アンペル『4』
クウカンアッシュで枠を作り出して潜り、その身をノンペルへと変化させる。
真上に伸びる空間を伸ばして固定。弾む空間で一気に上に駆け上がり、足に弾む空間を作って身体をさらに上に跳ね上げる。
このあたりでいいか。
ある程度上がった後広場に狙いを定めて急降下していく。
空気抵抗が身体を叩いてくる。
意志のない拒絶が体を包む感覚。心地も良いが少し寂しい。
そして俺は広場にかっこよーく着地をした。鉄の塊が落ちてくるかのごとくだ。
もちろん唐突な来訪に広場の連中の注目が集まった。そりゃそうだよね。
するとマスクに指令が送られてきた。今からどう動くかどうかが緻密に書かれている。
なるほど……こうしろってか。
「シュトゾンは広いから。探すのに時間がかかったなぁ……ん? そこの二人。何してんの? 喧嘩?」
到着してすぐに喧嘩に首を突っ込む。これが第一段階。
喧嘩をしていた二人のうち一人がこっちに駆け寄ってきた。
逢えるなんて感激ですと握手を求めてきた。どうやら俺のファンのようだ。
「握手? いいよぉ。だけど見たところここはみんなの憩いの場みたいだし、喧嘩はいただけないなぁ。そうだ。そっちの君も待ってって」
俺はウォーキーショップに駆け寄る。
「ここのウォーキーは絶品なんだよ。おばちゃん。赤塗り三つ」
「あれ? 今話題のノンペルさん? ウチに来たことあったっけ?」
「無いんですけど、以前友人にもらったことがありまして。それ以来このお店のファンなんです。頑張ってください」
「あらあら~嬉しいわねぇ~。贔屓にしてねぇ。あ、あとでサインとかもらえない?」
「いいですよぉ。また来ますから」
嬉しそうな笑顔のおばちゃんからウォーキーを受け取り、それを喧嘩をしていた二人に振るまう。
「ここのウォーキーを食べたら喧嘩する気なんか起きなくなるから。喧嘩をすることは悪いこととは言わないけど、時と場合を考えてな。ここは俺の顔に免じてお開きってことで……ん?」
ここからが第二段階。
先ほど言った友人にウォーキーをもらったと言う言葉。それは誰か。
俺はもっしゃもしゃとウォーキーを貪っているルールビィに今気づいた素振りで彼女に近づいた。
「ルビィ。ルビィじゃないか! こんなところで会えるなんて奇遇だな」
「……まさかアンタとここで会うことになるなんてね」
そう、ノンペルとルールビィは顔見知りと言う設定をここで持ち掛けてきた。
ジャーナリストがいる前だ。ここで一気にノンペルの持つ関係性や考え方を披露しようと言うことだ。
「あの時もらったウォーキーの味が忘れられなくて店を探してたんだけど、お前は常連っぽいな」
「そう言うアンタは随分と熱心に活動してるみたいじゃない。まるで親交派みたいよ」
「親交派みたいって……そんなつもりはないんだけど。まあみんなが仲がいいことに越したことはないと思ってるよ。そう言うお前はハートアスの娘ってことで侵攻派なんだろう? 帰属思想があるのはいいことかもしれないけど、地球を手に入れるために戦うなんて考えはないよな?」
「……どうかしらね」
「実際お前は、」
会話を続けている最中、遠くもなく近くもない場所から轟音が響いた。
何の音だ? 俺は無意識に音の方へ顔を向ける。
するとマスクに文字が浮かび上がる。ルールビィが送ってきた文章だ。
読んでみるとどうやら先ほど捕まえたと思ったエアリアルの逃走犯が逃げ出してまたしてもカーチェイスを繰り広げているようだ。
公僕の野郎役に立たないな!
どうする、とルールビィに視線を向ける。
当人は指を揺らして、ジェスチャーで行ってきなさいと言っているようだ。
「はぁ……まさかこんなことになるなんてな。ルビィ。このウォーキーやるよ」
食べるはずだったウォーキーをルールビィに渡して俺は広場の少し開けた部分に躍り出る。
周りの人たちは何かを察してか『行くのかノンペル?』『また事件?』『応援してるからな』と多種多様に声をかけてくれた。
「ちょっと行ってくる! ルビィ! また今度一緒にウォーキー食べような!」
といつも一緒に食べているやつに挨拶して、俺は空に跳びあがった。
空中を駆け回り、時として大きく跳ね上がり、現場に急行する。
「お、いたいた。捕まったのにこりねー奴らだ」
今度はタイヤードを使って逃走しているようだ。
エアリアルが空を跳ぶ車ならタイヤードは地を這う車だ。
逃走犯はとんでもない速さでシュトゾンを走り回っている。
何の研究を奪ったのか、何のために奪ったか走らないし知りたくもないけど。せっかくの日にあんな暴走族すらドン引きの暴走を見せられるとどうにも気分が害される。
後ろには公僕のパトカーが追跡してるけど……とりあえずさっきみたいにジェネレーターをぶっ壊すか。
俺はターザンロープの要領で空間を使ってタイヤードに近づき、屋根の上に降りる。
屋根の上から窓の中を覗き込み、コンコンとノックする。
「ねーアンタらさぁ。いい加減にしたらどうだい? こんな人に迷惑をかけることばっかりして。別に説教しに来てるわけじゃないんだけどうおぁ!? またレーザー撃ってきたぁ!」
またしても怒ったぞ! こいつら反省の意思なし! 本気で怒ることなんて稀だけどこいつらにはきつい折檻を……ん?
