第三十二話 芸術家
ユサユサと揺れる。
この振動にも大分慣れてきた。
ここはユウトの肩の上。
今日はアヤカのお使いである。
ユウスケの獲ってきた肉を知り合いに渡しにいくのだ。
(知ってる人なのか?)
これから行く家について聞くと、"そうだよ"とユウトは言う。
「同い年なんだけど、ちょっと変わってるんだ。ずっと自分のことを”芸術家”だって言ってるし。」
同級生の子の家らしい。
自称芸術家の少年。
たしかに変わり者な予感がする。
(へー。面白そうなやつじゃないか。会うのが楽しみだな。)
ユウトは俺を乗せて悠々と進む。
俺はまた新しい場所を見れて、はしゃいでいた。
◇
「お邪魔しまーす。キョウマーいるー?」
──────え?
家に付くなり、止める間もなくズカズカと上がり込んで行くユウト。
かなり焦ったが、後から聞けば。
キョウマという少年はいつも物作りに没頭しており、外からどれだけ呼び掛けても気付かないんだそうだ。
普通の家にはいきなり入っちゃダメだぜ?
そんな俺の心配とは裏腹に、ユウトはなんの躊躇もなく少年の部屋にも入る。
「キョウマー?」
しかし返事は返ってこない。
誰もいない部屋を見回すと。
そこには数々の人形が積み上げられていた。
その人形の山にはホコリが被っており、かなり長い間放置されているようだ。
(なんだこれ………すごい量だな。)
「全部キョウマが作ったんだ。」
どうやらキョウマは作り終わったものには興味がないらしい。
どんどん作ってはここに放り投げていく。
(ユウト、ひとつ取ってみてくれないか?)
「いいよ、ちょっと待ってね。」
ユウトは山の上の方から人形を一つ取り出して俺の前に置いた。
それは一人の騎士の像。
ちょうど俺と同じようなサイズだ。
トカゲに生まれ変わって以来初めて、普通のサイズの人間を見たような感覚になる。
フルプレートの鎧を着た槍兵。
槍を掲げた躍動感溢れる姿。
細部にまでこだわった精巧な作り。
その鎧に目をやると細やかな模様が彫り込まれており、まるで美術品のようだ。
トカゲサイズの俺から見ても荒さを感じさせないほど驚異的な精密さ。
この人形の作者が非常に優れた技術を持っているのが分かる。
しかし………
(何か………不気味だな。)
「そうなんだよね………」
微妙な表情で顔を見合わせる一人と一匹。
どうにもそのセンスは独特過ぎた。
何故かその頭部はフクロウ。
背中からは8匹の蛇を生やし、天に掲げるのは三又の槍。
その穂先それぞれが、別々な竜の頭を模していた。
何をどう考えたらこうなったんだ……?
常人の俺には理解不能である。
(これ全部、キョウマが作ったのか?)
「そうだよ。」
目の前に積まれた人形の山。
少年………
流石に作りすぎだろ………
一つ一つの人形を見ると、やはりその全てが独創的なセンスで造形されている。
何気なく人形に触れてみると─────
硬く、ヒヤリとした感触。
ん?
これは──────────金属?
(すげぇ………)
思わず声が漏れる。
精密な金属加工。
それは言うほど簡単ではない。
普通金属の像は型で作るはず。
詳しくは知らないが、作り方はこんな感じだ。
まず原型を粘土などで作り。
それを元に型を作り。
型に溶けた金属を流し。
型を外して仕上げる。
しかし、ここにある人形は全て形が違う。
大量な数。
圧倒的な精密さ───────
(一体──────どうやって作ったんだ?)
人形を触りながら感嘆の声をあげると。
「おや?その良さが分かるのかい?」
そんな声と共に、奥から少年が出てきた。
不健康そうな痩せた体。
目にかかるほどに延びた髪。
隠れて見えづらいが、目の下には隈が見える。
充血した目を半開きにしてこちらを見据えていた。
「やぁキョウマ。体調は大丈夫?」
「あぁ………ユウトか。少し寝不足なだけさ。全然問題ないよ。」
………全然大丈夫そうには見えないが。
ユウトはこちらを見て、"いっつもあんな感じなんだ"と言ってくる。
「徹夜もほどほどにしなよ?そんなに体強くないんだから。」
はいはい。
そんな軽い返事をしながら肩を竦めるキョウマ。
確かに見るからに病弱そうな少年である。
さっきの話を聞く限り、日頃の不摂生の賜物だろう。
「今日はお使いで来たんだ。鹿肉だって。」
「お、ありがとう。流石は芸術的な親父さんだ。で、そのトカゲは?」
少し気になる事を言いつつ、キョウマは充血した目をこちらから逸らさず尋ねてくる。
人形どころか本人も不気味なんだが………
まぁいい。
(初めましてキョウマ。俺はアルタイル。ユウトはアルって呼んでるな。)
「あぁそうか、君が。僕はユウトの幼馴染みのキョウマ。よろしく頼むよ。」
それで────────
とキョウマが矢継ぎ早に話を続ける。
「君にはその良さが分かるんだろ?その人形達に興味を示したのは君が初めてなんだ。みんななぜか───近づこうとしないからね。」
こんなに素晴らしい造形なのに。
とキョウマは熱く語る。
確かに中々このセンスが分かる人は少ないだろう。
─────実際俺もこのセンスは分からんし。
しかしいつか熱狂的なファンが付きそうではある………
もう一度不気味な像に目をやる。
一応≪情報開示≫さんに見てもらうか。
実は将来高額になるお宝かもしれないし。
≪竜騎士の銅像≫
≪キョウマが作った竜騎士タケルの銅像。≫
──────は?
(……………タケル?)
意味が分からず呟く。
魔族から人類を救った英雄、"竜騎士タケル"。
誰もが憧れる存在。
そんな英雄を思い描いて………
これを作ったのか?
そう聞くつもりでキョウマを見ると。
その目は爛々と輝きこちらを凝視していた。
先ほど見えていた疲れなどもはや微塵も感じない。
むしろその視線からは狂信的な何かを感じる。
ユウトは不思議そうな顔をしているが、これはヤバい流れだ。
すぐに何か話を変えなければ─────
(なぁ、この人形どうやって作ったんだ?)
苦し紛れにそう聞くと、キョウマは上機嫌ですぐに見せてくれた。
「こうやってやるのさ。」
キョウマがポケットからくすんだ色の塊を取り出す。
それを手のひらに置くと。
その塊は徐々に光沢を持ち始めた。
その塊はユラユラと揺れ始め、まるで液体のようになったかと思えば──────
次の瞬間。
それは四本足で立ち上がった。
(嘘だろ………)
現実離れした現象を目の前にして瞬きすら忘れる。
これではまるで─────魔法じゃないか。
気を抜くとすぐに忘れてしまう。
ここが異世界であることを。
そんな俺に構うことなくキョウマは造形を進めていく。
俺もユウトも眼中に入っていない。
驚異的な集中力だ。
尻尾がスラリと伸び、頭には小さな角が。
少し開いた口には繊細な歯が生える。
ツルッとしていた体の表面にさざ波が立ったと思えば、そこには小さな鱗がびっしりと生えてゆき………
「ん~………こんなもんかな?」
カツン、と。
キョウマは俺に向け、出来上がった物を置く。
それは──────
呆気にとられた表情のトカゲ。
それも俺と全く同じ大きさの。




