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神道 深幸【告白:502回】



「それで、貴方は私のどこが好きなんですか?」




 俺は頭を抱えていた。水曜日の放課後、神道しんどう 深幸みさちを空き教室に呼び出したは良いが、告白すると決まってこの問いが飛び出してくる。そしてそれに何と答えても、そうですかと答えたきり相手にされなくなってしまうのだ。


 思えば霞さんにターゲットを指定された時から、既に嫌な予感はしていた。神道 深幸、実家が大企業のトップで、とんでもない金持ちのお嬢様だ。話をする友人は少なく、孤高である。


 成績は優秀、同級生や年下にも常に敬語で接する。その美貌もあってよく告白を受けているが、成功したという話は聞かない。まさに難攻不落の高嶺の花といった所だ。


 なぜか霞さんは彼女の事をよく知っている風だった。あれは気難しくて頭の切れる所が私に似ている、だそうだ。確かに、運動ができる事を除けば霞さんとそっくりだ。眉目秀麗才色兼備、その上無茶振りが大好き。


 ただし霞さんからは、私の名前は出すなよ、と釘を刺されている。あれは私の事をたいそう嫌っているからな、だそうだ。


 それと、あれを懐柔できれば色々と動きやすくなるから頑張ってくれ、まぁ期待はしていないが、とも言っていた。もちろん成し遂げてみせるが、あの人は一体、俺を使って何をしようとしているのだろうか……




「どこが好きか、言えないのですか?」


「……君の声が好きだ。その美しい声を聴いていると、自分の生まれた意味を理解できる」


「……そうですか」




 彼女は失望したようにため息をつく。もう嫌だ。正直に言って、ここから逃げ出したい気分だった。今日だけで何度目の告白だろう。毎回、歯牙にもかけてもらえない。




「なぁ、何て答えるのが正解なんだ?」


「それを貴方に教える義理はありません。自分でお考えになって?」


「……好きだって言い続ければ良いのか?」


「私、帰っても良いかしら?」




 表情一つ変えない。いっそ一分間好きなだけ殴ってやろうか……拳を痛めるのが嫌なのでやらないが。




「……ねぇ、どうなんですか? 生まれた意味ならもう分かったでしょう。私、時間の無駄は好きではないんです」




 ……やっぱり腹なら殴ってもいいか。さっきから時間を無駄にしているのはこっちである。もっとも、俺に関して言えば時間は無限にある訳だが。




「あら。反抗的な目をしていますね。私の事を逆恨みして暴力でも振るう? それとも悪い噂を流すのかしら? いずれにしてもおすすめはしませんね」


「……いや、もう一度やり直してみるよ」


「やり直す……? それは」




 どうやって、と言いかけた彼女を無視して時間を戻す。時間は無限にあるが、こちらの労力は有限だ。時を戻せば体力は失われないが、精神的な疲労感は増すばかりである。俺だって無駄は嫌いだ。











「さて、何の用ですか?」


「話をしないか?」


「嫌です。生憎、時間の無駄は嫌いなので」




 それはさっき聞いた。イライラする……ろくに話もできないんじゃ、答えを探しようがない。霞さんの事を話題に出してみよう。神道さんは霞さんが嫌いだそうだが、話の取っ掛かりくらいにはなるだろう。まずかったらまたやり直せば良い。




「そう冷たい事を言うなよ。俺は霞 沙都香の友人だ」


「霞……っ!」


「ああ。知ってるだろ?」




 初めて彼女が表情を変えた。重畳だ。何か聞き出せるかもしれない。


 だが、そこで予想外の方向から横槍が入った。




「君、それは言うなと言っておいたはずだが?」


「か、霞 沙都香……!」


「えっ……?」




 突如開いた扉の影から現れたのは霞さんだ。彼女は今まで、俺の告白に介入してきた事は無かった。たとえ俺が何をしてもだ。神道さんの前で霞さんの話を出すのが、そんなにまずい事なのだろうか。




「やぁ。話すのは久しぶりだね、みーちゃん」


「……その呼び方はやめて下さい。貴女に話す事はありません。私の前から消えて下さい」


「まぁそう言うなよ。君と私の仲じゃないか」




 霞さんがしきりに俺に目配せをしてくる。おそらく、早く戻せ、ということだろう。無視して話を続ける。まだ35秒も残っている。




「そう言えば、二人がどういう関係か聞いてなかったな」


「そんな事は今はどうでも良いだろう」




 霞さんがこちらを睨んでいる。なるほど、霞さんになら邪険にされるのも悪くない。それに、いつも高慢な彼女を困らせるのも悪い気はしない。それが軽率だったと分かるのは直後の事である。




