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インサイド  作者: 成神全吾
ノンペル/クエスト
40/57

アンペル『5』

「……」

『…ペル……ノンペル!』

「あ、何だよ!」

『周りを見なさい!』

「周りって……』



忘れていた。

掲示穴に投稿されていた映像を。


アンペルは……ノンペルと違って空を『飛ぶ』んだ。


アンペルは空中を走っている俺に並走して飛んでいた。

走っている俺を吟味するように表情のないヘルメットがこちらを凝視している。


そして手のひらがこちらに向けられ、風切り音と共に目に見えない塊が身体を叩いて俺の身体は大きく薙いだ。


大きくバランスを崩し、空中から落ちていく。



「くっ!」



俺はすぐさま手のひらに硬い空間を作り固定し、空中につっかえを作り何とか落下を防いだ。



「あぶねぇ。落ちて全身複雑骨折なんて面倒おぶえっ!?」



少しの暇も与えてくれない。

アンペルは俺の落下を追跡して空中に留まった瞬間顔面に拳を叩きこんできやがった。


思った以上に衝撃が強かった。掴んでいた空間を離してまたしても地面に落下し、今度は地面にたたき落ちる。



『ノンペル! 大丈夫!?』

「痛くはないんだけど、クッソ。何でアンペルは俺を狙ってくるんだ。む」



アンペルも降りてきた。どうやら腹をくくるしかないようだ。


俺は立ち上がり、こちらにゆっくりと近づいてくるアンペルに対して攻撃姿勢を取る。



『ノンペル、やる気!?』

「奴さんはやる気ビンビンだ。それにあいつの目の前で零壱ゲートを開くわけにもいかないだろ。適当にあしらって、隙を突いて逃げるから零壱ゲートの準備を頼む」



さっきまで戦う理由が無いとか争うことになんかならないだろうなんて適当に談笑していたのに物の一時間もしないうちにこんな戦闘になるなんて。

と言うか何でアンペルはこうも喧嘩腰なんだ。こっちは全然そんな気もないってのに。



『ノンペル!』

「一回通信を切る」



ルールビィの通信を消し、俺は前に出る。先手必勝だ。近づきながらテレフォンパンチの如く大きく右手を振り被り、殴りつける。


しかしアンペルは俺の拳の側面を叩くようにして軌道を逸らした。横に逸れた腕に引っ張られ体が横に薙ぐ。


しかしここで勢いを殺さない。横にそれた腕をそのままに右つま先を軸に横に回転し、フライングニールキックの要領でパンチと同じ軌道の蹴りを見舞う。


ガゴォン! と鈍重な音と共に手応えを感じた。

しかしその手応えは阻まれた手応え。拳を払いのけた腕を使って蹴りを止められていた。


アンペルはガード下腕に密接している俺の足首をもう一方の手で鷲掴んだ。そして俺はまるで鎖に括り付けられた鉄球のような扱いで空中に放り出される。



「うおぉおおお!?」



俺はそのまま地面に叩きつけられる。しかしアンペルは手を緩めず、手を離さずに何回も俺を地面に叩きつけやがった。


視界が高速で空と地面を交互に行き交う。

痛くはないけど、このままじゃ身体がミンチになる。


俺は掴れていない片方の足の踵を足首を掴んでいるアンペルの手の親指に叩き込んだ。


拘束が緩んで、高速で振り回されていた身体がアンペルの手からすっぽ抜けて地面に転がる。



「ひょー。おっそろしい事してくるねぇ。これならどうだ!」



俺はすぐに体勢を立て直し手のひらに球体の空間を作り出す。それを抓んでは離して矢のごとく何回も撃ち出す。



「オラオラオラオラ!」



何回も撃ち出し、何発も撃ち込む。アンペルの身体は空間矢を一発撃ち込まれるごとに大きく動き、一歩ずつ後退させていく。



「ラストォ!」



渾身の勢いを込めて空間矢を撃ちだしアンペルの身体は大きく跳ね上がりその身体を地面に大の字にして横にする。


静寂が空気を支配する。



「やっべぇヤりすぎた。ノンペルとしたことが素人相手につい本気を、」



出したと思ったんだけど、横になっていたアンペルはゾルリ、と流れるヘドロを思わせるような滑らかな動きで上体を起こし、そのまま何もなかったように立ち上がる。


嘘だろ? 空間矢をあんなにも撃ち込んだんだぞ。普通は立っていられないはずだ。


俺の中で膨れ上がる疑惑だが、それを尻目にアンペルはこちらに両手のひらを向けてくる。


あれは……映像で見た!

