第二十五話 稲妻と流星
スタートの合図と同時。
脚に全力を込めて駆け出す。
沸き上がる大歓声。
大声で叫ぶ実況の声は、歓声にかき消されている。
割れんばかりの声援の中、二匹は最初の区間を進む。
旗門の少ないスターティングエリアだ。
全力疾走そのままに、真っ直ぐ旗へ突入。
旗に背中を掠りながら直角に方向転換し、そのまま最短距離を進む。
どうやらここまでは俺が先行しているようだ。
進化前とは次元の異なる速度。
圧倒的なスピードに高揚感が広がるが、当然のように竜もすぐ後ろを付いてきている。
もうお互い話す余裕はない。
それでも、話す以上に相手の状況が伝わってくる。
これがレースか………
この世界に来て初めての、生死を掛けない勝負。
───────楽しい。
心が踊る。
全力で走りながらも、顔に浮かぶ笑みを堪えきれない。
◆
ベガは少し驚いていた。
俺の前を走るトカゲは一体何だ?
もちろん俺は全力を出していない。
それでもある程度、力を入れて飛んでいる。
そんな俺の前を、このトカゲは走っているのだ。
レース前には最初に適当に前に出て、バカなトカゲを笑いながら冷やかすつもりでいた。
しかし実際はどうだ?
このトカゲは思ったよりも、いや異常と言えるほど速い。
おそらくベガ以外なら誰も相手にならない速さだろう。
だが─────
相手が悪かったな。
そう。
俺にはまだまだ余裕がある。
そろそろお前に”竜”の恐ろしさを教えてやろう───
◇
後方を飛ぶ奴の気配が変わった。
その瞬間から、奴はグングン近づいてくる。
────くっそ、はえぇ!
旗一本分はあった差が一瞬で詰められた。
そろそろスターティングエリアが終わる。
次は、旗門の数が増えるテクニカルエリアだ。
(ここからが───勝負だ!)
そう。
ここまでは俺の予想通り。
奴は最初からは本気を出さなかった。
いや、今でもまだ全力ではないだろう。
だからかろうじて、未だに二匹並んで走っているのだ。
いいさ。
その余裕が命取りだと教えてやるよ─────!
脳内のスイッチを切り替える。
曲がりなりにも何度か死線を潜ったお陰で、スキルの使い方は分かってきた。
≪感覚加速≫
≪加速≫
≪瞬動≫
持てるスキルを全て用いて脚を加速させる。
世界がスローモーションになる感覚。
それと同時に身体の動きがその感覚に順応する。
小さなトカゲが旗の間を縫って進む─────
稲妻のような光の残像を残しながら。
◆
ベガは驚愕した。
全力で飛ぶ俺が引き離されて行く。
ガアァァァァアアア────!!!!
叫び声をあげながら。
生まれて初めて全力で飛ぶ。
それでも小さなトカゲの姿はみるみる小さくなっていく。
旗が邪魔だ───
やけに身体が重い───
ダメだ、これ以上離されるな───!
トップスピードなら俺の方が速い─────!!!
初めて感じる不安に様々な思考が浮かんでは消えていく。
ベガの感覚は正しい。
トカゲがスキルを使ったとしても、トップスピードは空を飛ぶベガの方が速い。
しかし。
小回りの必要なテクニカルエリアにおいては話が違う。
ベガは減速しながら旋回飛行するのに対し、トカゲは全力疾走そのままに大地を蹴って曲がるのだ。
その差は如何ともし難く。
ベガが最後の旗を抜ける頃には、既にトカゲの姿は遥か彼方─────
◇
息が苦しい。
心臓がはち切れそうだ。
それでも────
やってやったぜ………
既に奴の気配は遥か後方。
もうコースに旗はなく、ゴールまで一直線ではあるが、残りの距離はあと僅か。
このまま逃げ切れる──────
感覚が加速されれば当然体感時間も伸びる。
全力疾走を延々と続けているような苦痛。
現実の時間では一体どれ程の時間がたったのだろうか?
そんな事はもはやどうでもいい。
脚だって限界だ。
しかし最後の気力で踏みとどまる。
最後の瞬間まで───
俺は走りきってやる─────!
そんな決意に呼応するように、さらに一段速度が上がる。
ここに来てスキルLvが上がったのだ。
ラストスパートだ!
脚を回せ───!!
死んでも回せ──────!!!
───刹那。
本能が極大の警鐘を鳴らす。
誰も介入出来ないはずの極限下の意識の中に、奴は土足で上がり込んでくる。
そんなはずがない。
ただ前を見て走れ!
見向きもせずに駆け抜けろ!!!
そんな理性を嘲笑うかのように、本能が俺を振り向かせる。
そして俺は視界の端に。
光り輝く流星を見た。
漆黒だった竜の身体は影を潜め。
目を焦がすような、鋭く眩い輝きが広がる。
あれこそが奴の───────
”ブライトミーティア”の真の姿。
加速した感覚の中を、流星が突き進む。
あまりに暴力的な加速。
みるみるうちに差は詰まる。
それでも迫り来る流星からは何も聞こえない。
それもそのはず。
俺は己の限界を突破し。
奴は音速の壁を突破した。
(ああぁぁぁぁあああ────!!!!!)
(ガアァァァァアアア────!!!!!)
共に死力を尽くした全力同士のせめぎ合い。
二つの咆哮が音色のように響き渡る中を、二匹はゴールへと飛び込んでいった。




