米戸 悠希【告白:651回】
「いやぁしかし、あの神道 深幸をモノにするなんて、君の手練手管は本当に凄いな」
「……名前を出すなという指示を破ってしまいました」
「ああ。君ならそうするだろうと思ったよ。あれはただの忠告だ。最初に、手段は問わないと言っただろう? 君の好きにやりたまえ」
「……」
「……ふむ。君はどうやら、つまらない事を気にしているようだね。私とくっついた後、君が告白した子達がどうなるか知りたいんだね?」
「そりゃ、気にならないと言えば嘘になりますが……」
「まぁ、そうだろうな。折角だ、この機会に答えてやろう。良いか? 彼女達には何もしない。君は私と一緒に、どこか遠くへ行くんだ。二人でね。素敵だろう?」
「……貴女が何のためにこんな事をするのか、訊いても良いですか?」
「駄目だ。その質問には答えられないな。だがまぁ、そうだな。六人全員オトしたら、その時は自ずと分かるさ」
「……分かりました」
「良いのか? やめても良いんだぞ?」
「いいえ。あと三人、絶対にオトしてみせます。その時、貴女は俺の物です」
「……良いだろう。やってみたまえ。次のターゲットは米戸 悠希。ネット文化研究同好会の会員だ。もっとも、会員は彼女だけだがね」
木曜日の放課後、俺はネット文化研究同好会とやらの部室前にいた。いや、部ではないのだから、正確には部室とは言わないか。何と言うか、いかにも真面目に活動してなさそうな名前だ。
だがしかし、そんな事はどうでもいい。俺は勢い良く扉を開ける。扉の反対側の窓際で、パイプ椅子に座って一人、本を読む小柄な少女がいた。彼女が米戸 悠希だろう。
それにしても、いきなり不審者が部屋に入って来たのに、この少女は目線すら上げやしない。瞑想でもしているのだろうか?
「驚かないのか?」
「……貴方が此処に来る事は分かっていた。だから、驚かない……」
俺は内心悪態を吐く。また能力の関係者か。しかも今度は能力を行使できるかのような事を言っている。しかしこの場合、どうなるのだろう?
霞さんは、俺の時間こそが正しい時間だと言っていた。ならば、正しい時間が二つ存在するのはおかしいのではないか? それとも、体験する時間自体は共有しているが、巻き戻した者以外の記憶は引き継がれない……?
「……あまり真面目に、考えないで……これは、形式的定型句……挨拶……ようこそ、ネット文化研究同好会へ……」
「あ、あぁ……挨拶?」
「……部員が一人の部では、こうするのがルール……話し方は、元々の性格上の特性……難しい言葉は、苦手……だけど……」
「おぉ、そうか……」
言っている意味は分からないが、とにかくヤバい奴なのは分かった。先ほどから、文字に起こしたら頻繁に三点リーダーを挟んでいそうな話し方をしているが、言葉数自体はむしろ多い。
つまり、かなりの時間をかけて喋っている。こんなんで果たして、一分間の内に返事を聞く事ができるのだろうか? どうやらかなり強引に行く必要がありそうだ。
「えっと、君が米戸 悠希か?」
「……そう」
「あ、そう。なら良いんだ」
「……入部希望?」
「それを言うなら入会、だな。ただ、その前に……」
そろそろ一分経つ。俺は時間を戻す。
「ーー米戸さん、聞いてくれ! 俺は君が好きだ!」
「……」
「付き合ってくれ! 頼む……!」
「……」
「……米戸さん? あのー、聞いてる?」
「……聞こえている。ただ、驚いていただけ」
「あぁ、なんだ。良かった」
「あまりに、平凡すぎて……」
「……うん?」
米戸さんは無表情だ。いや、心なしか、さっきより仏頂面に見える。怒っている……のか?