「……おかしいですね。なぜまだ続いているのですか?」


「は?」


「貴女は私の顔も見たくないはずです。会うのが久しぶりなのは、貴女が能力を使って私を避けたからでしょう。なぜ今回はそうしないのですか?」




 動揺が顔に出てしまった。神道さんが目ざとくそれを見付ける。




「まさか……! ……移譲した……!?」




 霞さんが俺の前に出る。同時に神道さんが動いた。信じられない瞬発力で距離を詰めたと思ったら、一瞬にして霞さんが組み伏せられた。動きが速すぎて目が追い付かない。神道さんはそのまま俺に向かってくる。




「ーー戻れッ! 早く!!」




 霞さんが叫ぶ。俺は時を戻した。神道さんとの距離は30cmまで迫っていた。











「さて、何の用ですか?」


「…………」




 俺は外の霞さんに悟られないように、静かに扉に鍵をかける。これで水を差される事はない。




「……なぜ、鍵を閉めるのですか?」


「いや、邪魔が入ったら面倒だからな」


「あの……私を襲おうと考えているなら、それは無理だと思いますよ? 私、たぶん貴方より強いですから」




 だろうな。先ほどの身のこなしを見ていればそれは明らかだ。見るからに武道経験者の動きだった。それも、素人目にもかなりの使い手であるように見えた。


 先ほどの事を踏まえて考えると、神道さんに俺が能力を持っていると悟られるのはまずい。それは、能力の話を出すのはもちろん、不用意に過去のループで得た情報を出すのも危険だ。


 彼女は能力の存在を知っている。俺が疑わしい言動をすれば、すぐに気付いて能力を奪おうとするだろう。さっきは間に霞さんがいたが、今度は違う。今のこの距離なら、額をぶつけるのに0.5秒もかからない。反応できる自信がない。


 しかし、霞さんの話題を出すのはセーフだ。というか、現状それ以外にヒントがない。そこを切り口に探っていくしかない。


 失言はできないな……




「神道さんは、霞さんと知り合いらしいな。彼女について何か知っていたら教えて欲しい」


「霞……っ! ……霞 沙都香とは中学が同じでした。同じクラスだった事もあります」


「それだけ?」


「貴方はなぜ彼女について知りたいと思うのですか?」


「俺は霞さんが好きなんだ。近い内に告白するつもりだ」


「へぇ、あれが……ま、あんなのでも見てくれは良いですからね……」




 ひどい言われようだな、霞さん……一体過去に何をしたんだろうか。あと、あんたも十分美人だよ。もう知ってるだろうけど。当然、俺は霞さんの方が好みだがな。




「ふむ……良いでしょう。可能な限り質問には答えます。あんな外道でも恋をする事で、もしかしたら改心するかもしれません」




 さて、ここからが重要だ。霞さんの事を通して、神道さんの事を聞き出さなければならない。彼女には心の内で、他人に認めてほしいと思っている部分がきっとあるはずなのだ。ただの断る口実であんなにがっかりはしない。




「まず、霞さんとはどんな関係なの?」


「……それは告白に関係があるのですか?」


「共通の知人は話題にしやすいだろ? 頼むよ。絶対に成功させたいんだ」


「……昔の友人です。家にもよく来ていました。そのうち疎遠になりましたけどね」


「疎遠になったきっかけは何だったの?」


「言えません」




 それが能力に関係する事だな、とあたりを付ける。




「家にも呼んだんだな。神道さんの家、お金持ちだって聞くけど、家も広いのか?」


「まぁ、一般的に見て、広いでしょうね」


「そう言えば神道さん、兄妹はいるの?」


「姉がいます。放浪癖があって家には帰って来ないので、ほとんどいないようなものですが」


「ご両親はどんな仕事を?」


「……あの、流石に関係ないですよね?」


「あぁ、ごめんごめん。つい……」




 次女か。なんとなくそうっぽいとは思ってたよ。そろそろ時間だが、最後に一つだけ……




「霞さんって、苦手な物とかあるの?」


「……えっと確か、納豆とかにんにくとか、匂いの強い食べ物が苦手だったと思います」


「そっか。ありがとう」




 今度くさやでもプレゼントしよう。時間を巻き戻す。











「さて、何の用ですか?」




 俺は扉に鍵をかける。




「……何をしてるんですか? 言っておきますが、私を襲うおつもりなら」


「霞 沙都香について訊きたい。彼女に告白したいんだ」


「……最後まで言わせて下さいよ」




 神道さんは少々不満そうだ。武道自慢ができなかったのが残念なのだろう。心配しなくてもお強いのはもう重々分かってますよ……




「まぁ、恋をして外道が治るなら、それも悪くありませんね……良いですよ。質問に応じましょう」


「神道さんと霞さんは昔友達だったって聞いたよ。昔の霞さんって、どんな感じだったの?」


「あれは昔から全く変わりませんね。性根がひん曲がっていて、いつも人を見下していて……意地悪な事もよく言っていました」




 ……この人、鏡とか見ないのかな?




