魔王、怖っ
モブ男性視点です。
この都市―――トールシアは、レナンド王国の首都だ。
行商人やら旅人やら、様々な人々がトールシアに滞在するので、いつも人でごった返している。そのせいか、ごたごたが起こることもあるけれど、王国の騎士達がトールシアを守ってくれているから、大きな騒ぎになることはない。
まあ、魔王が攻めて来た時は騒動になったけど、それは特例だ。
...そう思っていた時期が僕にもありました。
僕が今いるのはトールシアの中心に位置する噴水公園。待ち合わせによく使われる公園だ。レナンド王国初代国王の銅像があることでも有名である。
いつもは笑顔と声が絶えないこの公園は、今静まり返っている。
王国の騎士達は、緊張した面持ちで、武器を構えつつ、銅像の前にいる人物を見据えている。
僕と同じように巻き込まれた人もちらほらいて、不安気な表情をしているのが見えた。
何が起こっているのか簡潔にいうと。
魔王が再来した。
何でこうなったんだ。
少し前のこと、僕は日課としている公園の散歩へやって来ていた。
いつも通り公園を一周して帰ろうとした時、突然銅像が白く光り始めて、僕と、公園にいた人達は何事かと銅像に注目した。
銅像の前の所に、銅像から溢れた光が人型をつくり、そして彼は現れた。
「ふははははは!!成功だ!魔法とは素晴らしいな!」
そんな声と共に、目立つ黒服を着た、青みがかった黒髪に赤い瞳の、えらく凶悪な顔をした少年が、現れたのだ。
というか本当に怖い顔をしている。人を十、いや百人くらい殺ってそうな顔だ。正直あの顔でこっち睨まれたら気絶する自信がある。
「あのぉ...どちら様ですか?」
少年の一番近くにいた、赤い髪の女の子が聞いた。よくあんな怖い顔に話し掛けられるな、と思ったら、女の子は少年の顔が見えない位置にいたらしく、少年が女の子のほうへ顔を向けたらびくりと体を震わせて脇目もふらず逃走した。
「...ふ、ふははははは!!」
女の子に顔を見られて逃げられたのがちょっとショックだったらしい。少年の笑い声はさっきより頑張っていた。
「我は魔王ゼノ!この世を統べる存在なり!」
魔王ゼノ。
僕は自分の体が固まるのが分かった。
異様な速さで世界征服を成功させた化け物。
本で見た通りの恐ろしい風貌の魔物達を引き連れ、各国の城に強引に突入し、王を脅して国を制圧した、恐るべき人物。
このレナンド王国も魔王の支配下であるが、何故、今、ここに、トールシアに、魔王がいるんだ。
一体、何を目的としているのだ。
これまで、魔王が自身の支配した土地に赴くことはなかった。魔王は、世界征服を終えた後、各国戦争をすることを禁じて、レナンド王国に程近い秘境の、奥の魔王城にずっと引き込もっていた。何の動きもないから、僕達も少し不安ながら平和に暮らしていたのに。
まさか、今から世界の終焉が始まるのか。
頭の中で走馬灯が流れかけた僕を置いて、公園にいた人達はそれぞれ悲鳴を上げながら公園からの脱出をはかった。
「待て」
だが、無駄に終わった。
魔王ゼノのその一声だけで、脱出しようとした人達の体は動かなくなった。
僕は元々動けなかったので、変化はないけど。
「怯えることはない。我は別にここを破壊しようなどとは思っておらぬ」
そう言われても怖いものは怖いんだから仕方ない。
「我はただ、資質を見極めに来ただけだ。そう、勇者としての資質をな!」
勇者?
そんなものを見つけて、どうするのだろう。
...ああ、そうか。今のうちに見つけて芽を摘むのか。自分を倒す可能性がある者を、消すつもりなのか。
納得し、僕は魔王ゼノを改めて見た。
...やっぱりどれだけ見ても怖い顔だった。口角が上がっているから笑っているんだろうけど、暖かい笑顔とかそういうのとは真反対の笑顔だった。
そんなことをぼんやりと考えていると、魔王ゼノの顔を見て公園から逃走した赤い髪の女の子が、騎士達を連れて帰って来た。
駆け付けた騎士達もまた、魔王ゼノの顔に恐怖を抱いたらしい。あるいは、魔王ゼノが前に城に攻めて来た時を思い出したのだろうか。
武器を構えながらも、腰が引けている人が多かった。それでもなお、魔王ゼノを睨んでいるのだから尊敬出来る。
そういう訳で、冒頭に戻ることになる。
「我は!!」
凄まじい大声に、その場の全員が竦み上がる。
「魔王、ゼノ!!我に挑む勇気ある者よ!我は逃げも隠れもせぬ!かかってくるがいい!!」
魔王ゼノは、そう告げると壮絶な笑みを浮かべた。