「なんだありゃ?」
暴走するタイヤードの先。道路の真ん中に人が一人立っている。
フルフェイスヘルメットに黒を基調とした赤いラインの入ったスーツ。そいつはこちらに手のひらを向けて佇んでいる。
突然ゴヒュン! とまるで塊を打ち出し空気を切り裂くような音が鳴ったと思えばタイヤードの前部分が電柱にぶつかったかのように丸みを帯びた凹みが生まれ、タイヤードは急停止してしまった。
屋根に乗っかっていた俺はもちろんとんでもない勢いで放り出される。
「どわぁあああああああああ!?」
俺は勢いよく道路のウィンドウに展示された服屋に突っ込む。
身体に女性物のドレスが巻き込まれる。
「何だってんだよ……今のはいったい。とうぅ」
絡みついた服を剥がして今一度現場に向かってみると、崩壊したタイヤードの屋根に上り、逃走犯の一人の首を掴み、持ち上げているやつがいる。
「トガ子……あれ」
『ブレインストロング』
「……BRAINSTRONGゥ。あれってまさか」
『そのまさかよ』
あのデザイン……さっき見たばかりのアンペルだ。
この広いシュトゾンでまさか会えるとは思ってもいなかった。
持ち上げられた逃走犯は命乞いをするように、枯れた声でやめてと懇願している。
しかしアンペルは容赦もなく、空いている手で相手の手首を掴んでは遠方から見てもわかる、まるで小枝を折るように手首を握力だけでへし曲げた。
逃走犯は悲痛な声を上げた。耳に劈くような悲鳴だ。
アンペルは今しがた手首を砕いたことを忘れたようにもう一方の腕に手をかける。
「ちょちょちょちょっと待って。アンペル。やりすぎは良くない。初対面の俺に止められるのも癪かもしれないし君の考えを否定するつもりはないけど、手首を粉砕するのはダメじゃないかな?」
『ノンペル! 勝手に接触しないで!』
そうは言っても傷つけられているのを看過はできないし、公僕もまだ来ていない。
止められるのは俺だけだ。
「大丈夫。ここで俺がやられるんなら話は続かないからな。ハァイアンペル。初めまして俺ノンペル。今言った通り、その人話してあげてくれないかな」
タイヤードの上に乗っているアンペルはこっちを向いてくる。
俺のヘルメットと違って完全に顔とか書かれていないのっぺらぼうだから怖いもんだ。
お、アンペルが逃走犯を手放した。話せばわかるやつっぽいな。
「アンペール。まさか会えるとは思わなかったよ。俺としては正直会いたくなかったんだけどね。なんかこう、俺のコスプレを見てるようでさ。いや、君のやっていることは素晴らしいことだとは思うけどいかんせん乱暴と言うか、」
「ノンペル」
「え? うんノンペルだよ」
「ノンペル……」
アンペルは機械的にノンペルノンペル言ってる。
何? ファンをこじらせて同じ衣装でコスプレしてたけどいざ実物に出会ったらどもっちゃってうまく言葉にできない感じ?
ふむ、なかなかかわいいところがあるじゃないか贋作の分際で。
アンペルはタイヤードから降りてこちらに歩いてくる。
握手を求めてくるのかな?
『気を付けなさいノンペル』
「大丈夫だって」
「ノンペル……」
近寄ってきたアンペルは俺の肩に手を置いて来た。
おぉ、いきなりボディタッチ?
「ダメだってアンペル。俺たち出会って間もないんだから、触りたいんだったらまず俺のケツを舐めるような関係になってから」
「……寄越せ」
「何を? とりあえずやだ」
「お前のDNAを……寄越せ!」
掴まれた方がゴボン! と音を立てて陥没する。
右手がだらりとぶら下がるように垂れる。
アンペルがリバースジャケットの上から握りつぶしたのか?
思いっきり肩の布を引っ張るもリバースジャケットは基本破れる構造にはなっていない。
「ちょ、アンペル?」
「取れない……その服を脱げぇ!」
もう一度アンペルがその手を伸ばしてくる。
俺は思いっきり後ろに跳んだ。左手の平から伸びる空間を作って後ろに引き寄せたんだ。
「ノンペェェエル……!」
「わ、悪いなアンペル! 腹を空かせたキッズ共にミルク上げる時間だから帰るわ!」
上手く着地して、すぐさま足の裏に弾む空間を作り出して空に跳びあがる。そして足元に硬い空間を作ってその場から離脱した。
「な、何なんだよあいつ! あ、肩治ってきた」
『アンタが軽率にアンペルに接触したのがいけないんでしょうが!』
「んなこと言ったってあのまま見過ごすのも正義の味方としていただけんだろ!」
『ノンペルは正義の味方じゃない。親交の使者よ。不確定で危険な橋を渡るべきじゃない』
「確かに……お前が選別した事件にばっかり解決してるけど。それを言っちゃあ駄目だろ! ノンペルはヒーローなんだ! ヒーローは皆に手を差し伸べて、」
『手を差し伸べる? カラーリテラの全てを憎むって言ってたアンタが随分な心変わりね』
俺は言葉を詰まらせた。
そうだ。もともと俺はモルモットとしてカラーリテラに連れてこられた。
その時は助けてくれたルールビィはともかく、カラーリテラと言う存在そのものが憎くて憎くてしょうがなかったはずだ。
なのに何で……何で俺は今ヒーローをしてみんなの助けになる事をしているのだろうか。
憎くないのか俺は……このカラーリテラの住人に対して暖かさを感じているのか?
モルモットと称して俺に研究者へのトラウマを植え付けたハートアス。
いつも抱きついてきては電流を流してくるイーロック。
地獄のしごきと共に俺を理解してくれようとしているゼレプシー。
おばちゃんを含めた広場の皆。
皆……それぞれの良さを知ってしまった。
俺は……忘れているのか? 憎しみってやつを。