この場から離れるべきだと思った瞬間。見えない塊が通り抜けるような衝撃が身体に走る。

腹の空気が一気に口から外に排出された。


見えない何かが、俺の腹を殴った。


アンペルは俺の様子を伺わず、ひたすらに手のひらを翳し、体中に連続して殴られる感覚が通り抜けた。


まさかアンペルは俺と同じ空間技術を持っている? いや、違う。空間なら身体を通り抜けるような感覚はあり得ない。空間はむしろ押し退けてくる感覚だ。


足を一歩踏み出す。空間やと違い連続性はあるが、いかんせん威力が無い。せいぜい足止めができるぐらいだ。


俺は身体中に力を入れてその場に踏みとどまり、手のひらに作り出した空間を撃ち出す。

空間矢はアンペルの正体不明の攻撃を切り裂き、アンペルの身体を大きく揺らした。


攻撃が止んだ! 俺は走り出し、アンペルに今一度近づいて今度は拳の弾幕によるラッシュを実行する。


ゼレプシーから学んだ打撃の攻撃。しかしアンペルはあっさりと見切ったのか俺のラッシュを両手で止めやがった。


掴まれた俺の拳はメシメシと音を立てて饅頭を握るかのように潰される。


両手が一瞬使えなくなり逆にこちらに隙ができた。アンペルはその一瞬を見逃さなかったのか、今度は向こうが拳の弾幕によりラッシュをしてきやがった。



「ギャリリリリリリリリリリリリリリリイリィ!!!」



アンペルの拳はラッシュの文字が形を成す様に壁として俺の身体を貫いた。肩、脇腹、太もも。上から下まで拳が叩きこまれ、俺の身体は後ろに大きく吹き飛び、建物の壁にめり込む。



「痛くはないけど……効いたぁ。まさかゼルゥさん直伝のラッシュを止められるとは思わなかった。なあトガ子ォ」

『ブレインストロング』

「……BRAINSTRONGゥ。やったことはないけど、人に対して硬い空間を使うわ」

『……あれは人に向けて使用する物じゃない。危険すぎる』

「かと言って奴さん。生半可な攻撃じゃ止まらなさそうだしッ!?」



アンペルは棒立ちしていると思ったのに、体勢を一切変えずにこっちに飛んできやがった! 空を飛んできたのか!?


俺は急いで回避してアンペルの拳が壁に突き刺さる。



「迷ってる暇はない。使うぞブレインストロング!」

『ノンペル!』



通信をシャットアウトし、俺は右手に纏う空間と硬い空間を展開する。


アンペルは壁に突き刺した拳を引き抜き、空中に浮きながらこちらに急接近して拳を振り被ってくる。


そう、迷ってはいられない。


俺も大きく拳を振り被り、拳と拳をカチ合わせるように殴りつける。


もちろん硬い空間は絶対的存在だ。撃ち負けることなどあり得ないからアンペルの拳は反射するように後ろに大きく跳ね返った。


硬い空間を通じてその身に伝わる感覚。アンペルの拳は今……死んだ。


アンペルは撃ち負けたことに痛みの悲鳴も感情も表に出さず、ひしゃげた左手を漠然と見ている。



「あっと、ごめんなアンペル。怪我させるつもりはなかったんだけど、その手も時間をかけたらちゃんと治ると思うから……治ると……」



根拠のない慰めを言っている中で、アンペルのもはや手として機能していない左手が時間の経過とともに治っていくのが見える。


アンペルは何事もなかったかのように左腕をグーパーして動きを確かめる。



「うしょん。おばぁ!?」



呆気に取られてた俺はアンペルに不意打ちのごときパンチをもらい情けない声を漏らしてしまった。



「ぐっ! このぉ!」



俺はもう一度纏う空間で硬い空間を右手に纏わせ、アンペルのどてっぱらに拳を叩きこむ。


アンペルの身体はくの字に折れ曲がり、畳みかけるように顔面に拳を入れる。

流石のアンペルもこの弐連撃に身体が大きく吹き飛び、大の字にして地面に倒れ込んだ。


今がチャンス。俺は伸びる空間を使い空間を空中に固定し、弾む空間に変えてパチンコのように空へ身体を撃ち出す。

そして急いでその場から離れる。



「トガ子今だ! 零壱ゲートを開けてくれ!」

『言われずとも』



空中を駆けている最中、目の前の空間に歪みが生じて俺はその歪みに身体を投げ出す。


景色はいつもの出張基地の中。思いっきり、そのままに突っ込んだため勢いを殺せず資料や実験道具の置いてある机に盛大に身体を突っ込ませる。


机に突っ込む前にルールビィの姿が確認できた。どうやらあの広場から戻ってきてるようだ。



「た、ただいま~!」

「大丈夫ゴトー!? まあそう聞くだけ無駄だとはわかってるけど」

「大丈夫だ! リバースジャケット解除」



リバースジャケットを脱ぎノンペルの状態からいつもの衣服に変わる。



「おいルビィ。今の見てたよな?」

「えぇ。もちろん。アンペル……相当ノンペルに恨みを持ってるみたいね」



いきなり意味の分からないことを言って喧嘩を吹っかけてきて、予想以上に危険なやつだ。



「て言うかあいつも俺と同じで怪我が一瞬で治ったぞ。俺以外にもいるのか?」

「カラーリテラは広いからないとは言い切れないけど、ノンペルと似たスーツに似た仕掛けを持ってさらに似た体質のやつがカラーリテラでアンペルを名乗ってヒーロー活動をしている……こんな偶然あり得るのかしら」

「あり得るわけねェだろ! ぜってーこっちの情報が侵攻派に漏れてるんだ。ルビィ。早いうちに手を撃っといた方がいいだろぉおおお……」

「ゴトー? え、大丈夫?」



身体から急に力が抜けた。

超健康体質で怪我になり難くてすぐ治る体質と言うけど、疲れはたまるもんだ。



「悪いルビィ。ポーションジュースくれないか?」



そのお願いはすんなりと通り、ルールビィから受け取ったポーションジュースを口に含み、肩の力がドット抜けた気がした。

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