たし状しまうの忘れてた。
流石にこれを見られる訳にはいかない。
これを見られると、自分たちのせいで迷惑被っていると思われてしまう。
正直、迷惑被っているのは間違ってはいないのだが、それだとしても彼女たちにその罪悪感を抱かせる訳にはいかない。
俺はその5枚をかき集めて、机の中にしまおうとしたが、その前に1枚を北里に取られてしまった。
「なになに、果たし状?えっと、日時は…ってもしかしてこれって…」
「いや、なんだろうな。いきなり、こんなのが入ってて。ははっ、こんなヒョロいやつに喧嘩売る物好きもいるんだな」
「私たちのせい…?私たちと帰ったのが見られたから…」
北里が言おうとした事を察して、必死に誤魔化そうとしたが無理だった。
「……」
「ごめん、私がこういう事になるって想定してなかったばっかりに…」
「いっいや、大丈夫だよ。ちょっと、話合えば大丈夫だよ思うから」
「ダメ…私でも分かる、行ったらどうなるかって…」
「……」
普通に行ったら、俺は恐らくボコボコにされるだろうな。
でも、この2人から行為を向けられる代償としては、正直妥当なのかもしれない。
「この話は私がどうにかするから、気にしないで。この場所にも行かなくていいから」
「でも、これは俺の問題だから…」
「いいから、持ってるこれ全部出して」
北里の圧に屈して、俺は残りの4枚を彼女に差し出した。
「いい子、あとは任せてね」
「こら、そこうるさいぞ!」
いきなり、担任の注意が飛んできた。
ホームルーム中という事をすっかり忘れていた。
「ごめんなさーい先生」
そうにこやかに謝った北里その後、放課後までの間、顔を合わせてくれなかった。
◇◆
放課後になり、俺は北里にはああ言われたが、どうしても気になってしまって、彼女からの忠告を破り、紙に書かれていた場所まで来ていた。
だが、俺はそこに行かない方が良かったと後悔する事になる。
「いいかてめぇら、二度と東浜くんに近づくんじゃねぇぞ」
そうドスの聞いた声で、男子学生の髪を引っ張りあげている彼女の後ろ姿に俺は見覚えがあった。
北里…?
「それとこの事バラしたら、この学校に居られると思うなよ!」
「北里!」
俺は立ち上がった反射的に彼女の名前を叫んでいた。
そして、辺りを見回すとさっきまでは物陰で隠れていて見えなかったが、恐らく俺に果たし状を渡してきた他の4人呻き声をあげながら、うずくまっている。
「えっ、東浜くん!?来ないでって言ったのに…」
「何してるんだよ!」
「なにって、君を守ってあげたんだよ」
そう言って、にっこりと微笑む彼女の瞳には一切の曇りがなかった。