コミックス1巻発売記念 番外編SS
転生聖女の異世界スローライフ、KADOKAWAフロースコミックよりコミックス1巻発売しました。
たくさんの応援ありがとうございました!
のどかな田園地帯にある一軒の農家に、大きな声が響いた。
「お父上、スーリアを妻に……」
「誰が『お父上』だ!」
「ベン殿。スーリアを妻に……」
「スーリアは嫁にやらん!」
通算十二回目の結婚申し入れに対し、今日もスーリアの父──ベンの反応は厳しかった。アルフォークはがっくりと肩を落とす。
「アル。せっかくだからお花でも見ていってよ。昨日、アストロメリカの花が咲いたの!」
スーリアはアルフォークを元気づけようと、手を引いて庭へ連れ出す。スーリアの庭園の一角に、少しユリにも似た形をしたピンク色の花が咲いていた。
「綺麗だな」
「でしょう? 先週、苗を見つけて買ってきたの」
「先週? 相変わらず、スーの花は育つのが早い」
アルフォークは花を眺めながら、くすくすと笑う。そのとき、遠くからジャバッと水を流すような音が聞こえてきた。
「何の音だ?」
「多分、父さんが水やりをしているのよ」
スーリアはベンの農園のほうを見る。両側にバケツが括りつけられた棒状のものを肩に背負った父が、せっせと水を運んでいるのが見えた。
「手伝ってくるよ」
「あんなに冷たくあしらわれたのに?」
「それとこれは別問題だろう? 大変そうにしている人がいれば、助けるものだ」
アルフォークはそれだけ言うと、ベンのほうへと走り寄っていく。何かを話していたアルフォークが手をかざすと、あたりに優しい雨が降り注いだ。
スーリアはふたりの姿を眺めながら口元を綻ばせる。
こういうところも含めて、素敵な人だと思う。
「父さん、あっという間に終わってよかったね」
いたずらっぽく笑いかけると、ベンはばつが悪そうな顔をした。
「ああ、助かった」
ぶっきらぼうそう言うと、足元にあったバケツ付きの棒をかたずけようと歩き出す。しかし、すぐに立ち止まって後ろを振り返った。
「あんた、昼ご飯は食べたのか?」
「昼……? まだですが」
アルフォークは突然の質問に戸惑ったように答えた。
「じゃあ、食べていくといい。ここで育てた野菜をたくさん使ってる」
一瞬呆気に取られていたアルフォークだが、すぐにその顔に喜色が浮かんだ。
「いいのですか? お父上!」
「お父上じゃないと言っただろう!」
ベンの大きな声が再び響く。
スーリアはふたりのやり取りを聞きながらくすくすと笑う。
アストロメリカの花言葉は『幸い』。
確かなその未来を感じさせるような、穏やかな日の出来事だった。
〈了〉