「それに、昔から何でもよくできる子でしたね。運動以外は、ですが。私がさんざん努力してできるようになった事を、あの子は聞きかじりでやってのけるんです。やっぱり、天才なんだと思います……」




 彼女の瞳に影が差す。なるほど、コンプレックスはそれか。神道さんは難敵だが、自分を偽るという事をしない分、こういった事は分かりやすい。




「……霞さんの事が羨ましい?」


「そりゃあ、彼女の才能は羨ましいですよ。でも、彼女になりたいとは思いませんね。何でも一度で簡単にできるって、そんなに良いもんじゃないですよ?」




 今の彼女は一度でやる必要もないですが、と小さく続ける。なるほど。才能があったから、あんな高慢で人を見下した性格に育った訳か。しかし、今の彼女を好きになった身としては、正直複雑だ。俺、Mだったのかな……




「ところで、霞さんの好きな物って分かる?」


「それは簡単です。あの子、努力する人が好きなんです。一途で一生懸命な所をアピールすれば、きっと興味を持ってくれると思います」




 まぁ、そこを買われてこんな事をさせられている訳だしな。俺が最初の告白で諦めていれば、こんな事にはなっていない。だが、俺の想いが彼女に少しでも届いているのなら、喜ばしい事だ。俺は深呼吸して、時を戻した。











「さて、何の用ですか?」


「率直に言おう。君が好きだ」


「そうですか。それで、貴方は私のどこが好きなんですか?」


「好きなのは……君の心だ」


「……はぁ。また漠然とした事を言いますね」


「君の決して折れない心。どんなに失敗しても挫折を味わっても、たとえそれが決して終わらない地獄の責め苦だったとしても、ただ前を見て歩むのをやめない君の、気高い精神が好きだ」


「的外れな事を言うんですね。それもえらく抽象的な……私は生まれてこの方、失敗も挫折もした事がないんですよ?」


「それは嘘だ。成功の前には必ず、その数十倍の失敗がある。今の完璧な君の前には、数限りない失敗や挫折があったはずなんだ」


「ただの言葉遊びですね。その程度の些細な障害など、一々気にする事もありません。辛いなんて思った事、一度もありません」


「嘘だ。君は苦しんでいた。誰よりも苦しんで、弱い自分と向き合って来たんだ」


「一体、貴方に私の何が分かるんですか?」


「分かるよ。ずっと見てきたからね。君が日々努力してる事くらい嫌でも分かる。その辛さも、先の見えない苦しみも、痛いほど分かるよ」


「……あなたは、何かを為すために必死になって努力した事がありますか?」


「そうだな……それなら、今がまさにその最中だ。君が頷いてくれなきゃ、俺はまたこの胸の痛みと闘う事になる」




 実際には、成功した場合でも胸は痛むが。この先の見えない繰り返しも、あと4日の期限付きだ。長くなるか短くなるかは、俺のやり方次第、か。




「……貴方なら、私が頑張ってる事、分かってくれますか?」


「ああ。ずっと近くで見てたよ。君の努力は凄い! 怠惰な俺の何百倍も……俺が今まで見てきた誰よりも凄い」


「……いつからか、周囲の見る目が変わったんです。昔は、頑張ったら頑張っただけ褒めてもらえたのに、いつの間にか、できない事を責められるようになって……怖かったです。一歩、足を踏み外したら、そこは地獄なんじゃないかって……そう思って、地獄のような毎日を送りました」




 神道さんの表情が変わる。それは、彼女が今まで周囲に見せて来なかった感情だった。怒り、悲しみ、恐怖……耐え難い痛みに、彼女は顔を歪める。




「辛かったです。苦しかったです。怖かったです。周囲の人たちを、心の内で呪いました。悪意で人が殺せるなら、私はきっと返り血で真っ赤です」




 彼女の目に涙が滲む。




「こんな私の醜い心を知って、それでも好きでいてくれますか……?」




 俺は彼女の肩に手を回し、抱きしめた。彼女は小さく震えていた。自らの思いに耐えかねて、泣いているのだろう。せき止めていた感情に、歯止めが効かなくなっているようだ。


 抱きしめる力を強める。傷だらけの少女の、暖かい体温を感じた。俺はまた一人、手にかけてしまったと思った。両手は温かな血に塗れているようだった。

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