朝食
とりあえず、と言うのも何だけど、まだ時間が早過ぎてお店なんてコンビニくらいしかやってない。だから、僕は彼女を朝食に誘ってみた。
「君はもう、朝ごはんは食べたのかな?」
彼女の首が振られる。まあ、そうだよね。こんな時間じゃまだだよね。
「簡単なものだけど、一緒に食べる?」
その表情の変化といったら、もう、見てるこっちが面白かった。キョトンとしたと思ったら、そのきれいな瞳を限界まで見開いて驚き、しかも、口元だけが笑顔に変わって、激しく首を縦に振るんだ。それはもう、驚くか嬉しそうにするか、どっちかにしろ、って言いたかったくらいに。
そんな表情を見せた彼女だけど、飛び起きたと思ったら、僕を置き去りにして、さっさとテントの方に駆け出して行ってしまった。行くのは構わないけれど、作るのは僕なんだけど……、ま、いいか。
だけど、ゆっくり起き上がって歩き出した僕に向かって、彼女は戻って来るんだ。なんで? と思ってたら、僕の手を取って、急かす様に引っ張りだす始末。そんな彼女の行為を、苦笑で受け止めて、引かれるままにテントまで戻った。
バイクでしかもソロキャンプだから、椅子も一つだし、テーブルだって小さい。けれど、僕はストーブを二種類持って来ている。これは何故かと言うと、家庭のガスコンロと同じで、一つよりも効率が良いから。もっとも、雨が降って焚き火が出来ない時を考えてなんだけれどね。ただ、そのお陰で朝はすごく楽だ。一つでお湯を沸かしながら、もう一つで調理を進める。一人分の時もだけど、二人分となると、これほど効率のいい物は無い。片方でパンを焼いて、もう片方でソーセージを茹でる。その二つが終わると、またお湯を沸かして、紅茶を入れた。
カップは一つしかないから、当然、それは彼女に使ってもらって、僕は鍋で紅茶を飲むことに成る。でも、それもまたキャンプだ。
彼女は手際よく準備する僕を眺めて、そわそわしている。今日の朝食はバタートーストに茹でたソーセージ、それと紅茶。すごく簡単な物だ。それを見た彼女は嬉しそうに、ちらちらと僕を伺う。それが少し可笑しくて笑いそうになったけど、怒られそうだし表情には出さずに置いた。あまりにもソワソワしてるから、どうぞ、って言ったら、ものすごい勢いで食べ始めたもんだから、僕はまた苦笑してしまった。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。誰も君の分を取ったりしないから」
キョトンとして彼女は息を付くと、幾分、ペースを落として味わう様に食べる様になった。それを見てから、自分の分を食べ始めたんだけど、紅茶を飲んだ彼女の顔を見て、口に入れたものを噴出して、咽ちゃったよ。まるで、小さい子供が渋いお茶を飲んだ時みたいに、顔を顰めて、舌を出したから。
「まさはるう――、これ、渋いよお……」
半分泣きそうな声で訴えてくる。
そんな彼女の仕草に微笑ましいものを感じて、僕は笑いながらスティックシュガーを入れてあげたけた。だけど、一本じゃ足りなかったみたいで、結局、三本も使っちゃった。それで満足したのか、笑顔を見せてくれたけどね。
でも、良く食べる子だ。二人分の朝食用にと四枚切のパンを一袋全部焼いたけど、その内の三枚を彼女が、そして、ソーセージは六本あったけど、五本を彼女に食べられた。僕が食べたのは、結局、パン一枚とソーセージ一本だけ。ま、普段、朝食は食べないから問題無いけど、なんか釈然としないな。でも、彼女の笑顔を見てると、まあ、いいか、と思えてしまうから不思議だ。
湖に視線を移すと、朝靄も晴れて、湖面が顔を覗かせてた。しかも、小波に朝日が反射して煌き、宝石を散りばめたみたいで、とても綺麗で、しばらくぼうっと眺めていたら、彼女が声を掛けてきたんだ、それも不安そうに。
「ねえ、雅春は何時まで居るの?」
「明日のお昼までは居るけど?」
ほっとして胸を撫で下ろしている彼女を見て、僕は少し不安になったんだ。それが何故だか分からない。だけど、つい、聞いてしまった。
「君は何時まで?」
「明日の朝までよ」
笑顔の彼女だけど、それはどこか寂しそうな感じがして、胸が少しだけ痛んだ。もしかすると、この時僕は何かを感じていたのかもしれない。けど、それが何か分かるはずもなく、ただ、漠然とした寂しさだけが、心の中を駆け巡っていた。