「……告白は、自らの想いを言葉にして、相手に直接伝える初めての機会……斬新で独創的な告白からは、新鮮で個性に溢れた想いが伝わる……」
「……すまん、何言ってるか分からない」
「……告白は心、作品の華……もっと真面目にやって……!」
「あっ、ご、ごめん……」
……つい勢いに押されて、謝ってしまった。斬新な告白ってなんだ……? 頭を抱えそうになった時、机の上に置いてあるトランプが目に入る。俺にしかできない、俺だからできる告白、か……
「米戸さん、ここから一枚取ってみてくれ」
俺は彼女に、カードの束を渡す。彼女は一枚を選び、残りを机に置いた。
「それは、ダイヤの8だね?」
「……」
彼女が俺に視線を寄越す。どうやら正解のようだ。ここ数十回、彼女は必ずダイヤの8か、スペードの4か、ハートのQを選んでいた。
次に俺は、カードを裏向きに、無造作に机の上に放る。53枚のカードが無秩序に机に広がる。
「一枚取って?」
「……」
「……クローバーの5、だね?」
「……!」
正解だ。こっちは53分の1だ。まぁ、大まかな位置の分かるカードもあるので、思ったほどはかからなかった。
「分かったか? これは運命なんだ。偶然じゃない、必然だ。俺達は出会うべくして出会った。君を幸せにできるのは、この世でただ一人、俺だけだ」
「……」
米戸さんはしばらくカードを眺めて考えた後、俺に言った。
「……地味。私の好みではない」
俺はどうすれば良いか分からなくなった。
「米戸さん……いや、ミリア! 俺だよ、レイスだ! 俺と君は前世で一緒にカオスドラゴンを倒して結婚した! 子供だっていたんだ! 君は覚えてないだろうけど……でも、こうしてまた巡り会えた! これは運命だ!」
「……ありきたりで、手垢の付いた手法……独創性がない……インパクトだけで、説得力がない……」
「……前世の恋人との再会がありきたりなのか?」
「今思い付くだけで10作品はある……全然運命的じゃない……」
ならこれ以上どうしろと言うんだ……
先ほどから何度も挑戦しているのだが、米戸さんは一度も表情を変えず、ボロクソにけなしてくるばかりだ。突然現れた男から愛の告白を受けたら、普通は多少驚いたり、心を動かされたりするものじゃないのか……?
「……あなたは内心、私の事が好きではない……」
「……分かるのか?」
「分かる。私は今まで、何度も告白を経験している……数多くの女の子を手篭めにしてきた……ヒロインを賭けて恋敵と戦った事も、過去に戻ってフラグを立てた事も、女の子のために世界を救った事だってある……」
「それはゲームの話じゃ……」
「……現実も同じ。好意は、伝わりづらいもの……身を焼く程の愛をもってすら、人の心を動かすのは容易な事ではない……あなたも、もし次があるなら、本当に好きな女性に言うようにやりなさい……」
現実と虚構を同列に考えるのはどうかと思うが、彼女の言い分には概ね納得できた。
俺には好きな人がいる。
その人は尊大で傲慢で身勝手で、いつも他人を見下している。その人は何でもできる人だ。運動はちょっと苦手だけど、それ以外の事なら大抵何でもできた。
彼女は自信に満ち溢れていた。成功が重圧となって、苦悩する人間も多いのに。彼女はいつも、身に降りかかる苦難を軽々と乗り越えてみせて、こんな事もできないのか君達は、と笑うのだ。
やり直せる能力があったからではない。彼女はそういう奴なのだ。自分に不可能はないと、本気で信じている。他の凡庸な人間とは違うと、信じて疑わない。
俺は霞さんが好きだ。それはこの上なく確かな事だ。ではなぜ、彼女を好きなのか。
俺は……
「ーー俺は、貴女が嫌いだった」
米戸さんが読んでいた本から目を上げた。
「貴女はいつも他人を見下していて、クラスの嫌われ者だ。俺だって貴女が嫌いだった。どうにかして負かす事ばかり考えていた。でも、見ている内に気付いた」
俺は言葉を切る。そして大きく一呼吸して、続ける。
「……貴女が孤独だという事に。貴女は誰よりも能力があって、人に嫌われない生き方もできたはずなんだ。あなたは……あまりに不器用だ。自由で、幼稚で、天才でありながら誰よりも人間的だ」
米戸さんは頷くでもなく、遮るでもなく、静かに聞いている。俺は言葉を続けた。
「俺は貴女の事を知った。知れば知るほど、嫌いにはなれなくなった。俺は貴女の助けになりたい! 貴女と共にいたい! 貴女のそばにおいてくれるのなら、俺は何だってする! 俺の全てを貴女に捧げる……あなたが好きだ」
言い切った。米戸さんが俺を見る。初めて目が合った。彼女が口を開く。
「……それは確かに事実。でも理解らない。あなたはなぜ、そんな人を好きになったの?」
なぜだろう……? ふと、先ほどのトランプが目に入る。ひょっとしたら、俺が霞さんを好きになったのもただの確率のいたずらであって、彼女がそうなるように仕組んだ事なのかもしれない。
それなら1を100にするのではなく、0を1にする事でこの愛を証明しよう。運命だって変えてみせる。彼女のためなら、俺に不可能はないのだから。
「……俺にも分からない。気付いたら好きになってた。言葉が欲しいなら、何度だって言える。でもどんなに言葉を尽くしても、この想いは伝わらない。本物なんだ、この愛は……」
俺の決意に満ちた目を見て、米戸さんは何かを察したようだった。その無感情な目を俺に向けて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……それなら、こっちへ来て証明して……?」
俺は彼女の元へと歩み寄る。彼女は立ち上がり、背伸びをして俺に顔を近付ける。
「……あなたは、誰か好きな人がいる、のね……」
「…………」
「……それなら、こんなキスもありきたり……ね……?」
俺は黙って彼女にキスをした。罪悪感に顔を歪める俺に、彼女は頬を染め、優しい微笑みを浮かべて言った。
「……キスをするのは初めて……とても、幸せよ……?」